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その夜は、星降る夜と言えるほど、たくさんの星が空に瞬いていた。空は澄んでいて初夏の涼しい風が髪の間をさらりと通っていった。ギョンヒは何と言っていいかわからずに、満天の星空を見ながら歩いていた。久しぶりに見るヒョンスは、ずいぶん痩せてやつれていた。ヒョンスは下を向きながら言った。
「婚約者と、、、ミヒと別れてきた。」
「うん、、、」
「何も言わなかった。でも、ものすごい目で僕をにらんでた。僕は一生許されないと思う。すごく申し訳ないと思ったよ」
「うん、、、」
「僕、他に好きな人がいるって言ったんだ。愛している人がいる、守りたい人がいるって。それが君なんだよ、、、。」
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ギョンヒはびっくりしてヒョンスの顔を見つめた。そしてうれしくて思わずヒョンスに抱き着いてわあわあ泣き出した。そんなギョンヒにヒョンスもびっくりして目を丸くしたが、優しく背中をポンポンとたたくのだった。
この日からギョンヒはヒョンスと恋人同士になった。その夜、二人は長い間夜空を見上げながら歩き続けた。それからも、お金がない二人は、結婚するまでこうやって夜の散歩を楽しんでは将来の夢を語り合うのだった。今思えば、二人は後にも先にも一番幸せな時間を過ごしていたのだった。
秋になると、二人は婚約をして結婚式の準備に入った。お互いの親はまだ早いと言ったが、1年以上いろんなことを話し合った二人は、待つ時間はもう十分だと思っていた。二人は1月に結婚式の予定を入れて、新居の相談もしはじめていた。その日のことだった。ヒョンスとギョンヒのもとにミヒが現れたのは。ミヒはギョンヒの食堂に現れたため、ヒョンスを呼んで話し合いをするしかなくなった。
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3人は少し離れたところにある、人目につかない喫茶店に入り無言のまま座った。ヒョンスは仕事帰りに急いで駆け付けたので、汗にまみれた作業着姿だったし、ギョンヒは油にまみれたエプロン姿だった。そして、ミヒは顔色も悪く、もともと細かったのがやつれてもっと細くなっており、目だけがぎらぎらと二人を見据えていた。ミヒはこの場にそぐわないような、真っ赤な花柄の濃紺のワンピースを着ていた。ミヒが座ると、ふわりと濃厚な香水の香りがあたりに漂った。ミヒは二人をにらみつけると言った。
「あなたたち、結婚するんですって?」
その声は地獄の底から湧き上がってきたような不気味なものだった。
ヒョンスは身震いした後、とっさにギョンヒの手を握っていった。
「ミヒ、本当に済まない。申し訳なかった。どんなに申し訳なく思っているか、、、」
しかし、ミヒはヒョンスの言葉など聞いておらず、ただギョンヒのことを目を細めてじっと見つめていた。ギョンヒは油まみれでべとべとのエプロンが恥ずかしかった。化粧が汗と油ではげ落ちてしまった顔が恥ずかしかった。そっと手でぐしゃぐしゃの髪の毛をとかして、それでもミヒの目をじっと見つめていた。ミヒの目は雄弁に物語っていた.『こんな女に、こんなとるに足らない女に自分が負けるなんて許せない。この女が死ねばいいのに。地獄に落ちればいいのに。』と。ギョンヒはミヒの顔を見て、今まで感じていた罪悪感がスーッと消えて行くのを感じた。ああ、この人が一番愛しているのは自分自身で、ヒョンスはそんな彼女を支える役目を担っていただけなのだ、彼女は自分より格下(と彼女が位置付けた)の女に負けたのが悔しいだけなのだ、と思った。
「あんたも、あんたの女も、わたしは一生許さないから」
ミヒは言葉を吐き捨てると、唇が切れるのではないかと思うほどかみしめて、二人をもう一度ゆっくりとにらみつけると喫茶店を出て行った。
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その日以降、ヒョンスとギョンヒの間でミヒについて語られることはなかった。しかし、ミヒのことは生涯、暗い沼の底にたまる澱のように、心の中に潜む闇となって二人の人生を揺さぶるのだった。それは、結婚式を挙げる日にも現れた。二人は一緒に通う教会で、少しだけいつもよりおしゃれをして結婚式を執り行った。参列者は両親とごく親しい親族、そしてキムジヌのような親しい友人だけを招いてひっそりと行われた。もちろん参列者の中にミヒはいなかったが。冬の澄んだ木立の中、木漏れ日の中で二人は幸せそうにお互いを見つめて微笑んだ。そんなときでも、ギョンヒは教会の木立の中に一瞬ミヒが見えたような気がして、うなじを逆立てるのだった。
それからすぐにギョンヒは妊娠して、ユジンとヒジンと言う玉のような女の子を二人産んだ。2人の子供はまさに宝物だった。そしてまもなくギョンヒの母親が亡くなったため、ギョンヒは食堂の店舗を改装して夢だった洋服屋を始めた。ヒョンスは3人の兄弟を高校卒業まで支援して、念願だった大工に弟子入りするようになった。そして、ユジンは小学生の時、一家は高台の土地に、夢だった家を建てることができた。それは、ヒョンスが設計してヒョンスの勤めている会社で一から建てたマイホームだった。ヒョンスとギョンヒは今まで以上に幸せで、二人の娘と一緒に幸せすぎて怖いくらいだった。そんな日々の中にも、ミヒは影を落とした。それは、ジヌからミヒがヒョンスとギョンヒの結婚式直後に自殺未遂をした、それをジヌが助けたと聞いた時から始まった。ヒョンスはしばらくかなり落ち込んでいたが、ミヒがNYで暮らしていると、あとからジヌから聞いて、なんとか元気を取り戻すのだった。一方ギョンヒはそれを聞いたときに、申し訳なさとともに、ミヒの執念深さが恐ろしくて肌が粟立ってしまった。彼女のことを心配したり、申し訳なく想うよりも、ただただ怖い気持ちが先立った。二人は罪悪感からミヒについて話すことはなかったが、時折聞いているラジオから有名ピアニストになったミヒの音楽が聞こえてくると、ヒョンスは気まずそうにチャンネルを変えてしまったし、テレビでニュースや番組で映ると、ギョンヒは慌ててテレビを消した。そしてあんなに仲の良かったヒョンスとキムジヌは、なぜかよそよそしくなってしまったのだ。もっとも娘のユジンとサンヒョクが仲良しだったので、顔を合わせることはしょっちゅうだったのだが、なぜか二人とも一緒に釣りに行かなくなったし、飲みに行くこともなくなった。ヒョンスは「ジヌがちょっとよそよそしいんだ。きっと、教授になっちゃったからだな。偉くなって付き合いが悪くなった」と笑っていたので、ギョンヒもそれほど気にすることはなかったのだが、それはギョンヒの心に一筋の疑問として深く残っていた。