後立山連峰の北部を代表するのが白馬岳なら、南部を代表するのが鹿島槍ヶ岳。双耳峰は谷川岳や筑波山などいくつかあるが、鹿島槍ヶ岳が一番整っている。過去に八方尾根から見た姿が気になっていたので、ワクチン接種が終わったタイミングで登ることにした。二つの峰は南の爺ヶ岳から見るのがバランスが良くて美しい。北の五竜岳からはリスの耳のようで表情が少し異なる。
初日は松本市内を観光。まずは駅ビル内で名物の山賊焼きで昼食を済ませる。国宝の旧開智学校や松本城、レトロな中町通りを散策。街中をぶらぶらするだけで半日は過ごせそうだ。大糸線に乗り、信濃大町から路線バスで大町温泉郷へ。今日の宿は、ときしらずの宿織花。大町市観光協会の宿泊キャンペーンに加え、東京など緊急事態宣言が出ている影響でずいぶん割安で宿泊できた。
翌朝、立山黒部アルペンルートの玄関口扇沢駅へ。この道路は元は黒部ダムの工事用だったそうで、おかげで登山口までのアクセスが楽になった。10分ほど道を戻ると標高1,350mの登山口。ここから歩きやすいと定評の柏原新道で稜線の山小屋まで標高差1,100mを登る。登山口からいきなりモミジ坂の急登。左手に時折針ノ木岳や扇沢駅が見えるが展望はほとんどきかない。
整備されているとはいえ、崖や道の狭い危険個所もある。雪渓が融けたガレ沢とクサリ場を過ぎると稜線は近い。危険な崩壊地がいくつかあるが、コースタイムどおり4時間で標高2,460mの種池山荘に到着。右に進めば爺ヶ岳や鹿島槍ヶ岳、左に進めば針ノ木岳や蓮華岳。この山小屋の名物はNHKで紹介された限定20食の手作りピザ。私たちはドリップコーヒーを頂いたが、おいしかった。
山小屋は今年は完全予約制で、宿泊者は定員の半分以下の約30名。改装されたようで建物内は新しい。6畳の部屋はカーテンで4つに分割されているので、ひとり1.5畳。感染対策のおかげで快適な空間が確保された。宿泊者には水1ℓが無料で支給される。夕食は5時、消灯は8時15分。今まで泊まった山小屋で一番早い。宿泊制限のためか賞味期限切れのアルコールが値引き販売されていた。
翌朝4時には出発する人もいる。鹿島槍ヶ岳から五竜岳や唐松岳へ向かうのだろう。部屋の窓から富士山がくっきり見えた。その左右には八ヶ岳と南アルプス。右手には針ノ木岳と蓮華岳。部屋からの絶景展望はありがたい。5時朝食。いつもなら山小屋で8時頃までのんびり過ごすのだが、9時以降はガスが出るという情報にあわてて出発。山小屋を出るとクマ出没注意の看板に出くわした。
今日は鹿島槍ヶ岳に登り冷池山荘に戻るだけなので、のんびり稜線歩きを楽しもう。標高2,000m超えの登山道は富山と長野の県境でもある。しばらく進むと目指す鹿島槍ヶ岳の双耳峰が見えてきた。振り返るとハイマツの緑に種池山荘の三角屋根。その後ろに剱立山。遠く槍穂高。絵画のような風景が広がる。行く手には爺ヶ岳の緩やかな登りが続く。すれ違った登山者から山頂からの景色がすばらしいと教えられた。楽しみだ。
登山道の左にお花畑が現れた。7月ならもっと多くの高山植物が咲き乱れていたことだろう。1時間の登りで爺ヶ岳南峰2,660mに到着。剱岳や鹿島槍ヶ岳がひときわ大きい。富士山から目を下に移すと大町市の街並み。さらに20分余り進むと爺ヶ岳中峰2,669m。一般に爺ヶ岳と呼ばれているのはこの中峰で、ここから見る鹿島槍ヶ岳が一番美しい。ハイマツに覆われた登山道も美しい。
短時間で剱立山や鹿島槍ヶ岳の絶景が眺められるこの山は、初心者にぜひお勧めしたい。緩やかで登りやすい。楽に登れる割に眺望がすばらしい。富士山、八ヶ岳、南アルプス、槍穂高、剱立山、噴煙を上げる浅間山、…。爺ヶ岳にはピークが3つあるが北峰には道はない。安曇野からガスが上昇して鹿島槍ヶ岳を覆いつくした。鞍部の先には一瞬目を疑うような崩の上に冷池山荘が見えてきた。この山小屋、大丈夫なのか。
冷乗越まで下り、冷池山荘まで登り返す。ここで荷物を預け、鹿島槍ヶ岳を目指す。山小屋を出てすぐにお花畑が現れた。1時間ほどで布引山。残念ながらガスが出てきて視界がきかないので、足元の高山植物ばかり見ながら歩くことになるが、これも楽しい。このあたりは非対称山稜で東側斜面が恐ろしいほどスパッと切れ落ちている。冷池山荘を出て2時間半で鹿島槍ヶ岳2,889mへ。山頂には外国人がひとりだけ。
ここから稜線を引き返して冷池山荘に戻る。ガスの流れが激しいようで、山小屋の前から鹿島槍ヶ岳が時折姿を見せる。冷池山荘は種池山荘と同じ経営で、どちらも手入れが行き届いて気持ちいい。食堂の壁に掲示されていたのは「黙食」の二文字。この時期に山小屋に泊まれるのはありがたい。今日の宿泊は40名ほどで、定員の半分以下。この時期に利用することで山小屋の経営に少しは貢献できたか。
翌朝、山小屋の窓から種池山荘がくっきり見えた。爺ヶ岳周辺には2つ山小屋があるので安心して登れる。最終日は種池山荘から扇沢に下るだけ。7時、山小屋を後にする。途中、爺ヶ岳南峰に再度登った。週末が近いので今日は登山者が多い。柏原新道を下りきった後、舗装道を扇沢まで1㎞登り返すのが結構つらい。バスで大町温泉郷へ。日帰り温泉「薬師の湯」で入浴。山の汗を流す。
トトロの耳、鹿島槍には以前から登りたかったが今まで登る機会がなかった。山頂はガスに覆われたが、爺ヶ岳からの展望がすばらしく、十分満足な山旅となった。制限の多いこの夏に山に登れてよかった。最大限の感染対策をし、ワクチン接種を終えての山行であり、山小屋の対応も十分すぎるほどだった。来年は今まで通りの登山が楽しめたらと願うばかり。