Tell the Japanese Government that the cruel act of starving animals must finally be made illegal
原発20km圏への立ち入り禁止…実質、放置された家畜やペットを見捨てる決定をした管政権への署名。海外からもできます。
今、多くの動物たちが餓えて死のうとしています。
人命優先という判断はこの非常時には責められないかもしれません。でも、だからといって、今まで人間のために生かされ、人間のために殺されてきた動物たちを、最後に餓えで苦しませて死に至らしめるのは、人道にもとるのではないでしょうか。
手伝うと言ってくださっている獣医さんもボランティアの方も大勢いらっしゃいます。その人達を閉め出す意味は、私には理解できません。
最初から放置された家畜たちは、もうほとんどが手遅れです。人がエサを持って来てくれるのを待ちわびるように入り口で折り重なって死んでいる豚たち、骨と皮になって、もうボランティアさんが与えるエサを口にする元気もない仔牛たち。
せめて、安楽死させてあげてください。それが、彼らを利用してきた人間としての、最後の責任ではないでしょうか。
新庄動物病院の院長さんブログでは、遠回りでも外堀埋めても搦め手でも、なんとか方法をみつけようと粘り強く動き続けておられる様子がわかります。
動物の命を尊重する気持ちを持てなければ、人命を尊重する気持ちだって起こるものか、と思います。
命を区別して軽んじることは人間の命も軽んじることに繋がるのでは、と。
どうか惨い最期をかれらに強いないように、一頭でも多くの動物が救われますように。
でも苦しんで死なせるのは、人間として受け入れられない。
苦しさが憎しみに変わっていくような、そんな気分です。
こんな最後は許されないよね。
酷すぎます。
残酷。
先進国の姿じゃないですよね。
噂かもしれないけど殺処分の情報も。
苦しみから解いてやり埋葬してやるのを強く望む。
何の責任もない家畜が一番に放置され、悲しんでいるのが可哀想でなりません。
これが母国かと思うと情けなくなります(;-;)
英国では100年前に家畜への虐待防止の法律が出来たと聞きましたが日本じゃ平常時でもペットの殺処分。
しかも窒息死ですもの。野蛮人の国なのか・・・。
新庄動物病院さん、本当に粘り強くがんばってくださってますね。電話のやりとりを読んでいるだけで、それがどれだけ精神を消耗する活動なのか想像できます。その時間をもしもっと早く現地での活動に使えていれば、どれだけの動物たちが救えたか。なのに、未だに足止めされていて刻々と時間は進んでいる。行政って、ひとりひとりの個人ではなく眼に見えない何かだから、電話を受ける一人ひとりが事態を受け止めにくいのかもしれません。動きのにぶすぎる象を連想してしまいます。
地震や津波での死ならまだ仕方がない。でも、こんな形でじわじわと餓死させられるなんて。決定権は、ひとりの人間の手にあるわけではないから責任の所在が曖昧。よほど強く声を上げる権力者がいない限り、無駄に時間が過ぎていくしかないんでしょう。なのに「禁止」だけはバカの一つ覚えみたいに。バカ。
現時点では、埋葬ではなく、ビニールシートをかけることになったとか。それは一体どういう意味なのか、はかりかねます。すべてが先送り。今後何十年と、汚染が消えていくまで放置するつもりなのか。
今この瞬間にも助けられるかもしれないのにね。
私も映像を見ました。やりきれないです。もちろん、家畜たちだってお腹が空いたら苦しいし辛い、人間と同じなのに、人間より「下」で人間の「持ち物」という考え方で切り捨ててしまったんですね。