一条きらら 近況

【 近況&身辺雑記 】

ベルサール渋谷ファースト

2017年04月09日 | 最近のできごと
 初めて行った施設だが、特に行きたい場所では、なかった。必要に迫られて、行ったのである。所轄の確定申告会場だからだった。
 ネットで会場名を見た時は、ファーストなんて素敵と、都民ファーストという言葉を連想したし、どんな施設かしらと好奇心は湧いたものの、出かけて行くのが少し億劫だった。テレビの報道番組とワイドショーの録画を見ることに夢中の日々だったからである。都議会証人喚問や森友学園問題で、都議会や国会の中継など、特に何かがある日はリアルタイムでテレビを見るが、途中で電話がかかってくることもあるので録画もしておく。
 朝、昼、夕、夜と、報道番組&ワイドショーの録画ばかり見ていると、関連したようなシーンが、夢にまで出てくるほどだった。登場人物たちは真顔で問答しているが、それらを見て聞いてクスクス笑ったり噴き出したりが、この上なく楽しいのである。たとえば証人喚問されている人間が、「議員の質問は、的はずれだと思います」と真顔で答えた時など、噴き出した後、もう笑い転げてしまったほどだった。中継だけでなくワイドショーで同じようなシーンが放送されるたび、クスクス笑いが止まらなくなるのだが、もっともらしい分析をしている政治評論家だのジャーナリストだのが皆、真顔で真面目にやり取りしているのを見て、いっそうおかしくてたまらなくなる。
 そんな毎日だから、確定申告のために『ベルサール渋谷ファースト』へ出かけて行く時間が惜しいという気持ちなのだった。数時間ではなく半日間は外出していて、テレビを見られない。近所以外に外出すると、2つか3つは用事をすませる習慣である。その施設までは比較的短時間で行けるが、帰りに新宿のあちこちへ行った後、最寄り駅前スーパーで買い物して帰宅すると、長時間の外出になる――。その間、テレビ中毒気味の私はテレビを見られないのが残念で残念で、明日こそ来週こそと1日延ばし。スマホでテレビを見られないこともないが、小画面だし、断続的では、見た気がしない。やはり自宅でじっくりとテレビ画面で見てクスクス笑いたい。それにしても――。
(税務署って、何て不親切なの!!)
 わざわざ確定申告会場まで行くことになった理由に、毎日、精神衛生に悪いほどの憤りを覚えていた。
 さらに、その正確な理由を、会場で作成の申告用紙を提出した時に知った瞬間、気を失いそうなほどの驚愕とショックを受け、施設を出てからずっと頭の中が熱くなっていたほどだった。
 所轄の確定申告会場まで行かなければならなくなったのは、毎年、1月下旬に郵送されてきた確定申告用紙が、昨年も今年も郵送されて来ないからだった。e-Taxで送信する条件を満たしていないため、できないし、申告用紙をダウンロードできるパソコンにプリンターはつながっていない。
 昨年、2月になっても郵送されて来ないので、所轄の税務署に電話をかけた。すると――。
「来年は申告用紙の郵送は不要、という欄に、チェックが入ってると郵送しないんですけど、チェック入れませんでしたか?」
 電話の向こうで、男性担当者がそう言った。
「いいえ、チェック入れてません」
「じゃ、郵送します」
 ということになり、数日後に郵送されて来たのだった。
 それが、今年も、1月下旬に郵送されて来ない。所轄税務署に電話をかけたが、全然、繋がらない。1日に数回かけても、税務署には通じるが、「ただ今、混雑しているため、このままお待ちいただくか、あとでかけ直して下さい」という音声テープが、流れてくるだけだった。
 メーカーの問い合わせ電話でも、そのような音声テープが流れてくるのはよくあることで、そんな時は左手で電話子機を持ち、右手でパソコン操作してニュース・サイトを読んだりしながら、電話が繋がるまで待つことにしている。メーカーの多くはフリー・ダイヤルだが、税務署は電話代がかかる、という思いがチラッとかすめながらも、早く申告用紙を郵送して欲しい一心で、連日のように電話をかけては担当者に繋がるのを待った。
 その電話番号が、納税相談受け付けの番号でもあると知り、他の番号がないか調べたが、ない。
「電話で納税の相談する人が多くて繋がらないみたいだけど、そういう相談する人が電話かけるのって、午前と午後と夕方と、いつが一番多いのかしら?」
 企業の納税に頭を悩ませた経験があるらしい友人に聞くと、
「午前もあるし午後もあるし夕方もあるだろう」
 という答えに、思わずコケてしまい、落胆。
 早く申告をしなくちゃと、ストレスになりそうな日々、ようやく繋がった。事情を話すと、
「申告用紙の発送は、もう終わりました」
 と、女性担当者の素っ気ない答え。税務所か納税相談の会場に申告用紙は置いてあるが、作成の場所はなく、提出もできない、申告用紙を持ち帰って郵送することになる、渋谷の会場では申告用紙もあり作成も提出もできる、という説明を受け、
「そうですか」
 と、不満の私。そこで女性担当者は、申告用紙を持ち帰って作成して郵送するのでは、交通費と郵送代がかかるから、渋谷の会場で作成して提出してはどうかとアドバイス。交通費と郵送代に気がつくのは、さすが女性だわと思いながら、例年のように申告用紙を郵送してくれれば半月間も繋がらない電話をかけ続けたり、わざわざ作成&提出会場まで行かなくてすむのにと、電話を終えても不満だった。
 それで、ついに、意を決して出かけたのである。
 確定申告作成会場となった『ベルサール渋谷ファースト』は、特に、特徴もない平凡な施設だった。
 会場の入り口前まで、かなり長い行列に驚かされた。相談やチェックが必要な人はどうとか、声を張り上げて説明している税務署員に、
「相談もチェックも不要で、作成して提出するだけなんですけど」
 と言うと、その長蛇の列に並ばなくてよいと教えられ、エスカレーターで会場内へ。
 予想以上に広く、人も多い。入り口の右手に、〈ご自由にお取り下さい〉と貼り紙がしてあり、申告用紙や添付書類貼り付け台紙や郵送用封筒などが積み重ねられ、何と医療費明細封筒まであり、その表の一面に医療機関名や金額を記入するようになっている。今まで私は医療機関から差し出された領収書や市販薬のレシートを、まとめて封筒に入れ、『医療費領収書』と封筒の表に書いて申告用紙郵送用封筒に同封して税務署に郵送していた。初めて見たその医療費明細封筒や必要な紙を手に取って、1つだけ空いていた席の椅子に座ると、WEB作成メモを見て〈申告書B〉に記入して行き、台紙に、出版社から郵送された源泉徴収票などの添付書類を、近くに置いてあった糊で1枚ずつ貼り付け、それから医療費明細封筒の表に、領収書を見ながら医療機関名と金額を記入した。
(郵送だったら、こんなの書かなくてすんだのに)
 チラッと思った。領収書は3枚。歯科クリーニング2回と、〈C1虫歯〉の詰め物修復で、合計5430円。風邪薬も胃腸薬も買わなかったので、薬局のレシートはなく、少額の医療費控除だが、5430円を省くと作成してきたWEB作成メモの数字が変わってしまうので仕方ない。
 すべての提出書類を、それぞれ確認して、椅子から立ち、提出するための行列に並ぶ。テーブル越しに10人ぐらい立って並んでいる税務署員が、書類を次々と受け取って、背後の台の上に重ね、「次の人、どうぞ」と手を高く上げて知らせるので、行列の順番が来たら、その税務署員の前へ行く。
(どうか、男性に当たりますように!)
 女性署員も少なくないが、概して女性は素っ気なく、男性はやさしいに決まっているから、内心、そう呟いて神様にお祈りしていた。
 待ち時間は5分ぐらいだった。順番がきて、手を高く上げた税務署員の前へ行く。
(あら、イケメン!)
 目からハート、というのは古い表現だが、本当に税務署員なのと言いたくなるくらい、甘い顔立ちの若い男性だった。
(ほうらね! 申告用紙を郵送してもらえなくて、わざわざ出かけて来たから、神様がご褒美に、イケメン税務署員に会わせてくれたんだわ!!)
 もう、ピョンピョン飛び跳ねたいくらい、うれしくなった。だいたい、税務署員にイケメン青年がいるなんて想像もしなかったこと。若くなくてもイケメンでなくても、男性署員がいいと思っていたのである。
 ネームプレートを見ると、隣区の税務署名である。手伝いに来ているのかもしれない。
 そのイケメン税務署員青年が、私が提出した書類をパラパラと1枚ずつめくって見ていき、うなずきながら確認したのを眼にして私は言った。
「あのう、毎年郵送されてきた申告用紙が、昨年送られて来なくて、税務署に電話したら郵送してくれたんですけど、今年も郵送されなくて、半月以上も毎日税務署に電話かけて、30分、いえ1時間近く、かけたまま待っていても担当者に全然繋がらなくて、ようやく繋がったら、もう申告用紙の発送は終わりましたって言われたので、今日、他の用事をキャンセルしてここに来たんですけど、来年から、また、ちゃんと郵送して欲しいんです」
 イケメン税務署員の、ちょっと同情を引くような口調を演じて、私は言った。
 すると、イケメン税務署員は、15日を過ぎると電話は繋がりやすくなるとか、提出の申告用紙へ眼をやって、〈来年は郵送不要〉にチェックを入れてないことを確認してくれたりしていたが、その時、隣に立っている中年男性税務署員が、
「還付だけだと郵送しないんです。郵送するかしないか、税務署で判断するんです」
 と、驚くべき言葉を口にしたのである!
「えええええっ!!」
 思わず驚愕の声をあげ、中年男性税務署員とイケメン税務署員の顔を、目をパチクリさせながら交互に見て、私は絶句。
「来年も、同じ申告用紙ですから、これ、持って行きますか?」
 と、中年男性税務署員が背後を向き、イケメン税務署員が台に置いてある新しい申告用紙を手にして、渡してくれ、「あ、台紙もですね」と、背後からもう1枚の紙を私に差し出した。さらに、
「郵送用の封筒は、あそこに置いてありますから」
 入り口の方向を指さして言った。
「ありがとう」と言って私は差し出された新しい申告用紙が、〈確定申告書B〉であることに小さく感心した。
 それは瞬間的な気持ちで、中年男性税務署員の「還付だけだと郵送しないんです。郵送するかしないか、税務署で判断するんです」という言葉と、その事実に、激しいショックを受けていた。
(少しでも所得税払ってたら、ハイ今年もちゃんと払ってねと、上部の欄に私の住所も名前もプリントされた申告用紙を郵送して来て、源泉徴収で先払いしてある税金を還付してもらうだけの人には、申告用紙を郵送しないなんて……!)
 と、愕然となり唖然となり茫然となり、もうショックでショックでうわのそら気分で歩きながら、その会場を後にしたのだった。私の人生、驚愕とショックの連続である。

この記事についてブログを書く
« 交差点の横断歩道 | トップ | 『築地・豊洲 誰が市場を殺... »

最近のできごと」カテゴリの最新記事