京都の闇に魅せられて(新館)

京都妖怪探訪(97):西院春日神社と疱瘡石





 
 本シリーズで何度も見てきましたように、京都市内には何気ない街の風景の中に、または市民がごく普通に生活している空間の中に、いきなり不思議な由緒や伝説が遺っていたり、劇的な事件や歴史的事件があった霊場魔所があったりすることが、しばしばあります。
 今回紹介します西院春日神社も、そんなスポットのひとつです。
 2月15日まで行われていました『平成23年・京都十六社朱印めぐり』のうちのひとつとして訪れた場所ですが、ここの由緒などを調べてみればなかなか面白いものがあり、本シリーズでもとりあげるにふさわしい、と考えました。

 病に倒れた皇女の身代わりになって病を引き受けたという霊石や、災害や疫病に苦しむ民衆に献身的に尽くし続けた皇后を祀った小さな境内社など。そういったものが、町中の神社の中に何気なく遺っている。
 そんな場所です。

 主な祭神は、建御賀豆智命(タケミカヅチノミコト)、伊波比主命(イワヒヌシノミコト)、天児屋根命(アメノコヤネノミ)、比売神(ヒメガミ)です。
 833(天長10)年に淳和天皇が淳和院(西院)に移った際、奈良春日大社より分霊を迎えて祀ったことに由来します。つまり、元々は皇室などの守護神だったのです。

 現在でも、病気平癒や旅行の安全、その他厄除けなどに崇められています。
 今回は、この神社が病気平癒や旅行の安全な神として多くの人に崇められるに至った、この神社に遺されている不思議な由緒や伝説などと共に紹介します。



 京都市内、西大路四条の交差点。
 阪急電車京都線の西院駅があります。






 京都市営バスでは、西大路四条の停留所で降りればいいでしょう。







 西大路四条の交差点から、四条通りを西へ進みます。
 少し歩けば、春日(佐井)通りと交わる四条春日(佐井)の交差点に行きます。






 北東角に家電の「Joshin」の店舗が、南西角にたばこ屋があるのが目印です。
 付近には、西院春日神社への案内板もあります。
 そこから春日(佐井)通りを北上します。






 春日通りの西側、四条通りから歩いて左手の方向に、入り口が見えてきます。








 
 中へ入ります。






 入り口から2番目の鳥居から入ってすぐ左側。社務所のほぼ向かい側に手水舎がありますが、手水舎のそばに「一願蛙」という面白い蛙の像が。









 私も水をかけて祈願した後、本殿の方向へ進みます。
 何故、このようなものが境内にあるかというと、後でとりあげる摂末社・還来(もどろき)神社の由来・由緒にも関連するものでしょう。






 本殿前。






 本殿前、賽銭箱の上に何かあるのがおわかりでしょうか?
 それが伝説の「疱瘡石」です。
 なおこの疱瘡石は、普段は公開されていません。毎月の1日、11日(縁日)、15日にのみ本殿で公開されるそうです。
その伝説の石を間近で撮りました。






 石の前には、参拝者が願いを込めて納めた護摩木や白い石なども供えてあります。

 淳和天皇の皇女・崇子内親王が疱瘡にかかった際、淳和天皇がここで祈願したところ、神前の石が内親王の身代りとして疱瘡を生じ、内親王の病気が治癒したと伝えられています。それ以来この石は、病気平癒の霊石・守護神として崇められています。



 この他にも、境内には面白いものがいろいろとありました。


 仁孝天王御御胞衣(おえな)塚です。






 胞衣(えな)とはお産の後に出てくる胎盤のことです。  
 宮中には、胞衣を吉方にあたる場所に埋蔵し、その健やかな成育を祈願するという慣わしがあったそうです。
 ところで御胞衣塚にも、参拝者達が願いを書いて奉納した白い石が敷き詰められています。


 こちらは、「梛石(なぎいし)」。
 





 この石には、旅をする者が撫でて無事に還来成就をなし、厄年の者や病弱者は撫でて厄除、健康の回復、病気平癒を祈る習慣があります。
 おそらくは、この後に紹介します「還来(もどろき)神社」にちなんだ神石でしょうか?
 ちなみに私も撫でて、旅の無事や健康を祈りました。





  
 摂末社・還来(もどろき)神社。






 「還来の大神」として崇められているそうです。
 現在では旅行の安全を祈願したり、失踪者や失せ物などが戻ってくるよう祈願をする場所とされています。
 戦争中には、出征兵士が生きて戻ってくるように、とも祈願されたそうです。
 祭神は淳和天皇の皇后で、嵯峨天皇の皇女でもある正子内親王です。
 この境内社の創建には、以下のような話が伝わっています。
 
 淳和天皇は仁明天皇に譲位した後、正子皇后と西院に立てた離宮・淳和院で静かに過ごしていましたが、その当時疫病が流行しました。
 正子内親王は、救民のために離宮内に疫病患者を収容するための施設を造るように淳和天皇に進言し、それを実現させました。
 人々は涙を流して喜び、正子内親王を敬いました。
 ところが淳和天皇が亡くなるなど、内親王の身に不幸が相次いだので、内親王は髪をおろして出家してしまい、以後は仏道にうちこみました。
 ある時大火がありましたが、内親王はその中から命からがら助け出され、嵯峨の離宮へと移されました。
 しかしその後内親王は、再び西院の地に戻り、人々はその姿を見て大いに喜んだと伝えられています。

 この還来(もどろき)神社は内親王の死後に建てられ、「還来」の名は九死に一生をえた内親王が無事もとのところへ戻られた、ということからつけられたと伝えられています。
 このことから、ここが「人や物が無事帰って来られるように祈る場所」と考えられるようになったのでしょうか。


 そして、淳和天皇と正子内親王とが過ごしたという淳和院の礎石が境内の一角にあります。






 境内の片隅にあった忠魂の碑。






 かつてここで出征兵士たちが無事に帰還するように祈願されたことをうかがわせます。
 しかし残念ながら、その全員が生きて帰って来られたわけでもなかったようです。
 そんな悲しい歴史も想像させるような碑です。


 西院といえば、現在の京都市内でも交通の便が良いにぎやかな場所のひとつですが、そんな場所にも、多くの歴史や伝承……その背後にあったであろう、多くの人々の想いが込められた遺産があったのか、と。
 今回も改めて、そんなことを考えさられました。



西院春日神社のHP
http://kasuga.or.jp

西院春日神社の周辺地図は、こちらを参照。



*京都妖怪探訪まとめページ
http://moon.ap.teacup.com/komichi/html/kyoutoyokai.htm





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コメント一覧

小路@管理人
http://moon.ap.teacup.com/komichi/
>わ~い、お茶さんさん

 前のコメントレスの続きです。
 「無言神事」なるものについて、ちょっとだけ調べてみたところ、全国でもそういったことが行われているところがいくつかあるようです。
 有名な吉備津神社でもそのような神事があるらしいです。

 ところで、京都府内でもそういった神事が行われている場所を発見しました。
 京都府相楽郡精華町の祝園神社というところです。「いごもり祭」というお祭りです。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~toukondankon/uzinodonkou/yamasirobunnka.html#igomori


 それと、「無言神事」とはちょっと違いますが、京都市内にも「無言参り」というものがあるのを思いましました。
 シリーズ第47回(http://moon.ap.teacup.com/komichi/187.html)で、少しだけ触れました「冠者殿社(かんじゃでんしゃ)」というところですが。
 祇園祭の期間中、祇園の芸妓さん・舞妓さんはここに「無言参り」をして、商売上でついた嘘を懺悔するという風習があるそうです。

 こういったネタも、いずれ『京都妖怪探索訪』シリーズで詳しく取り上げるのも、面白いかもしれません。
小路@管理人
http://moon.ap.teacup.com/komichi/
>わ~い、お茶さん

 コメントありがとうございます。
 昔は、京都にもそういった風習はあったようですよ。
 百鬼夜行という妖怪の群が現れるなどという言い伝えがあったりと。
 一体、いつの時代までか、は忘れましたが……。
 さすがに現代の京都市内では、そういう話は聞きませんが。

 むしろ現代では、シリーズ第3回の「妖怪ストリート」(http://moon.ap.teacup.com/komichi/132.html)みたいに、それを町おこしのイベントにもつなげているようで(笑)。

 ところで、そんな風習が未だ残っている地域があったのですか。
 また、調べられたら調べたいですね。
 というより、自分で現地まで行ってみたい気もしますが、今の状態では難しいかなあ。
 現在の仕事に就いてから、なかなかまとまった休みがとれないため、関西県内から外へ遊びに行けなくなりましたので……。
わ~い、お茶
こんばんは、京都は妖怪等の伝説が残っているのでもしかすると京都の風習の中には特定の日は深夜に外へ出ない、或いは
家の中を真っ暗にして一言も発しない、と言う風習があるのではないか、と思うほどです。ちなみに一言も発してはいけない風習が
現在でも本当に残っている地域があります。
北陸か静岡かどちらかと思いますが、神社の
「無言神事」というものがあります。咳払いやくしゃみをしただけでも死を逃れる事は出来ないそうです。なのでこの神事を行う一帯の地域では大人も子供も布団を被ってじっと
しているそうです。過去には本当に死者がでたらしいです・・・。
小路@管理人
http://moon.ap.teacup.com/komichi/
>わ~い、お茶さん

 再びコメントありがとうございます。
 寺や神社だけでなく、昔は橋やトンネル、辻なども異界へ通じる場所と信じられていたようです。
 私も『京都妖怪探訪』シリーズを続けてきまして、「もしかしたら、本当に異世界へと通じているのかもしれない。まさか、このまま帰れなくなったりして……」などという思いにとらわれてしまったことが何度かあります。
(例:今後記事アップする予定の「深泥が池」とか)

 今後はそういうミステリアスな雰囲気が表現できるような記事を書きたいですね。
 ただし、私の技量でそれができるかどうかは別として……(苦笑)。
わ~い、お茶
こんにちは、お返事ありがとうございます。
京都は他の都道府県と違って道が碁盤の目の
様になっていて、まるで異界への入り口と言う感じがします。小雨の降る夕方苔むした裏道に傘の付いた電球が道に点々と点いている所は正に幽玄そのものと言った趣です。そういえば猫は追いかけているといつの間にか消えたようにいなくなる事があります。直ぐ後を追いかけるといる筈なのにいない・・・人もその様に神社の鳥居と神社はもしかしてこの世とあの世を繋ぐアクセスポイントかもしれない、そう思っています。裏道に入って角を曲がったらいつの間にか小料理屋があり、そこへ入ってその店を出て振り返るともうなくなっていた・・・と言う感じが京都の裏道
(小径)にはあります。都市伝説などと言う
ものではなく、そこはかとなくミステリーな感じが漂うのが京都だと思います。だから寺社が多いのでしょうか・・・
小路@管理人
http://moon.ap.teacup.com/komichi/
>わ~い、お茶さん

 どうも、コメントあらがとうございました。
 それと16日にコメくださったのに見落としてすみませんでした(汗)。

 あなたも京都の妖しげなムードとその魅力をよくご存知のようですね。
 そうですね。
 そんな妖しさに魅せられたからこそ、私もこのようなシリーズ記事を書き続けているのかもしれません。

 こんなサイトでよろしければ、またお越しください。
わ~い、お茶
こんばんは、お返事ありがとうございました。そういえば種田山頭火が下宿をしていて
ある晴れた春の朝窓を開けたら女神がふわっと空に浮かんでいて「あっ」と思ったのと同じ様に京都は神社に参詣した後鳥居を抜けて
振り返ると舞妓さんと狐がその鳥居の中に
ふっと浮かんで消える様な、そんな感じがします。よく京都や奈良の観光案内で裏道に傘のついた電球が点いている写真を見かけますがああいった場所ならばもしかして神様や妖怪の類がいてもおかしく無いと思います。
伊藤潤二と言うホラー漫画家の世界みたいな
感じの所だと京都は思います。勿論良い意味でです。
小路@管理人
http://moon.ap.teacup.com/komichi/
>わ~い、お茶さん

 どうも、コメントありがとうございます。

 「桜の樹の下には死体が埋まっている」という発想は、おそらく人の想像力が生み出した産物でしょう。
 ちょうどあなたの仰った「何故か私は真っ暗な雨雲と高圧電気の送電塔をみると何か嫌な感じがします」という想いは、おそらく多くの人が抱くもので。
 また、桜の妖しげな魅力からそんな発想が生まれたのかもしれません。
 というか、本当に桜の樹の下には死体が埋まっていたら怖すぎです。そしたら、桜の名所は死体だらけということに(笑)。



>昔から感じる不気味さと現代の怖さと言うのは違う物なのでしょうか?

 それは、ケースバイケースかも。


 京都には現在でも洗練されたイメージがありますが、残念ながら近年ではそうでない部分もあるかも。
 都市開発などに関する規制なども緩くなって、歴史的景観や雰囲気が損なわれつつあるところも結構あるようですし……。
 むしろ、地方の「小京都」と言われる地域の方が、より京都的といいますが、歴史的な雰囲気を大事にしているところもあるようです。
 伊衛門のCMについてはわかりませんが、案外あれも「小京都」で撮影されていたりして……。
わ~い、お茶
こんばんは、そういえば坂口安吾は「桜の樹の下には死体が埋まっている」といったそうですが本当なのでしょうか?何故か私は真っ暗な雨雲と高圧電気の送電塔をみると何か嫌な感じがします。昔から感じる不気味さと
現代の怖さと言うのは違う物なのでしょうか?そういえば伊衛門のお茶のCMは京都で
しているのでしょうか?いいですね京都は、
洗練されていて。私の住んでいる所は加齢臭
と溝の腐臭の混じった生活臭漂う泥臭い所です。
小路@管理人
http://moon.ap.teacup.com/komichi/
>わ~い、お茶さん

 こんにちは。はじめまして。
 コメントありがとうございます。

 今後も、怪しいスポット、不思議スポット等の京都の記事を書き続けていきたいと思いますので、こんなサイトでよろしければ時々でもお越しいただきたいと思います。
わ~い、お茶
こんばんは、記事を拝見しました。言われて
見ればそうだなと思います。何年か前に「バスでコロコロ」と言う関西ローカルの番組で
芸者小屋を経営している一家の方が出ていたのを見た事があります。私の住んでいる所には無いので不思議な感じがします。京都の桜守の方が新聞で「桜の下に靄が掛かっていたので言ったら片耳が今でも聴こえない」とありました。京都は色々と不思議な事のある街
ですね。阿倍野清明伝説もあることですし・・・。
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