「自分で自分のことを知らない」というのは
よくあることだろうけれど、この出来事は、
そんな自分に気付かせてくれた一件だった。
カナダに移住しよう!と決めたのは、かなり単純ないきさつ。
これはまたの話にして、ともかく行く!と決めて、
永住権を申請した後のことを話そう。99年のことだ。
行け行けGO!GO!の気持ちでどんどん行動を始めたのだが、
いよいよ永住権が下りそうだという頃になって、
なんともいえぬ不安感が湧きあがってきていた。
その理由は「経済的にやっていけるだろうか」-この1点だと
自分では思っていた。
それで日本にいる間に、カナダに行ってからどうやって働くかと
自分なりに考えて情報収集などしてみたが
不安感はぬぐえなかった。
「行ってからなんとかするしかあるまい!」
そう言い聞かせるものの
やっぱりどこか元気が出てこない。
そんななか、関心があって参加したクリスタルヒーリングのセミナー
で瞑想をすることになった。
フロアに横になり、各自が5つのヒーリングストーンを額や胸などのチャクラの上に置いた。
「何かあなたの知りたいことを天に伝えてから、瞑想に入ってください」
その指示があったとき、わたしは
「カナダ行きの不安の原因を教えてください」
と心のなかでつぶやいた。
目を閉じたが、ただごく普通に目をつぶって暗いだけの状態がずっと続いた。
「あー、これで何もなくこの瞑想も終わるんだろうな」
そう残念に思った少し後、
まぶたの裏に、ぱっと一瞬はっきりと映像が見えた。
それは実家の回りにうずたかく雪が積もっている、
2月あたりの北海道のごく普通の風景だった。
その瞬間「わかった!!」と声をあげそうになった。
「わたしは雪を恐れていたんだ!」
* * *
話はそれから十年ほど前に戻る。
学生時代、自宅から学校に通う冬の朝の雪道。
わたしはステッキをつきながら、恐る恐る車道を歩いていた。除雪車が車道の雪を歩道に寄せてしまうので、冬には歩道がないところが多いのである。
わたしを知らない人のために解説しておくと、
わたしは変形性股関節脱臼症という
右の股関節が完全にできあがっていなく、また右足が外を向いているという状態で生まれ、小学生の頃に何度も手術をした。
しかし、その手術に成果がなく、医師からは、「もし痛みが出たら人工関節にしましょう」と言われている。
右足が短く、位置が正常でないため、左足より負担が多くかかるので、今も重いものを持って歩いたりするときはステッキの助けを借りている。
まあ、そんな状態なので、雪道では滑って転んで左足まで折ってしまっては大変だと、こわごわ歩いていたのである。
その日も、除雪車と車の踏みつけたツルツル道で、わたしは冬の冷たさよりも張り詰めた緊張感で、滑らないように、滑らないようにと、一歩一歩慎重を極めながら歩いていた。
にもかかわらず、右足がつるっと滑って、背中からどーんと倒れてしまった。
そのとき、
悲しみが心のなかから一気にあふれ出してしまった。
普段は気にもとめていない足の不自由なことへの悲しみと情けなさが、堰を切ったようにどっとあふれ出してしまったのだ。
こんなことは初めてだった。
すごく情けなかった。
情けなくて、ショックで体中のどこにも力が入らなかった。
そうして倒れていたのは何分だったのかわからない。
車が来なかったのは幸いだった。
* * *
あの瞑想で実家の雪のビジョンを見たとき、すぐにこのときのことが
思い出されたのだ。
わたしは雪を恐れていた-このことがはっきりわかった。
まったく無謀な話だが、わたしたち夫婦はカナダ移住前に
カナダの地を踏んでいない。
「カナダ=寒い=雪」
カナダに対して無知なわたしの潜在意識には、どうやらこうした図式があったようだ。
でも!・・・である。
このビジョンを見たときのわたしの気持ちは、
「雪なんか怖くない」
だったのだ。
「転んだときはまだ車の免許を持っていなかったが、今のわたしは運転ができるし、ベビーカー(*)をいつも押していて、これが杖代わりになっているし、なんだかとにかく大丈夫!」(*長男がまだ小さかったので)。
というのが、瞑想のときの気持ちだった。
十年前とのメンタリティとは、まったく違っているわたしがいた。
というわけで、
「なーんだこんなことを不安に思っていたんだ」
と、自分の不安の原因がわかったとたん、
胸のもやもやがすっかり消えてしまった。
これは驚くほどのすっきり感だった。
そして再びカナダに向けて、行け行けGO!GO!のモードになった。
その少し後に、待ちに待った永住権がわたしたちのもとに
届いたのである。
おまけ:
そういえば、高校入試の帰り道、わたしが雪道で滑って転んでしまって、一緒に歩いていた友達3人の言う言葉がなく、困った空気が流れていたこともあったなー。でもみんな合格でした。良かった・・・。
よくあることだろうけれど、この出来事は、
そんな自分に気付かせてくれた一件だった。
カナダに移住しよう!と決めたのは、かなり単純ないきさつ。
これはまたの話にして、ともかく行く!と決めて、
永住権を申請した後のことを話そう。99年のことだ。
行け行けGO!GO!の気持ちでどんどん行動を始めたのだが、
いよいよ永住権が下りそうだという頃になって、
なんともいえぬ不安感が湧きあがってきていた。
その理由は「経済的にやっていけるだろうか」-この1点だと
自分では思っていた。
それで日本にいる間に、カナダに行ってからどうやって働くかと
自分なりに考えて情報収集などしてみたが
不安感はぬぐえなかった。
「行ってからなんとかするしかあるまい!」
そう言い聞かせるものの
やっぱりどこか元気が出てこない。
そんななか、関心があって参加したクリスタルヒーリングのセミナー
で瞑想をすることになった。
フロアに横になり、各自が5つのヒーリングストーンを額や胸などのチャクラの上に置いた。
「何かあなたの知りたいことを天に伝えてから、瞑想に入ってください」
その指示があったとき、わたしは
「カナダ行きの不安の原因を教えてください」
と心のなかでつぶやいた。
目を閉じたが、ただごく普通に目をつぶって暗いだけの状態がずっと続いた。
「あー、これで何もなくこの瞑想も終わるんだろうな」
そう残念に思った少し後、
まぶたの裏に、ぱっと一瞬はっきりと映像が見えた。
それは実家の回りにうずたかく雪が積もっている、
2月あたりの北海道のごく普通の風景だった。
その瞬間「わかった!!」と声をあげそうになった。
「わたしは雪を恐れていたんだ!」
* * *
話はそれから十年ほど前に戻る。
学生時代、自宅から学校に通う冬の朝の雪道。
わたしはステッキをつきながら、恐る恐る車道を歩いていた。除雪車が車道の雪を歩道に寄せてしまうので、冬には歩道がないところが多いのである。
わたしを知らない人のために解説しておくと、
わたしは変形性股関節脱臼症という
右の股関節が完全にできあがっていなく、また右足が外を向いているという状態で生まれ、小学生の頃に何度も手術をした。
しかし、その手術に成果がなく、医師からは、「もし痛みが出たら人工関節にしましょう」と言われている。
右足が短く、位置が正常でないため、左足より負担が多くかかるので、今も重いものを持って歩いたりするときはステッキの助けを借りている。
まあ、そんな状態なので、雪道では滑って転んで左足まで折ってしまっては大変だと、こわごわ歩いていたのである。
その日も、除雪車と車の踏みつけたツルツル道で、わたしは冬の冷たさよりも張り詰めた緊張感で、滑らないように、滑らないようにと、一歩一歩慎重を極めながら歩いていた。
にもかかわらず、右足がつるっと滑って、背中からどーんと倒れてしまった。
そのとき、
悲しみが心のなかから一気にあふれ出してしまった。
普段は気にもとめていない足の不自由なことへの悲しみと情けなさが、堰を切ったようにどっとあふれ出してしまったのだ。
こんなことは初めてだった。
すごく情けなかった。
情けなくて、ショックで体中のどこにも力が入らなかった。
そうして倒れていたのは何分だったのかわからない。
車が来なかったのは幸いだった。
* * *
あの瞑想で実家の雪のビジョンを見たとき、すぐにこのときのことが
思い出されたのだ。
わたしは雪を恐れていた-このことがはっきりわかった。
まったく無謀な話だが、わたしたち夫婦はカナダ移住前に
カナダの地を踏んでいない。
「カナダ=寒い=雪」
カナダに対して無知なわたしの潜在意識には、どうやらこうした図式があったようだ。
でも!・・・である。
このビジョンを見たときのわたしの気持ちは、
「雪なんか怖くない」
だったのだ。
「転んだときはまだ車の免許を持っていなかったが、今のわたしは運転ができるし、ベビーカー(*)をいつも押していて、これが杖代わりになっているし、なんだかとにかく大丈夫!」(*長男がまだ小さかったので)。
というのが、瞑想のときの気持ちだった。
十年前とのメンタリティとは、まったく違っているわたしがいた。
というわけで、
「なーんだこんなことを不安に思っていたんだ」
と、自分の不安の原因がわかったとたん、
胸のもやもやがすっかり消えてしまった。
これは驚くほどのすっきり感だった。
そして再びカナダに向けて、行け行けGO!GO!のモードになった。
その少し後に、待ちに待った永住権がわたしたちのもとに
届いたのである。
おまけ:
そういえば、高校入試の帰り道、わたしが雪道で滑って転んでしまって、一緒に歩いていた友達3人の言う言葉がなく、困った空気が流れていたこともあったなー。でもみんな合格でした。良かった・・・。
あ、私も子供の頃、一度大雪で集団下校になり区域外の私は一人で下校。途中の道が吹きだまりで1メーター以上の雪が貯まり、その中を泳いで帰ってきた記憶がある。「八甲田山、ジュンコ版!」と一人独り言を良いながらね。玄関に父の姿を見たときに何だか泣けたな。。
かおりさんのおかげで懐かしいことを思い出しました、ありがとう。
すばらしいことは、時間が経っている分、意識の深みに沈んでいた思いが、思い出して意識に上がってきて日に当たった途端、解消されたり、理解が深まったりして、その捕らわれから解放されていくということですよね。
もっと多くの人がかおりさんの様にヒーリングを気軽に受けられる機会が増えていくといいですね!
見えない世界への確信の旅、次回も楽しみにしています。
失礼しました。
ヒーリングに興味があって検索していたところ、偶然見つけました。私も最初にカナダの地を踏んだのが99年12月でした。4人も子供が居て、まだ一番下は4歳で自宅に居るので、今はヒーリングについての検索をしているところです。色々な本を読んだり、小さなときの経験から精神世界はとても大好きで、追求したい部分でもあります。またブログにたびたび訪問させてもらいますが・・よろしいでしょうか・・
集団下校、ありましたねー。わたしも一度、みんなでスクラム組んで、嵐が通り抜けるのを待ったりして冒険気分でしたね。一年生くらいだった妹が公園の雪にずぼっと埋まってしまって動けなかったところ、中学生に見つけてもらって助けられたりとか、雪にまつわること、いろいろありますね。さすが同郷人、共感してもらえてうれしいです。
YOKOさん、ひさしぶりです!
「楽しみにしてます」の言葉に弱いんですよ。。。また書きますね!
しゃひんさん、
はじめまして!99年組ですね。コキットラムにも同じくらいのお子さんのいるレイキの生徒さんがいますので、彼女も含めて子連れのヒーリングお茶会などできれば楽しそうです。
ぜひこれからもブログに遊びにきてください!
いつでも気軽に声かけてくださいね。