キラシャのパパも長年、動物園で働いている。
勉強が苦手なキラシャを心配して、自分の勤務する動物園で働けるように、親の力で専門学校に入学させたのでは…と思う人がいるかもしれない。
しかし、この未来のドーム社会では、本人の適性と努力で仕事が決まる。
親にどんな力があろうと、本人の才能や努力する姿が評価されなければ、コネで入学や採用が許されることはない。
自分で責任を持ってドーム社会を支えようという心構えがないと、ほんの少しの気のゆるみが、ドーム内の空気にウィルスをまき散らすような事態につながる恐れがあるからだ。
というと、ちょっと誤解があるかもしれないが、決して人がドーム社会を支えるために、コンピュータ並みに働くことを求められているわけではない。
未来のドーム社会では、人は所属するエリアの一員として何かの作業に従事し、管理局から契約した口座に日々マネーが振り込まれ、住む場所も食事も衣服も無償で与えられる。
いい部屋に住みたい、私用で旅行したい、おいしいものが食べたい、おしゃれな服が着たい、面白いゲームがしたい、気に入ったMフォンを使いたい。
そういった欲求も、自分の口座残高を確認し、ローンの組み方をAIオペレーターに相談しながら、返済計画を立てて購入を決める。
自分で起業したいと思ったら、管理局の企業部にMフォンで申請し、それがドームのためにも有効なんだと、シミュレーションを見せながら説得して、承認されたらいいのだ。
もちろん、管理局側のAIと局員が行うシミュレーションで、採算が取れるという結果に至れば…の話だが…。
アーティストのステージも、自分のやってみたいパフォーマンスと会場の希望と観客の動員数をシミュレーションして、使用許可とセッティングの協力を得なくてはならない。
Mフォンの個人情報は、セキュリティ部で管理され、ピコ・マシンでの体調管理、毎日の動向や趣向もすべて、ボス・コンピュータのデータバンクに、暗号化・圧縮して蓄積される。
何かトラブルになった時は、裁判になったときに、そのデータが証拠になる。
流行しているウィルスに関しても、その拡散情報から、次のアラートを発令するための計算や、どの場所に注意せよ、話すときは距離を取れという指令が日々行われる。
災害に対しても、起こる前から危険情報が発表され、人への注意と避難を促す指令がMフォンを通じて行われている。
ドームの運営は、常に危険に対する情報で制御され、多くの人命を失わないため、ドームに暮らす人やAI機能ロボット・情報機器が、絶え間なく支え合うことが求められている。
誰であっても、身体に障害があっても、指一本、目線一つ、さらには心に思うだけでも、未来の機器は、思うままに操作することができる。
必要な時に、必要な動作や操作を行う人がいる。AI・ロボット・機器が正常に働いているかどうかということが、ドーム社会を運営する上での良し悪しを左右するのだ。
それさえ怠ることがなければ、何時間も仕事に拘束されることはないし、自由な時間も与えられるし、いろんなゲームやスポーツ、趣味を楽しむことも自由だ。
もちろん、ドームのルールに違反しないことが大前提ではあるが…。
それでも、地球には想定外の出来事が発生してしまうことがある。
5年前、キラシャがアフカ・エリアから帰る直前に、このドームの近くで大きな地震が起った時、ドームにあちこちにゆがみが生じ、さまざまな施設で機能が停止する被害が発生した。
動物園でもオリや小屋が壊れて、いろんな動物が隙間から抜け出し、四方八方に逃げて行った。
パパから連絡を受けたキラシャは、アフカ・エリアの救助隊がチャーターした飛行船に同乗させてもらい、帰ってすぐに動物探しの手伝いに加わり、何匹か動物の発見に貢献した。
その後、多くの動物が戻って来たが、しばらくはエサが手に入らない状態が続いた。
それまでは、ドームの食堂であまった食料などを加工したものが、自動的に動物園にエサとして運ばれているのだが、震災の影響でその機能が停止してしまった。
その機能が回復するまで、キラシャは動物園で働く人たちと一緒に、エサになるものをいろんな工場から寄付してもらえるよう頼み込み、それを動物園へと運んだ。
キラシャは、成績では不合格に近い点しか取れなかったが、その行動力が認められて入学を許可された。決して、パパのおかげだけではない。
キラシャと一緒に帰って来た、オパールおばさんの会社の工場も、地震で大きな被害を受けた。
それでも、彼女は他のエリアにある工場から、いろんな種類の栄養ドリンクを取り寄せ、復旧作業の手伝いで疲れた子供の体力を回復させようと、無償で多くの子供たちに提供した。
パールもキラシャも、ケンとマイクも、率先してそのドリンクを配って回った。
オパールおばさんも、キラシャが動物のエサを探していることを知ると、ドームの機能が回復するまで、他のエリアからエサを取り寄せてくれた。
一方で、世界中を震撼させている感染力の強いウィルスは、あらゆるエリアでその対処方法を模索しているが、なかなかその勢力を衰えさせることができない。
しかも、拡散している間に新たな種に変容し、ワクチンや特効薬が追い付かないのだ。
オパールおばさんは、栄養の面でウィルスに打ち勝つよう、いろんな作物からビタミンなどの栄養素を抽出し、配合を行い、新しい栄養ドリンクを開発した。
キラシャは、彼女から頼まれると、率先してそのドリンクを試飲して、体内のピコ・マシンからの情報をMフォンで彼女へ送信した。
発売前だから、全然効果がないものもあるが、キラシャがいまだにウィルスに感染していないのは、栄養ドリンクの試飲のおかげかもしれないと思ったりもした。
ただ、今回のウィルスに関しては、もっと深刻な問題が潜んでいたのかもしれない。
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