2006-06-11
3.パールの救出
キラシャは、空中ボートの中で起こされるように目を覚ました。
パトロール隊員が、何人かあわただしく情報のやり取りをしている。
一方のキラシャは、まだボーッとした頭のまま、
イルカにかじられて軽くケガをした腕の治療を受けていた。
年もそれほど違わない、お姉さんのような医療隊員が「大丈夫だった?」とか、
「今日の出来事を思い出せる?」と質問したが、
キラシャはうなずくか、首をかしげることしかできなかった。
しかし、「パールと言う女の子を知っている?」という質問を受けた時、
キラシャの記憶がうっすらとよみがえり、
海洋ツアーのひとコマひとコマを思い出すことができた。
海のドームへ向かうコメットからの風景とパールの驚いた顔。
イルカと泳ぐキラシャをうらやましそうに見ていたパール。
レストランでおじさんに泣きじゃくった、かわいそうなパール。
潜水ボートの中で、マギィに言いたい放題言われ、カチッときたキラシャを
心配そうに見ていたパール。
『そうだ。マギィに何か言われた後で、あたしが宙に浮いたようになって…
それを止めようと抱きついてきたのは、パールだった…』
みんなは、どこにいるの?
パールも一緒?
うまく言葉にできないキラシャは、相手の目をじっと見つめた。
そばで足を組んで地図を広げ、胸にたくさんのバッジをつけたパトロール隊のチーフが、医療隊員に退席を命じ、キラシャに声をかけてきた。
「どうやら、何か思い出したようだね。
実は、君とパールという女の子だけが、ボートから事故で外の海に瞬間移動してしまった。
私の言うことが、理解できるかね?」
キラシャは、チーフの方に向かって、うなずいた。
「そうか。それなら話は早い。
君が海に漂っていたように、パールという女の子も、この海の近くのどこかにいる。
パールのMフォンからの反応は、外海ではとても弱いので、もっと近くに行かなくては、場所が特定できない。
だから君も、その女の子を助けるために、協力して欲しい。
時間がないんだ。もう、起きても大丈夫か?」
キラシャは、目を大きく開け、うなずいて言った。
「あたしのイルカ・ロボットが、まだ海にいるんです。
あたしの居場所を知らせたけど、チャッピが来る前に、助けてもらったから…。
パールを探すよう、命令します。
パールからどれくらい離れているのかわからないけど、チャッピはパールにも反応してた。
きっと見つけることができます。
あたしも、パールを助けてあげたい」
キラシャは、興奮して叫んだ。
チーフは、キラシャを制してゆっくりと話した。
「いいかい。君も見たと思うが、この時期、あそこはサメの通り道なのだ。
えさと間違えられて、攻撃の対象にされていなければいいが…。
そのイルカ・ロボットは…」
キラシャはピーコに、チャッピの最初の応答があったポイントを表示させた。
「そうか…。実を言うと、こちらもアラートを感知していたのだが、
君を助ける少し前から、ロボットの応答が途絶えてしまっている。
とにかく急ごう」
パトロール隊のチーフは、ボートに積んであった数台のイルカ・ロボットを海に放ち、Mフォンで操作を始めた。
空中ボートも海中に沈み、近辺を探索し始めた。
一方、パールは海の中を漂っていた。
キラシャの命令を受け取った時、パールから離れて流されていたチャッピは、パトロール隊に向かってアラートを発信し、残った機能でキラシャのいる位置に向かっていた。
しかし、チャッピは方向受信装置にゆがみが生じたせいか、キラシャを探して右往左往していたのだ。
キラシャは、Mフォンを通じて、ゆっくり何度も話しかけた。
「チャッピ、聞こえる?
パールを助けて欲しいの。
パール、わかる?
パールの近くで、アラートを発信して!
お願い! 」
Mフォンが、再びチャッピの位置を伝え始めた。
《MF-Q14-RF26-00648。SSE方向180m先で、NNE方向に移動中》
パールは、ゆっくりゆっくりと海流に乗って、移動していた。
チャッピはキラシャの思いを受けて、パールのマシンに向かって、フルスピードで泳いでいるようだ。
ボートはすぐに後を追った。
近くの海面には何頭ものサメが、えさを探して泳ぎ回っている。キラシャは祈った。
「どうかパールを助けて!
パールが無事でありますように! 」
そのころ、群れから離れたサメが、漂っているパールに気づいた。
サメにとっては、子供の大きさがちょうど良いえさに見えるのだろうか。
サメは、パールに興味を示し、その周囲を旋回し始めた。
パールのMフォンが、警告を始めた。
《警告。危険な生物が近づいています。落ち着いて行動してください》
パールのまぶたが少し動いた。
《警告。危険な生物が近づいています。速やかに移動してください》
パールの目がパッチリ開いた。
《警告。危険な生物が近づいています。相手を威嚇しながら、通りすぎて行くのを待ちなさい》
サメは1m手前で、パールに襲いかかろうと口を開けた。
パールは何もできずに、目の前のサメを見つめるだけだった。
そのサメの口の前に、スーッとイルカ・ロボットが現れた。
サメは、口にイルカ・ロボットを挟んだまま、大きな目をカッと開けて、パールのそばを離れて行った。
イルカ・ロボットはアラートを発信しながら赤く光り、サメとともにどこかへ去って行った。
アラートを感知して移動を始めたパトロール隊は、その近くでパールのMフォンの生命コード反応を感知し、急いで救出作業を始めた。
2人のパトロール隊員が海中に飛び出し、1人は武器を持ってサメの襲来を警戒しながら、もう1人がパールを抱きかかえ、急いでボートへ戻った。
ボートに収容される前に、ふわふわと泳いで自分に近づいて来る小さな物体を見つけ、パールが思わず声をかけた。
「チャッピ?
…ダイジョーブ?…」
ボートでお互いを見つけたキラシャとパールは、無事を喜び合い、涙を流して抱きしめ合った。
2006-08-13
4.チーフの話
皮膚の炎症で、全身から熱を出していたパールは、すぐに治療のために別の部屋に移された。
ドームまでの帰り道、キラシャはチーフのいる部屋で過ごすことにした。
チーフは隊員に指示して、キラシャにおいしそうなドリンクを与えた。
一息ついた後で、チーフは日頃のパトロール隊の仕事ぶりについて、自慢げにキラシャに話を始めた。
「パトロール隊というのは、自分の存在よりも、救助する相手の方が大事なのだ。うちのチームは、特に優秀なメンバーがそろっている。
救助を求めるものがいれば、どんなに高い所からでも、平気で海に飛び込んでゆく。
イルカ・ロボットだってそうだ。救助するものを生かすためには、自分から危険なものに飛び込んで犠牲となる。
ロボットの犠牲は高いコストがつくが、君達が大人になって、ちゃんと税金を払うようになれば、その一部がパトロール隊の資金源となる。
だから、まぁ、事故が原因とはいえ、自分を救助するのにいくらかかったとか、そんな心配はまったく必要ないのだ。
我がチームの使命は、君達のような遭難者を助けるためにあるのだから。
しかし、君のイルカ・ロボットは修理した後で、もう少し訓練が必要だな。
良かったら、我がチームに預けたまえ。一人前の救助ロボットに育ててあげようじゃないか」
それを聞いて、キラシャはていねいに断った。
「あたし、いろんな危険に立ち向かうチーフを尊敬しています。
それに、命がけで助けてくださったパトロール隊員にも、感謝しています。
パールを助けて犠牲になってくれた、イルカ・ロボットにも。
でも、できの悪いイルカ・ロボットですけど、チャッピは、尊敬するおじいさんからの大切な贈り物なンです。
チャッピが、故障してもあたしの言うことちゃんと聞いて、パールをいっしょうけんめい探してくれただけで、うれしかったンです。
修理するお金なんてないから、故障は治せないし、チャッピは誰にもあげることはできないです。
だから、助けてもらった思い出に大切にしまっておこうと思います」
チーフは、少し残念そうに言った。
「フム。それも、良いかもしれない。
こういった事故は、めったに起こるものではないからな。それに、所有者は君だ。
パトロール隊の訓練を受けたところで、人の役に立つことに使われるということは、ロボットが犠牲になるということだ。
このロボットを失いたくないのなら、自分の宝物として保存する方が君のためだろう。
…しかし、あれだけ機能を失いながら、君の命令を聞いて、遭難者のいる方向に我々を導いてくれた。
このことに対しては、誉めてやりたい。私としては、こういった優秀なロボットが、人命救助のために活躍することを願っているだけなのだ」
チーフは、おいしそうにドリンクを飲み干した後、キラシャに妙なことを言い出した。
「…ところで、最初に君に気がついたのは、何か発信源のようなものを感知したからなのだが、
君の近くにそういったものはなかったのかね」
キラシャには、思い当たることがあった。
おじいさんが何度も繰り返して話してくれた、マッコウクジラのモビー・ディックの話である。
あの白いベッドは、モビーだったのだ。
モビーには、発信装置がついているはずだから、それに反応したのかも。
「あの、…チーフにこの話を信じてもらえるかどうか、わからないのですが…
あたしのおじいさんが、モビー・ディックっていう白いクジラを生け捕りにしようとしたンです。
そのクジラには、発信装置がついていたって…。
…おじいさんはその時ケガをして、ホスピタルに運ばれて、仲間の人に言われました。
そのクジラは、運ぶ途中で死んでしまったって。
でも、まだあのクジラは生きてたンです。
あたし、そのクジラの背中に乗ってたンです。
チーフは今まで、あの白い大きなクジラを見たことはありませんか?」
チーフは、少し考えながら答えた。
「フム。我がチームも、何度かあの発信を感知したことはあった。
探そうとするとすぐに消えてしまうので、ゴースト発信とも呼ばれている。
しかし、君の言うとおり、白いクジラの豪快な話は、私も若いころ何度か聞いたことがあるが…
もう死んだというのがパトロール隊でも定説だ。
それに…、例え生きているとしても、年をとって泳ぐのも遅いはずだ。
見つかったら特殊部隊によって、すぐに始末されることだろう」
それを聞いたキラシャは、ゴクリと、つばを飲み込んだ。
『しまった、モビーのこと、だまっていればよかった』とキラシャは後悔した。
チーフは、そんなキラシャに気がついたのか、ゆっくりと話を続けた。
「…まだ、子供の君に、こんな話をしてもわからないかもしれないが…
海洋牧場が増えてから、外海のクジラは、我が天下のようにその数を増やしているのだ。
外海を良く知らないエリアの管理者達が、クジラを獲る必要がないと判断したからだ。
しかし、その数が増えれば増えるほど、自分達のエサを食い荒らし、エサに事欠くと、海洋牧場にまで目を向けるようになった。
もう、すでに多くの被害が報告されている。
人間は、自分達の生活圏だけを守っていれば良いのかもしれない。
しかし、外の海にも秩序というものは必要だ。私は、それを制御するのが人間の役目だと思っている。
…これを話すと、君はがっかりするだろうが、我々はただその数を減らすためだけに、何千・何万頭ものクジラを殺した。
他でもない、…海を守るために」
キラシャは、チーフの目をじっと見つめた。
「人間だって、そうなのだ。お互いが増えようとすると、自分と異なるものを排除しようとする。
しかし、一部を除けば、人間は最終的には制御できる動物だ。
私は、それを信じている。
だが、クジラはそうはいかない。
地球上の秩序を保つためにも、クジラを減らすことは、海洋パトロール隊の使命でもあるのだ!」
チーフは、自信ありげにそう言い切った。
キラシャはその迫力に、何の反論もできなかった。
今までの疲れと眠気が襲い、キラシャは気を失うように眠りに落ちた。
しばらくして、空中ボートがドームの飛行場に降り立った。
パトロール隊員は、急いでパールの入った移動用カプセルを、ホスピタルへとつながるレールにセットした。
カプセルは、ゆっくりと移動して行った。
ボートを取り囲むように、キラシャの仲間達が集まった。
パトロール隊から無事救出の連絡があったので、すぐに移動して来たのだ。
その飛行場には、メディア関係の人達も取材をしようと、カメラを手に待ち構えていた。
無事に発見されたので、夕方のニュースなどに取り上げられるのだろう。
パールはすでにホスピタルへと運ばれたので、キラシャは眠ったまま、パトロール隊の人に抱えられて、ボートから出てきた。
キラシャは仲間の歓声が聞こえると、目をうっすらと開け、自分に向けられるライトを手でよけながら、笑顔で答えようとした。
サリーとエミリが、「わぁ~、本物のキラシャだ!」
「無事で良かった!」と言って、キラシャに駆け寄ってきた。
キラシャは、2人の手を握ろうと手を伸ばして言った。
「パールも無事だよ。チャッピが助けてくれたンだ。あたしもたいへんだったンだよ…」
2人が、その言葉にうなずきながら、手をしっかりとにぎると、キラシャは安心したように目を閉じて、眠りの世界へと戻って行った。