KAWORUの山日記~今日も雲の上!

百名山や日本アルプスの旅の記録

扇沢から鹿島槍ヶ岳~トトロの耳を登る 2021.8.2-5 [爺ヶ岳2,669m・鹿島槍ヶ岳2,889m]

2021-09-05 19:53:08 | 北アルプス

後立山連峰の北部を代表するのが白馬岳なら、南部を代表するのが鹿島槍ヶ岳。双耳峰は谷川岳や筑波山などいくつかあるが、鹿島槍ヶ岳が一番整っている。過去に八方尾根から見た姿が気になっていたので、ワクチン接種が終わったタイミングで登ることにした。二つの峰は南の爺ヶ岳から見るのがバランスが良くて美しい。北の五竜岳からはリスの耳のようで表情が少し異なる。

初日は松本市内を観光。まずは駅ビル内で名物の山賊焼きで昼食を済ませる。国宝の旧開智学校や松本城、レトロな中町通りを散策。街中をぶらぶらするだけで半日は過ごせそうだ。大糸線に乗り、信濃大町から路線バスで大町温泉郷へ。今日の宿は、ときしらずの宿織花。大町市観光協会の宿泊キャンペーンに加え、東京など緊急事態宣言が出ている影響でずいぶん割安で宿泊できた。

翌朝、立山黒部アルペンルートの玄関口扇沢駅へ。この道路は元は黒部ダムの工事用だったそうで、おかげで登山口までのアクセスが楽になった。10分ほど道を戻ると標高1,350mの登山口。ここから歩きやすいと定評の柏原新道で稜線の山小屋まで標高差1,100mを登る。登山口からいきなりモミジ坂の急登。左手に時折針ノ木岳や扇沢駅が見えるが展望はほとんどきかない。

整備されているとはいえ、崖や道の狭い危険個所もある。雪渓が融けたガレ沢とクサリ場を過ぎると稜線は近い。危険な崩壊地がいくつかあるが、コースタイムどおり4時間で標高2,460mの種池山荘に到着。右に進めば爺ヶ岳や鹿島槍ヶ岳、左に進めば針ノ木岳や蓮華岳。この山小屋の名物はNHKで紹介された限定20食の手作りピザ。私たちはドリップコーヒーを頂いたが、おいしかった。

山小屋は今年は完全予約制で、宿泊者は定員の半分以下の約30名。改装されたようで建物内は新しい。6畳の部屋はカーテンで4つに分割されているので、ひとり1.5畳。感染対策のおかげで快適な空間が確保された。宿泊者には水1ℓが無料で支給される。夕食は5時、消灯は8時15分。今まで泊まった山小屋で一番早い。宿泊制限のためか賞味期限切れのアルコールが値引き販売されていた。

翌朝4時には出発する人もいる。鹿島槍ヶ岳から五竜岳や唐松岳へ向かうのだろう。部屋の窓から富士山がくっきり見えた。その左右には八ヶ岳と南アルプス。右手には針ノ木岳と蓮華岳。部屋からの絶景展望はありがたい。5時朝食。いつもなら山小屋で8時頃までのんびり過ごすのだが、9時以降はガスが出るという情報にあわてて出発。山小屋を出るとクマ出没注意の看板に出くわした。

今日は鹿島槍ヶ岳に登り冷池山荘に戻るだけなので、のんびり稜線歩きを楽しもう。標高2,000m超えの登山道は富山と長野の県境でもある。しばらく進むと目指す鹿島槍ヶ岳の双耳峰が見えてきた。振り返るとハイマツの緑に種池山荘の三角屋根。その後ろに剱立山。遠く槍穂高。絵画のような風景が広がる。行く手には爺ヶ岳の緩やかな登りが続く。すれ違った登山者から山頂からの景色がすばらしいと教えられた。楽しみだ。

登山道の左にお花畑が現れた。7月ならもっと多くの高山植物が咲き乱れていたことだろう。1時間の登りで爺ヶ岳南峰2,660mに到着。剱岳や鹿島槍ヶ岳がひときわ大きい。富士山から目を下に移すと大町市の街並み。さらに20分余り進むと爺ヶ岳中峰2,669m。一般に爺ヶ岳と呼ばれているのはこの中峰で、ここから見る鹿島槍ヶ岳が一番美しい。ハイマツに覆われた登山道も美しい。

短時間で剱立山や鹿島槍ヶ岳の絶景が眺められるこの山は、初心者にぜひお勧めしたい。緩やかで登りやすい。楽に登れる割に眺望がすばらしい。富士山、八ヶ岳、南アルプス、槍穂高、剱立山、噴煙を上げる浅間山、…。爺ヶ岳にはピークが3つあるが北峰には道はない。安曇野からガスが上昇して鹿島槍ヶ岳を覆いつくした。鞍部の先には一瞬目を疑うような崩の上に冷池山荘が見えてきた。この山小屋、大丈夫なのか。

冷乗越まで下り、冷池山荘まで登り返す。ここで荷物を預け、鹿島槍ヶ岳を目指す。山小屋を出てすぐにお花畑が現れた。1時間ほどで布引山。残念ながらガスが出てきて視界がきかないので、足元の高山植物ばかり見ながら歩くことになるが、これも楽しい。このあたりは非対称山稜で東側斜面が恐ろしいほどスパッと切れ落ちている。冷池山荘を出て2時間半で鹿島槍ヶ岳2,889mへ。山頂には外国人がひとりだけ。

ここから稜線を引き返して冷池山荘に戻る。ガスの流れが激しいようで、山小屋の前から鹿島槍ヶ岳が時折姿を見せる。冷池山荘は種池山荘と同じ経営で、どちらも手入れが行き届いて気持ちいい。食堂の壁に掲示されていたのは「黙食」の二文字。この時期に山小屋に泊まれるのはありがたい。今日の宿泊は40名ほどで、定員の半分以下。この時期に利用することで山小屋の経営に少しは貢献できたか。

翌朝、山小屋の窓から種池山荘がくっきり見えた。爺ヶ岳周辺には2つ山小屋があるので安心して登れる。最終日は種池山荘から扇沢に下るだけ。7時、山小屋を後にする。途中、爺ヶ岳南峰に再度登った。週末が近いので今日は登山者が多い。柏原新道を下りきった後、舗装道を扇沢まで1㎞登り返すのが結構つらい。バスで大町温泉郷へ。日帰り温泉「薬師の湯」で入浴。山の汗を流す。

トトロの耳、鹿島槍には以前から登りたかったが今まで登る機会がなかった。山頂はガスに覆われたが、爺ヶ岳からの展望がすばらしく、十分満足な山旅となった。制限の多いこの夏に山に登れてよかった。最大限の感染対策をし、ワクチン接種を終えての山行であり、山小屋の対応も十分すぎるほどだった。来年は今まで通りの登山が楽しめたらと願うばかり。


上高地から蝶ヶ岳~穂高に会いたくて [蝶ヶ岳2,677m]

2020-06-26 12:05:28 | 北アルプス


蝶ヶ岳は上高地から近く、穂高の展望がすばらしい山です。短時間で稜線に立てるので北アルプスの入門コースとされています。観光客であふれる河童橋から1時間で今日の宿明神館に到着。夕方、近くの明神池と穂高神社を散策しました。



翌朝はハルニレに囲まれた徳沢から長塀尾根にとりつきます。名前どおりの長い尾根で、木の根が露出して展望もなく、ひらすら長い登りが3時間以上続きます。



妖精の池を過ぎるとまもなく森林限界を抜け、広々とした稜線に出ました。ハイマツの稜線をたどり蝶ヶ岳ヒュッテへ。蝶ヶ岳はなだらかな山容で、南に続くどっしりとした常念岳が大きな姿を見せています。

〈 蝶ヶ岳稜線から常念岳 〉

東に安曇野、雲海の向こうに浅間山、南に八ヶ岳、西は梓川をはさんで槍穂高。来年はどこに登ろうかなどと次の山行に思いを巡らすひとときです。

〈 八ヶ岳遠望 〉

この夏は快晴続きで、連日槍穂高が見えているそうです。すぐ目の前にそびえるのが穂高の4つの峰。

〈 朝日に染まる穂高 〉

朝5時、瞑想の丘で日の出を待ちます。ここは夜明けのドラマの特等席。東の空が刻々と色を変えていき、やがて雲海の先に太陽が現れました。



荘厳なアルプスの夜明け。振り返れば朝日に染まる峰々。

〈 槍ヶ岳へ続く稜線 〉

常念岳に続く稜線はなだらかで歩きやすそう。ここから槍ヶ岳までゆっくり歩いて2泊3日です。



梓川をへだてた槍穂高連峰の大パノラマ。

【2006.9.3-5】


剱岳から欅平~スリルを求めて [剱岳2,999m]

2020-06-08 18:02:34 | 北アルプス


富山から立山黒部アルペンルートで立山室堂へ。雷鳥坂を登り別山乗越から剱沢へ下る。翌日は剱岳を往復。三日目は剱沢雪渓を経て秘湯、阿曽原温泉まで下り、四日目は黒部峡谷の水平歩道を欅平へ。最終日は黒部峡谷鉄道で宇奈月温泉へ。

〈 剱沢のテント場 〉

室堂から剱沢に入る。夕食は恒例の焼肉。テント泊の初日は豪華にというのが私たちのルール。翌朝、軽装で剱岳をめざす。まず一服剱、さらに前剱と2つピークを越えなければならない。振り返れば目の前は残雪の美しい立山連峰。

〈 立山を望む 〉

前剱の2カ所の鎖場を過ぎ、避難小屋の建つ平蔵のコルを過ぎ、最難関はカニのタテバイ。高さ20mの岩場を必死で登りきると山頂まであと少し。祠の建つ山頂からは後立山の展望が広がる。剱岳の標高は3千mに1mだけ足りない。往路を剱沢まで戻りキャンプ場で二泊目。

 

翌朝、剱沢の雪渓をかけ下りる。長い長い雪渓で、下りきるまでにメンバー全員が一度は転倒した。真砂沢ロッジを過ぎ、二股では左手に三ノ窓雪渓とチンネ、八ツ峰を仰ぐ。岩峰が天を突く裏剱は迫力がある。流水で天然の流しソーメンを楽しんだ。

〈山頂からパノラマ 〉

仙人峠を越え、白い湯煙がたつ仙人湯小屋を経てさらに下り、今日のキャンプ地の阿曽原温泉に到着。剱沢から高度差1,600mをひたすら8時間も下った。この温泉は黒部川沿いの上級者向けルート上にあるので「日本一危険な温泉」と呼ばれているらしい。小屋から5分ほど離れた山中の露天風呂で汗を流す。



三日目、眼下に黒部川を見下ろしながら、断崖に削られた水平歩道を延々12㎞歩く。狭い所は肩幅程度で、つまづいたら数百m下の谷底へ。シジミ坂の急坂を下ると欅平。トロッコ列車で鐘釣温泉へ。ここの風呂は黒部川の河原の天然温泉。翌日、再び列車で宇奈月温泉へ。

標高3千mに満たない山だが、小説や映画に描かれているように最初は人が登れる山ではなかった。それだけに山頂に至るには難所が多い。この山は景色より登行のスリルを楽しむ山だと思う。立山別山まで足をのばすと剱岳の全景が広がるが、ここからの姿が一番かっこいい。

【1985.8.7-12】


白馬岳山行~行列のできる山 [白馬岳2,932m・小蓮華岳2,769m・白馬乗鞍岳2,469m]

2020-06-04 12:02:06 | 北アルプス


北アルプスでは槍ヶ岳と人気を二分するといわれる白馬岳の定番コースを歩きます。白馬駅からのバスを終点で降り、今夜は原生林に囲まれた村営猿倉荘に宿泊。翌朝は大雪渓を登り白馬山荘まで。最終日は白馬山頂を踏んで小蓮華岳、白馬大池、白馬乗鞍岳、栂池自然園へと下ります。


 

翌朝、白馬尻で軽アイゼンを付けて長さ2㎞の大雪渓に取り付きます。山頂直下の白馬山荘まで標高差にして1,582mの登りです。ここ数日は雨の予報でしたが今日一日は持ちそうです。雪渓の上は汗をかかないのでありがたいですが、雪で冷やされた風が吹きつけてまるで冷凍庫の中。場違いなTシャツ姿は私だけで、ほかの登山者に「平気ですか」と声をかけられました。 





雪渓を行く登山者はまるで砂糖の上のアリの行列。雪渓を登りきった葱平は休憩をとる登山者であふれています。この先のジグザグの急登は足が棒になるほどきつく、歩くより休む時間の方が長くなります。稜線に山小屋が見えてからもなかなか距離が縮まりません。このあたりは高山植物が咲き乱れる日本有数のお花畑ですが、時期が遅いので咲いている花はちらほらです。 



村営頂上山荘で杓子岳が姿を現しました。稜線上は常に風が舞っていて、大雪渓からわきあがる雲を黒部の谷からの風が吹き飛ばしていきます。天気が良ければ360度の大展望なのですが残念です。標高2,832mに建つ白馬山荘の展望レストランで祝杯。まだ陽が高いので山荘のベンチで昼寝をしたり、高山の雰囲気を味わいながら時を過ごすことにします。



翌朝は白馬大池まで稜線散歩のはずが、朝からやはり雨。晴れていたら高山植物を眺めながらのんびり歩きたいコースです。霧雨の中、三国境の手前で雷鳥が現れました。ここから先、登山道は長野県と新潟県の県境を進むことになります。やがてガスが晴れ、きれいな湖畔の白馬大池山荘に到着。小屋の手前は一面のお花畑です。



白馬乗鞍岳は大きな岩がゴロゴロして実に歩きにくい。山頂を越えて岩場や雪渓を下り、天狗原の湿原を横切り栂池自然園へ。天狗原の下りで雷鳥の親子3羽が現れました。雨足はますます強まり、登山道はまるで川の状態です。栂池自然園からは観光客に混じってゴンドラリフトとロープウェーを利用して山麓へ。山麓駅近くの栂の湯温泉で山の汗を流します。 

【2009.8.5-7】


雲ノ平~黒部源流をまたいで [三俣蓮華岳2,841m・祖父岳2,825m・野口五郎岳2,924m]

2020-06-03 19:38:08 | 北アルプス


黒部源流域の雲ノ平はどこから歩いても2日はかかる北アルプス最奥の地。訪れる人も少ない静かな山域を山中3泊のテント泊としました。

名古屋から夜行バスで新穂高温泉へ。1日目は鏡平を経て双六小屋まで。2日目から「裏銀座コース」を進みます。三俣蓮華岳を越え、黒部源流から雲ノ平へ。3日目は祖父岳、野口五郎岳を経て烏帽子小屋まで。最終日はブナ立尾根を高瀬ダムに下り、七倉温泉からタクシーで信濃大町まで。延々40㎞を超えるロングトレイルです。 



初日は天候不順で、時おり雨の中を歩きます。間近に見えるはずの槍・穂高連峰はガスの中。双六小屋までの登りはザックに詰めた4日分の食料、テント、寝袋など20㎏の重みが肩に食い込む。小屋で山岳写真家の近藤辰郎氏に遭遇。夕方、雷雨警報が発令され、一晩中台風並みの風雨がテントを叩く。深夜、強風でお隣のテントが吹き飛ぶ。

〈 雲ノ平から水晶岳 〉

2日目、三俣山荘の展望喫茶で休憩後、黒部源流をひとまたぎして登り返すと雲ノ平の溶岩台地。テント設営後、午後のひとときを高山植物の咲くスイス庭園やギリシャ庭園で過ごす。雲ノ平は広大な湿原で、正面に水晶岳が雄大な姿を見せている。夕暮れの黒部五郎岳がひときわ美しい。

〈 祖父岳と黒部五郎岳 〉

3日目、祖父岳で天候が回復し、槍ヶ岳が姿を見せました。ぐるりを見渡すと遠く立山から水晶岳、黒部五郎岳、三俣蓮華岳、鷲羽岳、薬師岳、…。黒部源流を取り囲む百名山のパノラマ。水晶小屋付近は鼻をつく硫黄ガスのため草木が一本もなく、硫黄で崩壊した稜線が続く。野口五郎岳から先は槍ヶ岳を眺めながらおだやかなお花畑の稜線散歩。

〈 槍・穂高連峰 〉

下界を離れて北アルプスの真ん中で4日間過ごしました。初日は強風でお隣のテントが倒壊し、最終日はホワイトガソリンで私達のテントが炎上するところでした。テント生活ですから自給自足。衣食住は自分たちで運び、自分たちで作る。日の出前に起き、朝日に輝く稜線を歩き、日没とともに眠る「食う・寝る・歩く」の非日常な生活に体が慣れてきたら、実に体調がいい。

〈 黒部源流 〉

前半は天候に恵まれませんでしたが、長距離の山行を終えた達成感、充実感にひたることができました。いつか機会があれば少し足を延ばして「日本一遠い温泉」と言われる高天原の露天風呂に浸かり、のんびり山を眺めながらすごしたい場所です。

【1987.8.8-11】


常念岳山行~お手軽絶景登山 [常念岳2,857m]

2020-05-27 19:11:30 | 北アルプス


燕岳から蝶ヶ岳の山々は、半日で稜線の山小屋にたどり着ける手軽さが気に入っている。週末にぶらりと出かけるにはちょうどいい。今回は常念岳を選んだ。初日のうちに常念小屋まで登れるが、安曇野を散策するため麓で一泊とした。





一ノ沢登山口は標高1,320m。登山道は前半は沢沿いなので歩きやすく、後半の胸突き八丁から先がしんどい登りとなる。燕岳の合戦尾根と比べてこちらのほうが登りやすい。常念小屋は標高2,450m。



常念小屋の前に朝露に輝くコマクサの群落があった。ここから山頂まで1時間余りの爽快な登り。







常念岳山頂は360度のパノラマ展望台。槍・穂高がバランスよく眺められるのはここしかない。

【1996.7.27-29】


家族で立山~靴底にご注意 [雄山3,003m]

2020-05-26 13:49:47 | 北アルプス


子供の夏休みに2泊で立山に行った。初日は雨模様。奥さんは弥陀ガ原の広大な風景が気に入ったようだ。室堂山荘で2泊して二日目に三山縦走と思っていたが、結局は雄山往復となった。乗物を乗り継いで疲れたのか娘はすぐに寝てしまった。



2日目、山頂にはガスがかかっていたが、まもなく快晴に。今年は雪が多いようだ。5つの雪渓を横切り、一ノ越をすぎると眼下に素晴らしい展望が広がっていた。娘にお花畑を見せるつもりだったが、予想ほど多くない。私の靴底がじわじわ剥がれはじめたのもこの頃。年数がたつと靴底が劣化するなんてこの時まで知らなかった。

実は前日に山小屋で、靴底が耐用年数を超えると劣化するという注意喚起のポスターを見ていたのだが、その時はまるで他人事のように考えていた。これがまさか自分の身に起きるとは。雄山を下る頃には靴底はすっかり剥がれ落ちて、残ったのは内側のプラスチックだけ。ロボットのようにぎこちなく歩くことになったが、ずいぶん危なかった。



山頂の雄山神社へ。ここで祈祷してもらうのは一体何回目になるのだろうか。社務所前で行者が法螺貝を吹いていた。娘は高い山では夏でも雪があること、随分寒いことに驚いていた。危うい足取りでようやく山頂から無事帰還後、フリーズドライの登山食で昼食を作る。山で自炊は久しぶりだが、家族は気に入ったようだ。



2日目の夜。中国や韓国の客が目立つ。連泊は私たちだけの様子。登山では連泊して縦走するのが荷物も軽くて楽だ。山小屋では顔を洗うのも節水なのに、ここでは水に不自由しないし、近くに温泉があるのがありがたい。夜、娘はテレビがないので退屈して、トランプ遊びにもすぐ飽きてしまった。子供にいきなり世間と隔絶した生活は無理だったか。



翌朝、底のない靴で立山地獄めぐりの後、信濃大町へ。トロリーバス、ロープウェー、ケーブルを乗り継いで黒部ダム。奥さんは映画にもなったダム建設の話に感心していた。ここでようやく自分がいる場所が理解できたようだ。さらにバスや電車や新幹線を乗り継いで8時過ぎに帰宅。こんなに遠くて高くつくなら、海外旅行のほうがいいと言われた。

【2002.8.4-6】


西穂山荘から焼岳~真夏のオリオン [焼岳2,455m]

2020-05-25 20:41:33 | 北アルプス


今年の夏は天候不順で山に登る機会を失ってしまったので、夏も終わりの頃、軽く焼岳に登ることにした。ハイキング気分ででかけたものの、日頃の運動不足がたたり、初日からバテてしまった。西穂山荘は綺麗な山小屋で、北アルプス稜線では最も楽に行ける山小屋でもある。翌日の焼岳は、砂のような火山灰に覆われた山で、上り下りにはうんざりするほど神経を使った。おかげで筋肉痛に悩まされることとなる。下山後は、新穂高温泉のホテル氷壁の湯で痛めた足を癒す。

〈 中央の楕円形がアンドロメダ銀河 〉

今回は登山よりも西穂山荘での天体観察が目的だ。深夜に起きて山小屋を抜け出し、深夜の1時から3時まで星を眺めることになった。標高2千mを越えると星空が素晴らしい。南の射手座から北のカシオペア座まで帯状にのびた天の川。普段の生活では目にすることのない天の川に埋もれる星座たち。

ここなら苦もなく満天の星空を写し撮ることができる。ごく普通のカメラと三脚だけでどこまで撮れるか試すのも目的の一つ。しかし、山小屋の前にはデーンと自動販売機が居座り、煌々とあたりを照らしている。北アルプスの夜に自動販売機は似合わない。ベンチを立てて明かりをおさえ、何とか撮影できた。

〈 オリオン座 〉

【1997.8.30-9.1】


中房温泉から大天井岳~ライチョウに励まされて [燕岳2,763m・大天井岳2,922m]

2020-05-24 19:41:40 | 北アルプス


大天井岳(おてんしょうだけ)に登るのはこれで3回目。特に印象的な山ではないが、槍・穂高の展望がすばらしい。残雪期の登山が意外と面白いので、山仲間と2年連続の山行となった。昨年登った際には5月に大量遭難があったことを聞いていたが、たいして気にもとめなかった。 


〈 燕山荘から見た燕岳 〉

初日は燕山荘泊。600人収容の山小屋に宿泊者はわずか5名。シーズンオフはゆったりして快適だ。夜、山小屋から安曇野の夜景が美しい。翌朝、燕岳に登頂。昨年より雪が少ないので、今日のうちに大天井岳から常念岳まで足を伸ばせるかも知れない。所々雪田はあるものの登山道に雪はほとんどなく、鼻歌交じりの夏山気分でペースを上げることが出来た。

〈 燕山荘の朝 〉

雪煙が舞う大天井岳の頂上付近に大天荘が見えてきた。しかしそこに至る登山道の大半が深い雪に埋まっている。たった2時間歩いただけで風景が変わってしまった。私たちの装備でとても登れるものではない。結局、直登をあきらめて山の反対側にあるもうひとつの山小屋を目指した。そのとき見落とした分岐の看板にはかすれた文字で、今から目指す山小屋が閉鎖中だと書いてあったのだが・・・。  

大天井岳の北斜面は予想以上の急傾斜で、道は新雪で覆われている。踏み跡がわずかに残るものの、雪庇の上に足を置いたら谷底に滑落してしまうだろう。深い雪に太股まで埋まりながら悪戦苦闘の末やっと乗り越えると、次の雪が行く手を阻む。今度は完全に道を見失ってしまった。雪の下のハイマツに足をとられて身動きが取れない。ハイマツに手をかけた時、眼鏡が枝に触れ雪の中にふっ飛んでしまった。

〈 大天井岳と大天荘 〉

腰まである深い雪に閉じ込められた。しかも時間はどんどん過ぎ去り、陽は西に傾きはじめる。幸い雪の中から眼鏡を見つけ出すことができた。やっとの思いでハイマツを乗り越え雪渓を脱出して、登山道に復帰したがまだ山小屋は見えてこない。延々と雪の道を歩くこと1時間あまり。遠くから屋根を見つけて、これで助かったと声を上げたのも束の間、山小屋は去年から閉鎖されたままだった。風雨に体力は消耗し、全身の力が抜けていくのを感じる。



気を取り直し、当初目指した大天荘に向けて歩くしかない。次々と思いが頭をかけめぐる。一刻も早く暖かい部屋で体を休めたい。陽が落ちるまでに山小屋に着けるのか。このまま雪の中で夜を迎えたら大変なことになる。そんな時、雪の斜面にひょこり雷鳥が姿を現し、張りつめていた気持ちが少し落ち着いた。やがて山頂が現れ、その下に山小屋が見えた時には心身ともにぐったりと疲れ切っていた。宿泊者は私たち以外に4名。ストーブで濡れた衣類を乾かすが、雷で発電機は動かない。夜、吹雪となる。気温は一桁。

〈 槍・穂高の稜線 〉

翌朝、快晴。しかし、槍・穂高はガスで見えない。大天井岳山頂を経由して燕山荘に戻る。途中、また雷鳥が現れた。燕山荘で昼食後に視界が回復。下山を始めると雲が晴れ、槍が完全に見えた。最後の最後に槍が姿を現したのが嬉しかった。雪におおわれた北アルプスの絶景が広がる。最終日は麓の中房温泉泊。



【1993.6.9-11】


立山から五色ヶ原~25日目の山女 [富士ノ折立2,999m・大汝山3,015m・雄山3,003m・龍王岳2,872m・獅子岳2,714m]

2020-05-22 18:05:40 | 北アルプス


立山室堂はいつものように観光客であふれている。ここから立山を経て五色ヶ原までのんびり歩くのが今回のコース。雷鳥沢から稜線まで最短の大走りを登ることにする。標高差600m。分岐には標識があったのだが、途中から途絶えてしまった。

〈 槍ヶ岳遠望 〉

何本目かの沢を見当つけて登り出したものの崩壊したガレの急坂で、進むにつれて道の状態は悪くなる。両手両足で岩にしがみつくが次々と崩れ落ち、進むに進めず戻るに戻れずの状態。どうやら完全に迷ったと気づいた時、少し離れて若い男女のペアが後ろに見えた。私のあとを追ってきて私同様、道に迷ってしまったようだ。

〈 内蔵助山荘から 〉

夕暮れがせまる頃、ひょっこり稜線上の縦走路へ出た。登り始めてすでに2時間。暗くなる前に道が見つかりホッとした。少し進むと道の脇に消えかかった踏み跡と標識。こちらが本当の道らしい。今夜は内蔵助山荘で宿泊。翌朝、小屋前で後立山から昇る御来光をながめることができた。雄山神社でお祓いを受け、龍王岳、獅子岳、ザラ峠とアップダウンの大きいコースを経て、2日目の宿は五色ヶ原山荘。

〈 大汝山から雄山神社 〉

午後2時半という早い時間に着いたので、コーヒーでもできないか従業員に聞くと忙しいという。この時期に忙しいはずがない。ガイドブックに風呂有とあったのを思い出してさらにたずねると、今日は石鹸がないから沸かさないという意味不明の返事が返ってきた。山小屋によって従業員の接客姿勢がずいぶん違う。彦根の人と同室となり、この先、最終日まで行動を共にする。

〈 五色ヶ原と薬師岳 〉

北アルプスも最近は若い女子が多い。私がヘトヘトになっているのに、すぐ横を涼しい顔で通り過ぎていく姿を見ていると本当に感心する。復路の龍王岳で巨大なザックの女子が独り。親不知(おやしらず)からだと言う。親不知は日本海。今、彼女は北へ向かって歩いているので方向が逆だ。

〈 龍王岳から雄山三山 〉

親不知から北アルプスを一周して剣沢で仲間と合流し、親不知まで帰ると言う。頭の中に日本地図を思い浮かべた。新潟県、長野県、岐阜県、そしてここは富山県。歩いた距離はいったい何キロだ。今日がテント泊で25日目だとさらりと言ったのには驚いた。どう見ても普通の女子だ。1カ月も山の中で生活しているとはとても思えない。

〈 縦走路から雄山三山 〉

最近は大学山岳部も不人気らしいのに、若い女性が独りで北アルプスの大縦走とは。山に登るといろんな人に出会うものだが、時にはとんでもないツワモノと出会うこともある。

【1990.9.22-24】


中房温泉から燕岳~ライチョウは婚活中 [燕岳2,763m]

2020-05-21 19:06:36 | 北アルプス


山仲間と雪の燕岳に登ることにした。雪の状態がよければ大天井岳まで足を伸ばしたい。登山口の中房温泉は雪がないが、第三ベンチから上は雪道となる。アイゼンを装着。合戦小屋を過ぎると積雪50センチ。合戦尾根までの登山道は完全に新雪に埋もれている。燕山荘まで2時間、中房温泉からトータルで5時間かかった。 気温2度。

〈 雪をまとった槍と小槍 〉

翌朝、外はガス。午後には雪から雨に変わった。今日一日、小屋で停滞することにした。GWに大量遭難があったそうで今年は天気が安定していないようだ。ガスは濃くなる一方で展望がきかない。小屋にはテレビも新聞もないので、談話室の本棚から写真集や雑誌を取り出してのんびり時を過ごす。外界から隔絶された世界で一日何もしないのも結構いいものだ。 

〈 燕山荘で停滞 〉
 
3日目。外は相変わらずガス。気温1度。今年は例年になく残雪が多いうえ、昨夜からの降雪で天気は冬に逆戻り。一向にガスが晴れないので、大天井岳までの稜線歩きをあきらめて下山することにした。

〈 雷鳥のカップル 〉

合戦尾根で足元のハイマツの中を赤いものがチョロチョロしている。よく見ると雷鳥のカップルだ。夏や冬の雷鳥は珍しくないが、この時期の雷鳥の雄は色あざやかで美しい。思わずシャッターを押し続けたが、撮影中も逃げようともせずポーズをとってくれた。眼の上の赤い肉冠は繁殖期の雄にだけ現れる。羽毛の白い部分は6月中には完全に抜けて黒い羽毛に変わる。





〈 オスの赤い肉冠 〉
  
下山後、中房温泉入浴。穂高駅前のそば屋一休で昼食をとる。

【1992.5.29-31】


白馬岳山行~秘湯から秘湯へ [小蓮華岳2,769m・白馬岳2,932m・清水岳2,603m]

2020-05-19 18:21:47 | 北アルプス


今回は蓮華温泉から雲の上の湖、白馬大池を経て白馬岳に登り、黒部峡谷の祖母谷温泉に下ります。秘湯と秘湯をつなぐ白馬岳横断コースで、登山者が少なく静かな山歩きを楽しめます。1日目はJR大糸線平岩駅からバスで蓮華温泉へ。ここは新潟県側から北アルプスに入る玄関口で、白馬岳蓮華温泉ロッジが建ちます。ロッジ周辺の山中には4つの野天風呂があります。ここが今日の宿。

〈 白馬大池のお花畑 〉

蓮華温泉から白馬大池までゆるやかな登りです。天狗ノ庭でガスが晴れて雪倉岳、朝日岳など北アルプス最北部の山々が眼前に現れました。白馬大池は標高2,380m。白馬大池山荘の前は広大な高山植物の群生地です。ここで休憩したのちに雷鳥坂、小蓮華山を越え、白馬岳へ。2泊目の宿は山頂直下の白馬山荘。日が沈むと富山の夜景が美しい。

〈 白馬岳山頂から 後立山連山〉

翌朝、白馬岳山頂から北アルプスのパノラマを一望。杓子岳から鹿島槍までの稜線、槍・穂高も見えています。今日は祖母谷温泉までの長い下り。途中にエスケープルートも山小屋もないロングコースです。白馬岳を北に進み、雪田を越えて高山植物の咲く旭岳へ。ここまでは白馬岳に登った登山者も訪れるようですが、この先はほとんど人の立ち入らない山域です。



〈 清水尾根のお花畑と日本海 〉

足元のコマクサを踏みそうになりました。眼を凝らすとあちこちに可憐なピンクの花を咲かせています。清水岳を越えて、見渡すかぎり高山植物で埋め尽くされた尾根道を下ります。まるで雲上の花園。尾根からは遠く富山湾や能登半島が望めます。不帰岳避難小屋の近くで登山者とすれ違いましたが、人に会ったのはこれが最初で最後。百貫の大下りを過ぎても単調な樹林の下りが延々と続きます。 

〈 秘湯・祖母谷温泉 〉

まる一日の下りで奥黒部の一軒宿、祖母谷(ばばだに)温泉にたどり着きました。ここは標高780mなので朝から2,152m下ったことになります。手前の河原が露天風呂です。山旅のフィナーレは黒部の湯、猿飛山荘。翌日は欅平から黒部峡谷鉄道で宇奈月温泉へ。残雪、花、展望、そして温泉の静かな山旅でした。 

【1993.8.7-10】


上高地から槍ヶ岳~憧れの高みへ [槍ヶ岳3,180m]

2020-05-18 19:36:02 | 北アルプス


昨年と同じ槍ヶ岳を今回は単独で目指します。初日は徳沢ロッジ泊、2日目は槍沢を槍の肩まで登り槍岳山荘泊、最終日は同じコースを戻り上高地泊。



槍沢は高山植物の最盛期です。



残雪がまぶしい。気持ちのいい登行です。



上高地から9時間。槍の肩から見上げる大槍は迫力があります。山頂にはひしめくように大勢の人影。



槍から南へ標高3千mを超える山々が連なる。ここから見る穂高は圧巻。



槍の肩に建つ槍岳山荘は増築を繰り返した複雑な建物です。



朝の山頂で笠ヶ岳の手前に現れたブロッケンです。朝日の反対側に霧が出るのはブロッケンの好条件です。私のカメラを構える手まではっきり写り、周囲に虹のリングが見えています。あまりの神々しさに昔の人が仏の姿だと信じたのも納得できます。



往路を戻ります。天気がいいので、青い空と白い雪とハイマツの緑の組み合わせが印象的です。



【1993.7.20-22】


上高地から前穂高岳~1泊2日のスピード登山 [前穂高岳3,090m]

2020-05-17 20:43:20 | 北アルプス



上高地はいつ訪れても観光客であふれています。その観光客が仰ぎ見る穂高が今回の目的地です。河童橋の雑踏からわずか10分で道は静かな針葉樹林の登りになります。ここから今日の宿、岳沢ヒュッテまで3時間。穂高は涸沢経由でゆっくり登るのが一般的ですが、今回は吊尾根に向けてせり上がる岳沢から前穂高岳を直登する最短コースをとります。標高差は1,590m。

〈 岳沢から穂高の稜線 〉

しばらく進むと樹々の間からは切り立った穂高の岩稜、振り返れば焼岳と梓川、眼下には上高地が広がります。夕方早い時刻に標高2,230mの岳沢ヒュッテに到着。上高地を見下ろす小屋のテラスは、これから穂高を目指す人や穂高を登り終えて上高地に降りる人たちでにぎわっています。この小屋には風呂があるので、明日の厳しい登高に備えて早めに休むことにします。

〈 眼下に梓川と上高地 〉

今日は大半の荷物を小屋に預け、約7時間かけて重太郎新道を往復します。最後まで岩場が連続し、クサリやハシゴを使わなければ進めない急登です。事故が多いので気が抜けません。巨大な一枚岩を乗り越えると奥穂高岳との分岐点、紀美子平。ここは前穂高岳の山頂を目指す人たちが休憩しています。左は重量感ある奥穂高岳、右はノコギリの歯のような明神岳の岩稜が続きます。

〈 紀美子平 〉 

両手両足を使って最後の岩場を登りつめると前穂高岳の頂上です。岩の積み重なった頂上は意外に広く、多くの人が展望を眺めながらくつろいでいます。北は槍ヶ岳から北穂高岳、奥穂高岳にかけて一望のもと。眼下は残雪の涸沢カール。東は常念山脈の穏やかな稜線。360度の大パノラマにこれまでの疲れが吹っ飛びます。槍・穂高を縦走してきた登山者にとってはここが最後のピークです。

〈 前穂高岳から槍ヶ岳 〉

眺望を満喫した後は、重太郎新道の垂直に近い急下降を経て上高地に戻ります。下山後、河童橋の上から観光客にまじって降りてきたばかりの穂高を見上げるのは、少し誇らしげな何とも心地のよいものです。

【1996.8.4-5】


槍沢から槍ヶ岳 2013.8.8-11 [槍ヶ岳3,180m・大喰岳3,101m]

2013-08-23 08:39:11 | 北アルプス


上高地から槍沢ロッヂへ

大勢の観光客でにぎわう上高地から槍沢を登り槍ヶ岳まで、往復39km、高低差1,680mを4日間かけてのんびり歩く。

 河童橋から穂高

上高地は観光客には目的地だが、登山者にとっては玄関口だ。河童橋の喧騒を離れ、梓川の清流を左手に木立の中を進む。穂高神社のある明神を過ぎると観光客がぐっと減り、静かな登山者たちの世界となる。テントが並ぶ徳沢で蝶ヶ岳への道を分け、横尾で涸沢と穂高への道を分けてさらに上流へ。横尾からはさらに静かな道を進む。一ノ俣を過ぎると梓川は槍沢と名を変え、流れは狭く激しくなる。

槍沢ロッヂ 

上高地から4時間で今日の宿、槍沢ロッヂに到着。気温20度。山小屋前のベンチは槍を目指す登山者たちで混んでいる。この山小屋は標高1,820mに建つが、槍沢のおかげで風呂がある。夕食までの時間にひと風呂浴びる。廊下には部屋からあふれた外国人が陣取り、スペースが足りないのか大柄な男性がフトンを持ち出して寝ている。8時30分消灯。あすはいよいよ槍の穂先だ。

槍沢ロッジ 

いざ!槍ヶ岳へ

山の朝は早い。まだ真っ暗な4時に出発の準備をする人も。部屋は畳2枚に3人という狭さだったので睡眠不足。昨日、コースの半分まで距離を稼いだので、大半の客が出払った後、のんびり6時半に出発する。朝の空気がすがすがしい。樹林帯を抜けババ平のテント場に出ると突然視界が開けた。槍はまだ見えない。進行方向の槍沢は、両側が垂直に切り立つU字谷。

天狗腹分岐 

大曲で雪渓の上に出ると吹きおろす風が心地よい。正面に大喰岳と中岳の稜線を仰ぎ見ながら、高山植物が咲き乱れるお花畑を歩く。南岳への道を分ける天狗原分岐から高山植物の群落を進むと、傾斜はさらに厳しくなる。グリーンバンドをジグザグに登り切ったモレーンの上で、青空に突き上げる槍の穂先が突然姿を現した。ここまでたどり着かないとその姿を見せないのは、心憎い自然の演出!

グリーンバンドから槍ヶ岳 

雲ひとつなく、日差しが強い。槍沢カールは雪渓の白、ハイマツの緑、そして空の青さがひときわ美しい。振り返るとピラミダルな常念岳と蝶ヶ岳が大きい。眼の高さより上だった常念岳が徐々に低くなり、高度をぐんぐん稼いでいるのが分かる。広大な槍沢カールの中では距離感が失われ、手が届きそうな槍はなかなか近づかない。これほど大きなカールを造った氷河の力に驚かされる。

殺生分岐 

傾斜はますますきつくなり、薄い空気と急登で息が切れて足が前に出ない。重力にあらがいながら、岩屑の斜面を10分歩いて3分休むペースが続く。ここから先が意外に長い。槍沢ロッヂから5時間半、豆粒のように槍の穂先にとりつく登山者が確認できるようになると、ようやく3千メートルの稜線に建つ槍ヶ岳山荘に到着。

槍ヶ岳山荘から槍沢 

槍の肩に屹立する穂先はまさに奇跡。自然の造形に驚かされる。槍沢を見下ろすテラスは多くの人で賑わっている。写真で見たマッターホルンの展望テラスを思い出した。槍沢の絶景パノラマを眼下に昼食は「キッチン槍」のカレーライス。あとは槍の穂先に登るだけなので、午後のひと時をテラスでのんびり過ごす。ここも外国人が多い。ヨーロッパ、東南アジア、台湾、韓国・・・、国際色豊か。

槍ヶ岳山荘から槍の穂先 

荷物を預け、外国人の後を山頂に向け出発するが、さっそく渋滞。山頂まで30分のところ混雑時には3時間かかるそうだ。クサリやハシゴを通過する際の高度感は抜群。危険な個所はさっさと通過したいが、渋滞のせいで同じ場所にとどまるためによけいに危ない。振り返るとまるで空中に投げ出されたような感覚で、緊張で動けなくなった人があちこちで渋滞を作っている。

穂先を登る 

頂上直下の9mのハシゴはほとんど垂直。まるでジャックと豆の木のように長いハシゴが天空にのびる。緊張感を振りはらって登りきると、そこは3,180mの頂。わずか10畳ほどの広さになんと40人以上の登山者があふれ、今にもこぼれおちそう。かつて槍の穂先でこんなにたくさんの人を見たことはない。いつの間にか祠の前には記念撮影を待つ人の長い列ができていた。

槍ヶ岳山頂 

記念撮影の順番を待つ外国人たち。登頂の感激で泣き出す山ガール。父親にロープでつながれ、怖いよ、嫌だよと騒ぐ中学生。リーダーに一人ずつ握手で祝福されるツアー客。お神酒だと言って酒を飲み始める人。狭い山頂はドラマに満ちている。眼下には槍ヶ岳山荘と小槍。北は遠く立山、白馬岳。西は昨年登った双六岳、鷲羽岳。ちょうど1年前の今日、私たちは鏡平からこの槍を見上げていた。

槍ヶ岳から穂高連峰 

東は燕岳、大天井岳、常念岳。南に穂高連峰、乗鞍岳、御嶽山。ぐるりと見わたすと懐かしい山ばかりだ。眼下には燕岳へと続く表銀座縦走路がのびる。次回はこの道から槍をめざしたい。外国人パーティの後、クラブツーリズムの団体が2組も登ってきた。360度の絶景をこころゆくまで満喫した後、団体が下山するのを待って山小屋まで降りる。

 

夕方、日没が近づくと山頂が赤く染まった。下界は例年にない猛暑で40度近いが、ここは14度。食堂に長蛇の列ができていたので時間をずらして行くと、料理を温めなおしてくれた。山小屋のサービスは随分よくなってきた。今夜の宿泊者は多そうで、広い食堂は4回も入替している。山小屋の収容限度650人に近いのかもしれない。夕食後は広い畳の談話室でくつろぐ。

穂高にかかる天の川 

8時過ぎ、空一面を星が埋め尽くす。消灯時間が迫っているにもかかわらず、大勢の人が出てきた。撮影のため暗闇でカメラをセットしていると、懐中電灯が前を通過したり、槍の穂先がフラッシュに照らされたり、…。槍の左手のカシオペア座、頭上の夏の大三角、穂高にかかる蠍座まで、雲のような天の川がのびる。天の川に埋もれた星雲や星団まで確認できた。

槍にかかるカシオペア 

横尾に下山

翌朝、あたり一帯が白くガスで覆われた。御来光は見られなかったが、幻想的な風景だ。視界がない中、山小屋を発つ人も多い。私たちは下山だけなので、チェックアウト後ものんびり談話室で過ごす。ガスが途切れたころ隣の3千m峰、大喰岳まで散策する。この山、高さではトップ10に入るものの、マイナーな山なので山頂に立つ人はほとんどいない。ここから見る槍は穂先を少し右に傾けている。

大喰岳から 

山小屋の隣の崖っぷちに、日本一高いテント場がある。眺めは素晴らしいが、ここで一晩を過ごすのは勇気がいる。寝相の悪い人は一気に谷底だ。右足小指を痛めたので慈恵医大診療所を訪ねる。昨夏のサマーレスキューを思い出して、ワクワクしながら部屋に入るが、結局バンソコと包帯だけ。初診料千円と材料実費300円也。槍の穂先から時々落ちる人がいるそうで、大変な仕事だ。

槍の穂先 

槍の穂先は昨日以上の渋滞で、まるでガリバーによじ登る小人のようだ。昼前、名残を惜しみつつ槍を後に。今日も大勢のツアー客が登ってくる。モレーン台地で槍に最後の別れを告げ、横尾山荘へ一気に下る。ここは3年前、北穂高登山で泊まった山小屋で、きれいで居心地がいい。身体を伸ばせる大きな風呂がありがたい。今日はお盆前の土曜日なので、これから槍穂高を目指す人たちで大混雑。

槍沢 

ふたたび上高地へ

お盆休みに加え最近まで大雨が続いたので、普段は静かな横尾が登山客でいっぱいだ。私たちに前後しているクラブツーリズムのツアーが追いついてきたので、先を急ぐ。徳澤園の名物は濃厚なソフトクリーム。おしゃれな標識がいい雰囲気だ。河童橋の上も大混雑で、聞こえてくるのは外国語ばかり。上高地温泉で山の疲れをいやし、村営食堂で昼食。2時過ぎ、関西直行のバスで京都へ。

 徳澤園

夏のひととき下界の猛暑を忘れ、岩、雪、星、そして花に囲まれた雲上の別天地で過ごした。槍は私にとって20年ぶり6回目だが、何度訪れても心に残る山だ。日頃からランニングや低山歩きなどでトレーニングしていたが、足の小指に靴擦れができ、最終日は激痛に耐えながらの下山となった。ただ、心配していた膝の方はレッグマジックXのおかげで何の心配もなく歩けた。