今日のころころこころ

2014・2・20 おばさんのこころ・・・拝観料

今日は、雛祭りの準備。一昨日に北鎌倉で買ってきた吊るし飾りを早速に飾る。
飾りながら、こころはどういうわけだか、カトリック雪ノ下教会にいってる。
そうなんだよな・・・
拝観料は、悪くない。神社仏閣教会めぐるたびに、そこで親切に解説してもらうたびに、すまないと思ってしまう。いりもしない神社仏閣教会グッズなんぞを買ってしまう。拝観料があれば、それで免罪符とでもいうのだろうか。私のような性格にはありがたい。
と、思って鎌倉のお寺にある名木100選をめぐっていた。
が・・・
二階堂方面に足を延ばしていた。いくつかの寺跡がある。興味シンシンだが、観光地嫌いが祟って土地勘がない上に方向音痴。寺跡めぐりは後日にして、とりあえず歩いてみる。
瑞泉寺様という名刹があるようだ。雪の残る小道をゆく。

と・・・料金所。無論素直に払うが、何故だか不機嫌な自分に驚いた。何カ所か払ってるうちに、まるで閉店間際のスーパーでやむを得ず売れ残りのしなびた大根を買うような感覚で拝観料を払っていた。

素晴らしかった。

お庭は、特に素晴らしかった。

無駄を全て削ぎ落したとでもいうのだろうか?

ま。
それから、徒歩徒歩で鎌倉駅。
どうして雪ノ下教会に寄る気になったんかな?
ドアを開けたら、パイプオルガンの音色が響いた。祭壇の十字架がこころに刺さった。いつのまにか、祈りをささげていた。
そして、帰ろうと振り返ったら、なんと・・・そのパイプオルガンの音色は、生演奏であった。パイプオルガンの両脇のステンドグラスからの光がまばゆい・・・神が降臨してる・・・馬鹿みたい。カトリックの仕掛けじゃないか。けど、やっぱ、降臨してる・・・
観光客が一番少ない季節だ。ましてや夕暮れ。誰のために誰が弾いてるのか?いささか拙いから音大の学生さんが練習してるのかもしれない。だったらどうだというのか。しっかりこころに刺さってるよ。
献金箱の集金のおっさんたちが現われなかったら、私、信者になってしまったかもしれない・・・マジ。
なんだろう?
なんで?仏閣では、刺さらないんだろうか?
・・・いや・・・一度だけあったな。
春麗らかな日だったと思う。古刹名刹ではない。普通の小さなお寺様だった。手入れの行き届いたお庭に本堂から読経の声が響いてきた。障子が閉じられていたから中はうかがい知れなかったが、複数のお坊様が読経されていた。お経というとお葬式という感じだが、そんなんではなく、なんというか、とても明るくやわらかな響きであった。体が雲の上に遊んでいるような気分になっていた。
刺さるというより、とけるという感じだっただろうか。このとけるという感覚は、仏教とキリスト教の違いなのかもしれない。
そういえば・・・
仏閣で、読経が聞こえるのは、誰かお金を払ってるいる時だ。無論、朝晩のおつとめはあるが、それ以外は全て金銭と引き換えだ。
綺麗事は好きではない。綺麗事は言わない。
が・・・なんだろう?
拝観料をとるしかないんだろうか?そういう関係しかないんだろうか?
ふと、仏教が哀しい。
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