里海邸|大洗海岸。東京都心より90分、大海原が広がる静かな別邸へ

「素朴を上質に」海の別邸は、隠遁時間。~波と光色。湯と縁側。陶と食。磯と木の食卓。|里海邸 金波楼本邸 公式ブログ

西山荘

2006年06月08日 | 茨城県の話題
昨日ふと思い立ち、常陸太田の西山荘に行きました。

当館のリニューアル構想を考える上で、現在、もっとも重要と考えている「大洗らしさ」とは何なのか...いつもその事を考えていますが、もうひとつ大事な事をしみじみ確認できました。

宿泊のお客様に十分な旅情を感じていただく為に、最も分かりやすい取り組みは地域の自然や食文化による観光活動です。特に茨城は食文化を主体とした観光商品の多い地域のため、生産→販売といった性質の強い「うまいもんどころ観光」です。

しかし食べ物が豊かな県だから、茨城の名産品についてブランド力を高めて、多くの人々の関心を集め、大量に提供するという観光経済システムはどうだろう?
なんとなく飽和しているような気がします。

この日本には、すでに多様なうまいものが存在しているし、流通もハイエンドに発達しているので全国の名産品が首都圏市場に、いつでもズラリである。

こんな贅沢な時代に食べ物の美味しさ新鮮さだけで、人の心を豊かな気持ちにできるんだろうか?

まあ、そりゃ美味しいグルメはみんな大好きだし、美味しいものはよい気分になります。

しかし気忙しさから開放される心地よさとか、ふと日頃の自分を振り返る瞬間というのは、あまり、見学して周ったり、御飯食べたりしているような活動的な時間ではなく、静かに瞑想できる時間や空間が提供してくれるものだと思います。

とくに自然にそっと抱かれたかのような雰囲気の中では、より落ち着きます。
雰囲気によっては時間が止まっているかのような錯覚する場合もあるでしょう。

そんなわけで、お客様にもっと瞑想的なくつろぎの場を提供できないものか・・と考えていたら、西山荘を見てみたくなったのです。

西山荘は常陸太田の山の中にあり、光圀公が晩年に隠居された住まいです。歴史的なお話は私はドシロウトですので、ここでは触れません(笑)

考えてみると西山荘の環境というのは、光圀公が望んだ理想的な茨城の自然に包まれた癒し空間なのです。
副将軍という立場で、光圀の人生はとても気忙しかったのでしょうね。贅沢なものは全て手に入るような立場の光圀公が最後に求めたのは、極めて質素な空間と、地元農民との素朴な交流でした。

現代の日本では国全体が豊かになり、贅沢なものがどういうものかそれなりに経験できる時代になったので、もう華美さ・物的豊かさでは満足できないという状況を作り出していると聞きます。
その結果、より極端で刺激の強い個性的なものを求めていくのか、一方でものの豊かさは幻想であったと理解し、精神的な豊かさを求めていくというのかという消費者行動が発生しているという話がされています。

西山荘は後者の「精神的豊かさ」を求める消費者行動に対し、ひとつの答えを示していると思いました。

このことは宿づくりにとても重要なことと思っております。

気忙しい世界の住人のお客様にとって、人生を振り返ることのできる瞑想の雰囲気を宿に入れたいと思います。