半年前、ニコ生中継で『電王戦FINAL第5局』を見た。棋士とコンピューターが対戦する電王戦という棋戦があることを知っていたが、将棋ファンというより将棋棋士ウォッチャーの私にとっては、
(棋士とコンピューターの対戦なんて……)
興味がない、面白くないに決まってると、ニコ生中継で1度も見たことがなかった。
けれど、4月11日の『電王戦FINAL第5局』はコンピューターとの対戦者が、応援している阿久津主税八段だったのと、FINALだから1度ぐらい見てみようという気になった。その日は土曜日で、外出予定を中止し、朝から浮きうき。
(今日は一日、ニコ生で大好きな阿久津八段を見て過ごそうっと)
(阿久津八段が勝つに決まってるもンね)
(どんな姿や表情が見られるか、楽しみ~!)
番組開始が午前9時半、対局開始午前10時。対局前の様子も見たいので、9時半過ぎにはパソコンの前に。
対局会場は将棋会館。解説は森内俊之九段と藤井猛九段なので面白そう。対戦相手は『AWAKE』というコンピューター。有名な将棋ソフトらしいが、その名も開発者の名前も、初めて知った。
(阿久津八段が勝つに決まってるもンね)
そう直感したのは身贔屓(みびいき)というもので、対戦者が棋士でも必ず呟く言葉である。けれど――。
棋士とコンピューターでは、コンピューターのほうが強いに決まってる、機械と人間、車と人間が走る競争をするようなものと、将棋ファンではない私の周囲の誰もが、そう言うのである。じゃ、どうして棋士とコンピューターが対戦する電王戦なんてあるのと意味もわからなかった。
(とにかく、阿久津八段が勝つに決まってる!)
と、身贔屓直感で見始めた。対局開始。阿久津八段と向かい合って将棋を指すのは、『電王手さん』という名前のロボットである。味気ないというか興醒めというか……。
(ロボットなんかより、阿久津八段の姿をいっぱい映してね! ロボットなんか見たくないから! 阿久津八段を見たいんだから!)
そう言いたい気分で、森内九段と藤井九段の解説も面白く、対局を見ていたら――。
何と、午前11時前に、コンピューターAWAKEが投了。
「ええっ、もう終わっちゃったの?!」
ベッドの中での女性の定番セリフではないけれど、ニコ生中継を見ながら呟き、目をパチクリである。夕方以降の終局予定が、わずか21手の1時間足らずで終局だなんて――。次の瞬間、
「わーい、勝った勝った~!」
阿久津八段勝利! 身贔屓直感が的中。思わず、パチパチパチパチパチパチと拍手。
予想外の超短手数の終局に、現地レポーターだの観戦記者だのが大騒ぎの感じで、森内九段と藤井九段の解説を聞き、将棋ソフトに無知な私も何とか理解できた。投了はもちろんロボットではなく将棋ソフトAWAKE開発者の意志で、阿久津八段がソフトの欠陥をつく手を指したから勝ち目がないためということだった。
さらに、その指し手はプロ棋士もアマチュア棋士もソフト開発者たちも知っているらしく、阿久津八段がそれを指したことが意外であり、驚きと失望もあるらしかった。
(いいじゃないの! コンピューターとの対戦で、コンピューターの欠陥をついた指し手で勝つのは、当然じゃないの!)
単純に、そう思った。
午後1時半過ぎから阿久津八段始め団体戦のメンバーの棋士たちへのインタビューの記者会見。午後3時から、阿久津八段と、他の将棋コンピューターと対戦した若手棋士による、約3時間のエキシビジョンマッチで、阿久津八段が勝利! この時も、熱烈ファンの私はパチパチパチパチパチパチの拍手。
夜7時から、団体戦出場棋士たちとソフト開発者たちと主催者や将棋連盟会長が壇上に並び、新聞社やテレビ局などマスコミの記者会見が始まった。それはもう、見応えのある興味深い記者会見で、夜10時半ごろまで夢中で見てしまった。
その記者会見で、居並ぶ人たちのほとんど全員スーツ姿だったが、阿久津八段ただ1人だけ、ネクタイの結び目が緩(ゆる)めたままの姿だったのが、印象的だった。それはハメ手とかいうコンピューターの欠陥をついた手を指して勝ったことへの、予想していたに違いない批判や失望などの雰囲気への、精神の乱れがかなりあったためのように私には見えた。視聴者やマスコミ人が眼にするカメラのある記者会見前に、ネクタイの結び目を緩めたままだったこと、締め直し忘れたのか、締め直す気にならなかったのか、心が揺れていたのか乱れていたのかと――。ちなみに私は男性がネクタイの結び目を緩めるしぐさが超セクシーで好きなのだが、そのしぐさを見られなかったのは残念だったものの、阿久津八段のその姿は新鮮で素敵でセクシーでもあった。
また、時々、読んで楽しんでいる『2ch名人』という将棋マニアの掲示板も炎上気味で、翌日、ざっと読んで行くだけで何時間もかかるほどだった。将棋に詳しいわけではなく、『電王戦』をニコ生で初めて見た私にはソフト開発者たちのことも、よくわからず、けれど阿久津八段は決して悪くないというコメントが多かったので安堵した。1時間足らずで投了し、将棋ファンたちの楽しみを奪ったソフト開発者への批判がほとんどだった。
夜の記者会見で初めて見た5人の将棋ソフト開発者たちは、どんな仕事をしている人たちで、どんな目標があるのかなどの興味も湧いた。その中に、SE(システムエンジニア)の人もいるらしかったので、親しい知人のHさんを思い出し、後日、メールで見解を聞いてみた。すると――。
返信が遅れた理由の書き出しの文章に、考察という文字を見て、
(考察……!)
と、心躍るような気分に包まれたし、とてもうれしかった。
読み始めてみると、私の知らない横文字やら言葉やらが出てくる。たとえば、アルゴリズムとか、エキスパートシステムとか、ワトソンの原理とか、エミュレートとか、レギュレーションなど、初めて見た文字がいくつも出てきて、それらをネット検索して調べながら読み進めた。
(さ~すがSEちゃんて頭がいいわね~!)
と、Hさんをつくづく尊敬したくなった。さらに、知らない言葉を知るのは、ちょっと得した気分になるが、理解できたようで完全に理解できない横文字も少なくなかった。
将棋ソフト開発者たちについても、調べたり聞いてくれたりしたらしく、謎や疑問が解けるようだった。人工知能についての質問も、将棋ソフトは人工知能ではないが、会社では人工知能を商用化していることや、将棋ソフトが人間と対決するのは広い意味でIT産業の発展に貢献することになるなどHさんの見解もかなり書かれていて、興味深く読んだ。
将棋ソフトは人工知能ではないと思う理由は、将棋ソフトは将棋以外のデータを考慮していない単なるエキスパートシステムだからであり、将棋はそもそも人間同士が対戦するものである。人間である以上、例えプロ棋士でも体調や感情が対局に影響しないとは言いきれないし、相手にプレッシャーをかけるような心理戦というものがあったりする。コンピューターはひたすらプログラミングされたロジックに従って指し続けるだけで、絶対に疲れない、駆け引きも通用しない。もし、相手棋士の顔色や微妙な表情の変化を読み取って、それを次の一手を決める理由の一つとすることができるならば、人工知能的なものに近づいたと言えるかもしれない。そういう意味では、現在の将棋ソフトの延長線である限り人工知能を開発することはできないと思う――というようなHさんの見解に、無知な私は教えられたような気がした。
――プロの将棋もエンターテイメントの一種である以上、カッコよく勝ちたかったはず。将棋ファンは単純な勝ち負けではなく、勝つプロセスを楽しんでいるはずだから、阿久津八段は相当の葛藤があったであろうことは想像できる。私は、今回の電王戦、プロ棋士は勝負に勝って、将棋に負けた、というところかなと思う――
というようなHさんの見解にも、そういうことなのねと、教えられたような気がした。
また、『電王戦FINAL第5局』の記者会見をYouTubeで見たような感想もあった。Hさんは、将棋ソフト開発者たちの心理もいろいろ想像できるため、やはりというか、共感とまでは言えなくても、ソフト開発者の投了は無理もないと考えるようだった。
私が今まで受信したメールの中で一番長い、その超長文メールは、Hさんの優秀さ、理路整然とした文章の素晴らしさ、さらに人生観のようなものも伝わってきて、つくづくHさんを尊敬したくなり、大好きになってしまったほどだった。
それにしても、朝から夜までニコ生中継を見るためにだけ、パソコンの前に長時間座り続けて過ごしたのは、その日が最初で最後だった。
(棋士とコンピューターの対戦なんて……)
興味がない、面白くないに決まってると、ニコ生中継で1度も見たことがなかった。
けれど、4月11日の『電王戦FINAL第5局』はコンピューターとの対戦者が、応援している阿久津主税八段だったのと、FINALだから1度ぐらい見てみようという気になった。その日は土曜日で、外出予定を中止し、朝から浮きうき。
(今日は一日、ニコ生で大好きな阿久津八段を見て過ごそうっと)
(阿久津八段が勝つに決まってるもンね)
(どんな姿や表情が見られるか、楽しみ~!)
番組開始が午前9時半、対局開始午前10時。対局前の様子も見たいので、9時半過ぎにはパソコンの前に。
対局会場は将棋会館。解説は森内俊之九段と藤井猛九段なので面白そう。対戦相手は『AWAKE』というコンピューター。有名な将棋ソフトらしいが、その名も開発者の名前も、初めて知った。
(阿久津八段が勝つに決まってるもンね)
そう直感したのは身贔屓(みびいき)というもので、対戦者が棋士でも必ず呟く言葉である。けれど――。
棋士とコンピューターでは、コンピューターのほうが強いに決まってる、機械と人間、車と人間が走る競争をするようなものと、将棋ファンではない私の周囲の誰もが、そう言うのである。じゃ、どうして棋士とコンピューターが対戦する電王戦なんてあるのと意味もわからなかった。
(とにかく、阿久津八段が勝つに決まってる!)
と、身贔屓直感で見始めた。対局開始。阿久津八段と向かい合って将棋を指すのは、『電王手さん』という名前のロボットである。味気ないというか興醒めというか……。
(ロボットなんかより、阿久津八段の姿をいっぱい映してね! ロボットなんか見たくないから! 阿久津八段を見たいんだから!)
そう言いたい気分で、森内九段と藤井九段の解説も面白く、対局を見ていたら――。
何と、午前11時前に、コンピューターAWAKEが投了。
「ええっ、もう終わっちゃったの?!」
ベッドの中での女性の定番セリフではないけれど、ニコ生中継を見ながら呟き、目をパチクリである。夕方以降の終局予定が、わずか21手の1時間足らずで終局だなんて――。次の瞬間、
「わーい、勝った勝った~!」
阿久津八段勝利! 身贔屓直感が的中。思わず、パチパチパチパチパチパチと拍手。
予想外の超短手数の終局に、現地レポーターだの観戦記者だのが大騒ぎの感じで、森内九段と藤井九段の解説を聞き、将棋ソフトに無知な私も何とか理解できた。投了はもちろんロボットではなく将棋ソフトAWAKE開発者の意志で、阿久津八段がソフトの欠陥をつく手を指したから勝ち目がないためということだった。
さらに、その指し手はプロ棋士もアマチュア棋士もソフト開発者たちも知っているらしく、阿久津八段がそれを指したことが意外であり、驚きと失望もあるらしかった。
(いいじゃないの! コンピューターとの対戦で、コンピューターの欠陥をついた指し手で勝つのは、当然じゃないの!)
単純に、そう思った。
午後1時半過ぎから阿久津八段始め団体戦のメンバーの棋士たちへのインタビューの記者会見。午後3時から、阿久津八段と、他の将棋コンピューターと対戦した若手棋士による、約3時間のエキシビジョンマッチで、阿久津八段が勝利! この時も、熱烈ファンの私はパチパチパチパチパチパチの拍手。
夜7時から、団体戦出場棋士たちとソフト開発者たちと主催者や将棋連盟会長が壇上に並び、新聞社やテレビ局などマスコミの記者会見が始まった。それはもう、見応えのある興味深い記者会見で、夜10時半ごろまで夢中で見てしまった。
その記者会見で、居並ぶ人たちのほとんど全員スーツ姿だったが、阿久津八段ただ1人だけ、ネクタイの結び目が緩(ゆる)めたままの姿だったのが、印象的だった。それはハメ手とかいうコンピューターの欠陥をついた手を指して勝ったことへの、予想していたに違いない批判や失望などの雰囲気への、精神の乱れがかなりあったためのように私には見えた。視聴者やマスコミ人が眼にするカメラのある記者会見前に、ネクタイの結び目を緩めたままだったこと、締め直し忘れたのか、締め直す気にならなかったのか、心が揺れていたのか乱れていたのかと――。ちなみに私は男性がネクタイの結び目を緩めるしぐさが超セクシーで好きなのだが、そのしぐさを見られなかったのは残念だったものの、阿久津八段のその姿は新鮮で素敵でセクシーでもあった。
また、時々、読んで楽しんでいる『2ch名人』という将棋マニアの掲示板も炎上気味で、翌日、ざっと読んで行くだけで何時間もかかるほどだった。将棋に詳しいわけではなく、『電王戦』をニコ生で初めて見た私にはソフト開発者たちのことも、よくわからず、けれど阿久津八段は決して悪くないというコメントが多かったので安堵した。1時間足らずで投了し、将棋ファンたちの楽しみを奪ったソフト開発者への批判がほとんどだった。
夜の記者会見で初めて見た5人の将棋ソフト開発者たちは、どんな仕事をしている人たちで、どんな目標があるのかなどの興味も湧いた。その中に、SE(システムエンジニア)の人もいるらしかったので、親しい知人のHさんを思い出し、後日、メールで見解を聞いてみた。すると――。
返信が遅れた理由の書き出しの文章に、考察という文字を見て、
(考察……!)
と、心躍るような気分に包まれたし、とてもうれしかった。
読み始めてみると、私の知らない横文字やら言葉やらが出てくる。たとえば、アルゴリズムとか、エキスパートシステムとか、ワトソンの原理とか、エミュレートとか、レギュレーションなど、初めて見た文字がいくつも出てきて、それらをネット検索して調べながら読み進めた。
(さ~すがSEちゃんて頭がいいわね~!)
と、Hさんをつくづく尊敬したくなった。さらに、知らない言葉を知るのは、ちょっと得した気分になるが、理解できたようで完全に理解できない横文字も少なくなかった。
将棋ソフト開発者たちについても、調べたり聞いてくれたりしたらしく、謎や疑問が解けるようだった。人工知能についての質問も、将棋ソフトは人工知能ではないが、会社では人工知能を商用化していることや、将棋ソフトが人間と対決するのは広い意味でIT産業の発展に貢献することになるなどHさんの見解もかなり書かれていて、興味深く読んだ。
将棋ソフトは人工知能ではないと思う理由は、将棋ソフトは将棋以外のデータを考慮していない単なるエキスパートシステムだからであり、将棋はそもそも人間同士が対戦するものである。人間である以上、例えプロ棋士でも体調や感情が対局に影響しないとは言いきれないし、相手にプレッシャーをかけるような心理戦というものがあったりする。コンピューターはひたすらプログラミングされたロジックに従って指し続けるだけで、絶対に疲れない、駆け引きも通用しない。もし、相手棋士の顔色や微妙な表情の変化を読み取って、それを次の一手を決める理由の一つとすることができるならば、人工知能的なものに近づいたと言えるかもしれない。そういう意味では、現在の将棋ソフトの延長線である限り人工知能を開発することはできないと思う――というようなHさんの見解に、無知な私は教えられたような気がした。
――プロの将棋もエンターテイメントの一種である以上、カッコよく勝ちたかったはず。将棋ファンは単純な勝ち負けではなく、勝つプロセスを楽しんでいるはずだから、阿久津八段は相当の葛藤があったであろうことは想像できる。私は、今回の電王戦、プロ棋士は勝負に勝って、将棋に負けた、というところかなと思う――
というようなHさんの見解にも、そういうことなのねと、教えられたような気がした。
また、『電王戦FINAL第5局』の記者会見をYouTubeで見たような感想もあった。Hさんは、将棋ソフト開発者たちの心理もいろいろ想像できるため、やはりというか、共感とまでは言えなくても、ソフト開発者の投了は無理もないと考えるようだった。
私が今まで受信したメールの中で一番長い、その超長文メールは、Hさんの優秀さ、理路整然とした文章の素晴らしさ、さらに人生観のようなものも伝わってきて、つくづくHさんを尊敬したくなり、大好きになってしまったほどだった。
それにしても、朝から夜までニコ生中継を見るためにだけ、パソコンの前に長時間座り続けて過ごしたのは、その日が最初で最後だった。
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