キラシャは、16歳。スクールを卒業して、専門学校に通いながら、生まれ育ったエリアで毎日を暮らしている。
キラシャにとって、5年前のアフカ・エリアでの出来事は、もう忘れた方がいいと思うくらい、遠い日の思い出にしか過ぎなかった。
今を生きることの方が、もっと厳しい-とキラシャは思う。
あの出来事のおかげで、自分の思い描いていた未来が変わってしまった。
自分のエリアに戻ってからは、自分のやりたい仕事を探しては迷いながら、いろんな人のアドバイスで、学力レベルの高さを必要としない、今の学校を受験して、入学を許可された。
キラシャが通うのは、動物園の飼育員を養成する専門学校だ。
学校といっても実践がほとんどで、朝から晩まで動物のエサやりとフンの掃除をしながら、動物園の観客に、動物との交流を楽しんでもらいながら、愛きょうを振りまく毎日。
たとえ学校を無事に卒業しても、正式な飼育員になれるかわからない。
動物に対する接し方、作業の熱心さと根気強さなどを上司や先輩に認められ、来客のアンケートなどで良い評価を受けることが、採用の必須条件だ。
アフカ・エリアから、無事に一緒に帰ってきたケンとは、今でもメールやテレビ電話で連絡し合っているが、スクールの恋愛学のパートナーには、別の男の子を選んだ。
ケンが相手だと、どちらかというと兄妹に近い気持ちになってしまい、恋愛を学ぶ気になれなかったからだ。
タケルとは、あれ以来会っていないし、今どこにいるのかもわからない。奇妙な女の子、キララと今でも一緒にいるのかもしれないが、キラシャにとってはどうでもよいことだった。
キラシャの同世代には、パートナーと一緒に暮らしながら学校へ通い、子供を育てる計画を立てている仲間もいる。
だが、ようやく今の学校の作業に慣れ始めたかな? と思うキラシャには、動物の相手をするのが精いっぱいで、彼氏を探す余裕もない。
ケンは、そんなキラシャを知ってか、時々思い出したように連絡してくる。
スクール時代も、ケンは恋愛学で選んだ男の子にイライラするキラシャを見かけると、「どうしたの?オレを彼氏にしとけば良かったって?」と、おどけた顔をしながら近づいてきた。
キラシャが「バーカ、冗談じゃないよ!」と、ムッとしてケンをはねのけると、「なぁ~んだ。次はオレかと思ったのに、残念だなぁ」とケロッとした顔をして笑った。
今もケンは変わらない。
体格はあの頃に比べると、ふた回りくらい大きくなったが、スポーツの中でも、格闘技の学校に通いながら、賞金のもらえるゲーム大会を見つけては、挑んでいる。
ケンは、どこで誰と戦ったのか、顔や身体のあちこちに傷をつけて、キラシャの前にあらわれる。
「どう?見て、この傷!」と、勝ち取った賞金はいくらだとか自慢するのが楽しいらしい。
そういえば、プーさんみたいにふっくらして大きかったマイクも、年を追うごとにトレーニングで鍛えられ、筋肉質に変わっていった。
マイクは、パールのふるさとでもあり、パパが今も植物の研究を続けているアフカ・エリアに行き、防衛軍のパトロール隊員になることを目指して、警備学校に通っている。
パールは、ママの妹のオパールおばさんが自分を助け、世話をしてくれたことが、もう一度生きようと思い直せたきっかけとなった。
だから、自分も人を助けられる仕事をしたいと、看護学校に入学し、ナースを目指している。
二人が会う時には、キラシャにも連絡をくれるので、忙しい時も時間が合えば、テレビ電話でお互いの近況を話し合っている。
ケンは、マイクとパールの仲の良い様子を見るのが悔しいらしく、たまにしか会話に入ってこないが、マイクとはいろいろ連絡を取っているらしい。
マイクとパールがアフカ・エリアに帰ってしまうと、いろんな危険が待っていて、こんな風に楽しく話ができるか、不安になることもある。
それでも、『二人とも、幸せであってほしい』と、キラシャは願わずにいられない。
今は、感染力の高いウィルスが世界中に蔓延し、各エリアで人の行き来を制限しために、パールはアフカ・エリアに戻ることもできない。
今のうちに、このウィルスに関する知識や対処法を学び、ふるさとに帰ってから、感染した人たちが少しでも早く回復できるよう、夜遅くまでホスピタルで研修を続けている。
このエリアも、感染を防ぐために、人と人との接触を極力避けるよう、あらゆる施設や映画館・動物園・植物園などが閉鎖され、海洋ドームへの行き来も封鎖された。
キラシャの学校も集まりが制限され、授業はしばらく自分の部屋でのオンライン学習となったが、実習先の動物園の動物を制限が解けるまで、ほっておくわけにはいかない。
どうしても飼育員になりたいキラシャは、自分も動物にも感染しないよう、動物園に入ると、ホスピタル並みに防疫スーツに着替え、滅菌室で消毒し、動物の世話を続けた。
外出も旅行も思うようにできず、狭い部屋でオンライン授業を受ける以外に、仮想ゲームや音楽や動画でしか楽しめない子供たちに、本物の動物の動画を見て、心を癒してもらいたい。
キラシャは子供が喜ぶような、かわいい動物たちとの触れ合いを毎日UPしていた。
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