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クルーズ船の廊下を裕子は歩いていた。階段の途中で同じ階の夫婦と出会う。妻は上海のデパートで共に過ごしていた仲間。喜んで一緒に歩くことにした。
彼女の話で今日のレストランではインド料理の有名シェフがインドカレーを作っているという。レストランに入り裕子は夫婦と同じテーブルに座った。食べるの大好きな裕子はもうワクワクしていた。頼んですぐにインドカレーが3人のテーブルにやって来た。
「いい香りですね!」
妻も大きくうなづく。ナンも来た。ドキドキしながら口にする裕子。
「美味しい〜」
喜んでパクパク食べる。ナンも食べながら
「ナンもカレーと合いますね!」
妻を見ると困ったような顔をしている。夫は食べているが首をかしげている。キョトンとし頼んで裕子。
「カレー苦手ですか?」
「いいえ〜ただこの人(夫を見ながら)大好きなんですけど」
「だったら」
口元を隠して、
「好きなのはグリコアーモンド。アレ甘いでしょ。これとは違うそうですよ」
クツクツ笑う裕子。他のテーブルを見ながら、
「グリコアーモンドはないようですけど、ナンの代わりにごはんはもらえるかも!」
聞いた妻は立ち上がってスタッフに近づく。夫は裕子に感謝していた。
その時近づいて来る聡美。。
「裕子さん、こちらにいらしたのね」
「あら、聡美さん。おいしいから、私もごはんいただこうかしらと思って」
ごはんを持って戻ってきた妻に挨拶しながら聡美は
「私はナンしか食べなかったわ」
夫の前にだけご飯を置いた妻も
「私もごはんは食べません!」
「えーっ」
と叫ぶ裕子。怪訝な顔になる。聡美と妻は二人でニヤッと笑って
「忘れちゃったの?」
「何だっけ?」
「ナイショ」
「意地悪ね」
聡美と妻は声を合わせて
「今日はこれからプールよ!」
「あ〜。そうだった!?」
立ち上がる裕子。
裕子は自分の部屋のベッドに寝転んでいる。ノートにメモを書いている。「寄港地上海、日本は清潔、シワ取りクリーム、クマ取りクリーム」
と思い出しながら書いている。
「あっ! シルクのパジャマ」
と書きながら
「忘れてた!」
ベッドから降りて、紙袋に入れたままのシルクのパジャマを引っ張り出す。
「試着試着」
バスルームに向かう。数分経ってベッドルームに戻って来る。ピンクのシルクのパジャマを着ているが、鏡に写してゲラゲラ笑う。袖口も裾も長い。
「まるで松の廊下の浅野内匠頭だ」
笑いながらバスルームに戻る途中にひっくり返ってベッドの角に頭を思い切りぶつけた。しばらくの間、頭をかかえる。またベッドに寝転ぶ。
「いたた」
ベッドのテーブルにいつも置いてある小さな鏡で見るとコブが出来ている。 少々目立っている。裕の声が聞こえる。
「そそっかしいから気を付けて下さいよ」
舌を出してコブによだれを付ける。
仕方なく裕子は船の診察室に出かけることにした。
診察室は静かな部屋だった。たった一人でやってるのかなとキョロキョロと眺める。
裕子の頭を見ている医師は頭を動かす裕子に少々困っている。
「母はくも膜下、父は脳軟化、私も血管弱いんじゃないですか?」
「大丈夫です。お薬付けましょう」
と言いながら塗り薬を付けている医師は
「でもそそっかしいから気を付けて下さい」
ハッとして医師を見つめる裕子の目から涙がボロボロ落ちてきた。
「どうしました?」
「主人が私によく言ってたんです。先生と同じこと」
裕子にティッシュペーパーごと渡す医師。
「主人は先生と同じ仕事をしていたんです」
「なるほど」
また泣く裕子。
裕子は夜また部屋でベッドに寝転んでいた。ノートに「浅野内匠頭」と書いている。
そして裕の位牌を横目で見ながら「パパのライバル」とも書いて位牌の隣に置く。そして 電気を消した。