未来の少女 キラシャの恋の物語

みなさんはどんな未来を創造しますか?

第6章 モビー・ディック ①②

2021-08-20 16:28:39 | 未来記

2006-01-08

1.2人の捜索

 

ヒロとジョンの2人は、この不思議な出来事を冷静に受け止めていた。

 

ヒロはいつもの癖で、左の人差し指でこめかみを押さえながら、ジョンに言った。

   

「きっと、さっきの振動は、太陽フレアの影響だと思う。

 

ドームの中は、その影響を防ぐ装置があるから大丈夫だけど

 

この船は古いから、それがなかったんだろうな。

 

たぶん、急激に強い磁力が働いて、船が揺れて

 

たまたま磁力が集中した所に2人がいて、瞬間移動してしまったんだ。

 

僕の星フィラでは、こんなことがあっても、すぐに場所がわかるけど

 

ここでは、どこに移動する可能性があるのか、地図で調べないと…。

 

2人が飛ばされた場所は、いったいどこなんだろう」

 

ところが電気障害の影響か、Mフォンが使えない。子供たちは絶望感に襲われた。

 

船に起こった電気障害は続き、室内の温度も上がって、ふらつく子も出てきた。

 

周りで苦情を叫んでいた人達も、潜水艦が動かない状態になっていることがわかり、だまって座り込んで、助けを待った。

 

どれくらい時間がたったのだろうか。ようやく、潜水艦の位置を確認して、他の潜水艦が救助に来て、ドッキングし、乗客はその船に乗り換えることになった。

 

船を乗り換え、Mフォンが使えることを確認したジョンが、キラシャとパールの居場所を突き止めるために、急いでこのエリアの3D磁界地図を広げた。 

 

「僕達がいるのは…この地点で、さっきいた地点がここら辺とすると…。

 

ひょっとしたら、外の海に飛ばされたのかもしれない」   

 

ヒロとジョンが、2人のいる位置をMフォンで探している間に、ダンと男の子達は、キャプテンを探して見つけ、強引に引っ張り出した。

 

そして、キラシャとパールがいなくなったこと、その原因とどこに行ったのかを、口々に説明しようとした。   

 

ところが、突然の出来事と乗客の抗議に混乱していたキャプテンには、騒ぎを大きくしようとする子供のいたずらにしか思えないらしい。

 

「訳のわからないことを言って、これ以上私を困らせないでくれ! 私は事故を本部に報告するので精一杯なんだ!」と怒鳴り、迷惑そうに子供を払いのけ、行ってしまった。

 

 その後、ドーム管理局のボス・コンピュータから、子供の生命コード反応が、2人分消え、現在の位置も特定できないことが、キャプテンに伝わったようだ。   

 

キャプテンは、原因究明のために乗船していた科学者としばらく相談してから、子供達を部屋に呼び寄せた。

 

部屋に入ってきたのは、ダンとヒロとジョン、そして、キラシャとパールが消える直前まで2人を見ていたサリーとエミリである。  

 

ケンは、まったく耳を貸そうとしなかったキャプテンに、ケンカをふっかけそうなほど腹を立てていたので、心配したマイクと客室に残った。

 

マギィとジョディは、私達には関係ないという顔をして、大人の乗客をかき分けながら、喫茶ルームへと向かった。

 

乗り換えに使われた潜水艦も、かなり古いもので、廊下を歩くときにも、ギシギシと音がした。

 

 話をするために訪れた部屋の壁には、誰が彫り込んだのだろう。潜水艦による犠牲に遭った人達への、追悼の言葉が荒く刻まれてあった。

 

『潜水艦の過ちによって、悲しい出来事が繰り返されませんように』

 

キャプテンはすわって腕を組み、改めて子供達の説明を聞き直そうとした。

 

そばにいたサリーとエミリが説明しようとするが、友達が急にいなくなったショックと、キャプテンが自分の言うことを信じてくれなかった不信感で、言葉が出て来ない。

 

キャプテンはゆっくりと立ち上がり、「君達にはすまないことを言ってしまった。乗客を乗せたボートで、こんなことが起きるなんて。

 

なにしろ初めてのことで、君達が何を言っているのか、理解することさえできなかったのだ。本当にこんなことになるなんて…」

 

と、涙を浮かべながら2人の女の子の肩を抱き、申し訳なさそうに言った。

 

2人に代わって、ヒロがくわしく説明しようとしたが、キャプテンはパトロール隊がすでに捜索を始めていて、まだ2人の居場所がわからないことを告げた。

 

ジョンは、ムッとしながらMフォンで磁界地図を広げ、キャプテンに飛ばされたと予想される場所を示した。

 

ダンがパールはまだやけどの治療が終わったばかりで、もし海の深い場所にいるのなら、水圧によるダメージが心配だと伝えた。   

 

キャプテンは、さっそく救助隊本部へ連絡を取り、こう言った。

   

「君達はこのエリアの立派な一員なのだから、

 

極秘情報は人に話してはいけないことは知ってるね。

 

今後は、乗船口で待っている救助隊の指示に従って、行動して欲しい」

 

ダンは他の子に呼びかけ、だまって部屋を出ると、ケンとマイクを探した。

 

大人と離れた静かな場所に座り込むと、複雑な気持ちで話し始めた。

 

ヒロがぽつりと言った。

 

「大人って、勝手だよな。キラシャやパールが心配なんじゃない。

 

犠牲者が出るのが怖いんだ。

 

校長先生だって、キラシャやパールに何があったって、きっと設備が整っていない船を運転してたキャプテンのせいにするよ。

 

キャプテンはそれを恐れているんだ」 

 

ジョンも不安そうに言った。 

 

「だけど、もし、見つからなかったら、…見つかってもだめだったら…。

 

キラシャがいなくなると、クラスが静かになるし、

 

パールだって、今日やっと仲良くなれたのに…。

 

いつだって、僕はそうなんだ。女の子と仲良くなると決まって、こんな風に…」   

 

ジョンが、涙ぐんで肩を落とすと、サリーとエミリは、泣きながらジョンに抗議した。 

 

「やめてよ。キラシャは絶対生きてるよ。パールだって、きっとだいじょうぶよ」

 

「…あたしたちと、一緒に歌うんだもン。今度の誕生日パーティーで…」   

 

ケンも、反発した。

 

「そうだよ。キラシャもパールも、生きてるさ。

 

ほら、今日会ったおじさんも言ってたじゃないか。無事だって、信じないといけないって」 

 

マイクは1人目をつぶり、胸の所で十字を切り、ひとりごとをつぶやいていた。

 

「キラシャモ パールモ 

 

カンゼン デ アリマスヨウニ。

 

アーメン」

 

2006-03-21

2.モビーとの出会い

 

キラシャとパールは水中に漂っていた。あたりは暗闇で、何も見えない。

 

2人とも水中用スーツを着ていたので、水を感じて呼吸装置が自動的に作動していた。

 

思いもかけない急激な周囲の変化に、頭も身体も圧迫されて、2人とも意識を失っている。

 

キラシャに抱きついていた、パールの手がだんだんと離れ、キラシャとパールにはさまれていたチャッピも、少しずつ離れて行った。   

 

ここは、ドームの外の海。

 

温暖化が進んだとはいえ、時折、冷たい風が吹いてくる。

 

ドームに近いからだろうか。いろんなゴミが散乱し、5メートル先が見えないくらい、海はにごっていた。

 

キラシャは水中に漂いながら、夢を見ていた。

  

ふんわりとキラシャが浮かび、白いクッションにぶつかると、それはキラシャを載せて動いた。 

 

『変なクッションだなぁ』

 

キラシャは首をかしげた。よく見ると、それはクッションではなく、大きな真っ白いベッドだ。

   

全身に疲れを感じていたキラシャは、『こんな広いベッド、初めて見た』とつぶやいて、バタリと横になった。

 

ベッドは少しぼこぼこしていたようだが、疲れ切っていたキラシャは何も考えられず、目を閉じてじっと横たわった。  

 

「あぁ、あったかくて気持ちいいー」白いベッドは少しずつ、上昇した。

 

やがて、キラシャは上からのまぶしい光を感じて目が覚めた。 

 

ザッブーンという音とともに、キラシャの身体が急に軽くなった。

 

光があまりにまぶしくて、思わず両手で目をおおったキラシャに、バシャバシャっとシャワーが降りかかった。  

 

「ワーッ、スッゴイ冷たい」

   

キラシャは、急に寒気を感じた。身体をさわると、スーツはふくらみ、マスクで呼吸していることに気づいた。 

 

周りの景色は何にも見えず、煌びやかで明るいドームの中とはまったく違っている。霧がかった空の上からぼんやりと光が差していただけ。  

 

「何で…?

 

あたしって、ひょっとして海にいるの?」

 

まだ夢の続きなのか、白いベッドはゆっくりと波を立てながら、キラシャをどこかへ運ぼうとしていた。あたりを何度見渡しても、果てしなく続いていそうな海と空が見えるだけ。

 

風を強く感じて、キラシャは自分の身体を抱きしめ、寒さをしのいだ。

 

「だけど、へんだね。

 

あたしは、クラスの友達と海洋牧場に行ったような気がするけど、一緒に帰った覚えがない。

 

あたしって、置いてきぼり食っちゃったのかなぁ。ケンも、マイクも、サリーやエミリも…。

 

エーッと、他にもいたような気がするんだけど…」

 

その時、スーツの内ポケットにしまっていたMフォンが、警告を発し始めた。

 

《ここは危険地帯。ここは危険地帯。すぐに安全区域に移動せよ》 

 

キラシャは、自分のMフォンのことをピーコと呼んで利用している。

 

警告がある時は、いつもピコピコと光っているからだ。

 

ルールに縛られるのが嫌いなキラシャは、すぐにルール違反をしでかすので、何度もこの警告を聞いている。

 

寒くて手が動かない。すぐに音声モードに切り替え、ピーコに今の居場所をたずねた。

 

「ピーコ。いったいここはどこ?」  

 

《EW147.86NS30.54》 

 

「もう、そんなこと言ったって、あたしにはわかンないでしょ!

どこからどれだけ離れているのか知りたいの」  

 

《海洋牧場北端から35km離れています。パトロール隊への通信不能》 

 

「ちょっと、待って。ピーコ、なんで海洋牧場からそんなに離れた所にいるの?

 

それに、パトロール隊を呼んでくれるんじゃないの?

 

先生はさ。危険なことがあったら、Mフォンがパトロール隊に知らせてくれるって…」 

 

《原因不明の事故発生。パトロール隊への通信不能。こちらの救助要請に、応答なし》

 

「こんなことって、ある…? どうやったら、助けを呼べるの…?」

  

白いベッドは、キラシャが海につからない程度に沈みながら、ゆっくり移動している。 

 

このやわらかいベッドは、いったいどこへ行こうとしているのだろう。

 

それに、自分だけなぜここにいるのだろう。

 

考えれば考えるほど、途方にくれるキラシャだったが、ふと、おじいさんの言葉を思い出した。  

 

『キラシャがもし、水中で危険な目に合った時は、このイルカがアラートを発信するから、パトロール隊がすぐに駆けつけてくれる…』 

 

「そうだ。爺がくれたチャッピ…。…あたしどこに置いたんだっけ…」  

 

《MF-Q14-RF26-00648、ここから140m離れた所で応答あり》 

 

「え? それってチャッピのこと? 」

 

Mフォンのピーコが、キラシャの目の前に、チャッピの泳ぐ姿を映し出した。

 

「良かった。ありがとう、ピーコ。チャッピもいたんだ。 

 

わぁっ、身体がちょっとゆがんでるね。

 

えっと…チャッピをここへ呼ぶには…。そうか、ピーコにまかせておけばいいのか」

 

《…MF-Q14-RF26-00648、機能の一部に故障あり。…可能な操作あり。

 

アラートの発信は、可能です》 

 

「ピーコさすがだね。ありがとう! 」 

 

チャッピは、キラシャの声で動くように設定してある。

 

「チャッピ、アラートを発信して! 」 

 

Mフォンが、信号を発しながら赤く光るチャッピの姿を映した。

 

キラシャはあたりを見渡した。

 

しかし、海上には何の気配もない。白いベッドは、徐々にスピードを増していた。

 

キラシャは、だんだん強くなる風に飛ばされないよう、腹ばいになった。水温に比べて、ベッドは暖かかった。  

 

しばらくして、上空から空中ボートが飛んでくる音が聞こえてきた。 

 

白いベッドは、再び噴水を勢いよく上げ、キラシャが上に乗っているのもお構いなしに、海に沈み始めた。

 

キラシャはあわてて近くにあったコブに手をかけ、離されないようにしがみついた。ベッドが海の底へと、深く深く潜って行くにつれて、キラシャは頭がボーッとしてきた。 

 

『苦しい…誰か、誰か助けて…』  

 

キラシャの手がコブから離れると、水流に圧されて勢いよく水中でクルクルと回った。色は白いが、傷だらけの大きなクジラが、海底へと遠ざかって行くのが、わかった。 

 

キラシャは、自分の身体が安定すると、『ゆっくり、ゆっくり』と心の中でつぶやきながら、海面へと上昇した。  

 

海面へたどり着いたキラシャは、まずチャッピを探そうと思った。

 

もし、あの空中ボートが、アラートに反応して来てくれたのなら、チャッピのそばにいなくてはならないからだ。 

 

まもなく、空中ボートの音が大きくなった。

 

キラシャが海面を立ち泳ぎながら、精一杯手を振っていると、ボートの姿もだんだんと大きく、はっきりと見え始めた。

 

《パトロール隊からの応答あり。そのまま待機》

  

「あぁ、良かったぁ。あたしのこと見つけてくれたんだ。

 

何だか、夢みたいな気がする…。

 

誰かそばにいたような気もするんだけど…」

 

 

その時、キラシャのMフォンが警告を始めた。

  

《警告。危険な生物が近づいています。落ち着いて行動してください》 

 

この警告は、海洋牧場で泳いでいた時にも、何度か聞いたことがあった。 

 

海洋牧場では、生態系を保つために危険な魚も何種類か泳がせている。

 

時々、どう猛になるサメやシャチなども、パトロール隊によって管理されながら、人間のそばに来ることがある。そんな時、Mフォンは決まってこの警告を繰り返すのだ。

  

海洋牧場では、常にパトロール隊がついていて、危険な時は、網で囲まれた大きなボックスに入ったりするのだが、ここには、つかまえるものさえ何もない。

 

キラシャは、できるだけ身体の力を抜き、水面に横たわるように波に身をまかせた。おじいさんが、ラクに浮くには、こうしたら良いと教えてくれたやり方だ。

  

すると、近くでキューゥ、クカカカカッという鳴き声が聞こえた。海洋牧場でよく聞いた、人なつっこい鳴き声だ。 

 

《接近している生物に危険性はありません。イルカです》 

 

「そうか。…でも、チャッピはどこ? 本物のイルカの方が、ロボットより頼りになるね…」

 

キラシャは悲しそうにつぶやいて、そばに寄り添うイルカに抱きついた。

 

イルカは高度な頭脳を持つ、哺乳類の動物である。 

 

『海洋牧場に住んでいても、秘密の通路を見つけて、外海へ遊びに出かけているようだ』

 

と、海洋牧場でパトロール隊員が言っていた。

 

きっと、一緒に遊んだイルカがキラシャのことを覚えていて、そばに寄って来たのだろう。

  

 

《警告。危険な生物が近づいています。サメです。速やかに移動してください》

 

Mフォンが、再び警告を発した。キラシャは、なるべくソーッとあたりを見渡した。

 

 

そして、キラシャからはっきりと見える距離に、三角の背びれが、ゆっくりと旋回した。

 

しかも、その三角はひとつだけではない。

 

ふたつ、みっつ、…。キラシャの身体が、急にこわばった。

 

そばにいたイルカは、キラシャの腕を軽く噛み、その場から逃げようと尾を動かした。

 

何匹かのサメが、キラシャを標的に動き始めた。

 

  

その時、キラシャの近くにザッブーンと大きく音を立てて、何かが落ちて来た。

 

 

驚いたイルカはキラシャを放し、フルスピードで逃げて行った。

 

サメも警戒しながら、遠ざかって様子をうかがっているようだ。

 

キラシャは身動きがとれず、海中へ沈んで行った。

 

バンジージャンプのように、海に飛び込んだパトロール隊員が、沈むキラシャを追いかけた。

 

キラシャは海中で、パトロール隊員に気づき、ホッとしたのか、眠るように気を失ってしまった。 

 

しばらくして、空中ボートが海面に降り立ち、隊員達が出て来て、キラシャとパトロール隊員を救助した。

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