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京都の闇に魅せられて(新館)

2024年も管大臣社の飛梅 @ 京都妖怪探訪(881)

 
 
 
 
 どうもこんにちは。
 またもやオフ多忙の為、シリーズ前回から間が開いてしまった上に、もう今年の梅の季節も終わろうとしていますが。
 それでも毎年恒例の『霊場魔所の梅花シリーズ』を続けたいと思います。
 本シリーズの『霊場魔所の梅花シリーズ』と言えば無視することができないのが、怨霊神・菅原道真の伝説の飛梅(とびうめ)です。
 梅と言えば、菅原道真が生前からこよなく愛した花であり、道真を祀る天満宮を象徴するもののひとつです。
 その中でも、菅原道真の伝説の飛梅こそは、本シリーズであげるにふさわしい・・・というより、欠かすことのできないものです。
 今年もその飛梅を観に行きます。
 
 
 今回はその飛梅の地の中でも、菅原道真の生まれの地(と言われている場所のひとつ)であり、ほぼ毎年梅の時期になると必ず訪れるわがお気に入りスポットのひとつである、菅大臣社を訪れます。
 
 
 
 
 まずはいつものとおり交通アクセスから。
 最寄りの交通機関には、西洞院(にしのとういん)通りに面した西門すぐ近くに立つ京都市営バス「西洞院佛光寺(にしのとういんぶっこうじ)」停留所があります。
 
 
 
 
 
 この管大臣社は、京都市の中心部ともいうべき、四条烏丸の近くに建っていますので、結構交通アクセスが良く、他にも京都市営地下鉄「四条」駅阪急電車「烏丸」駅などが歩いて行ける距離内にあります。
 
 
 
 
 今回は西門の鳥居から。
 
 
 
 
 
 
 西門からまっすぐ進んだ先に本殿が建っています。
 
 
 
 
 
 
 さてここで、ここ管大臣社について簡単に説明を。
 ここはシリーズ第36回シリーズ第829回などでも紹介したことがあり、それらの過去記事のおさらいになりますが。
 創建年などははっきりとがしないそうですが、この地にはかつて菅原道真の邸宅があり、紅梅殿・白梅殿や菅家廊下(かんけろうか)といわれた学問所の跡地だとも伝えられています。
 そのため、菅原道真の生誕地のひとつとされる場所のひとつであり、「飛梅」と「道真産湯の井戸」の伝説も残っています。
 とは言っても、「道真産湯の井戸」がある「道真生誕の地」と言われている場所は、ここの他には、シリーズ前回などで紹介した「菅原院天満宮」と、シリーズ第541回などで紹介した「吉祥院天満宮」に、シリーズ第820回で紹介した「奈良の菅原天満宮」があるのですが(笑)。
 
 
 
 
 この管大臣社の境内には飛梅の他、紅梅、白梅などの梅の木がありますが、花の咲く時期がまちまちで、訪れる度に見頃の花が違っています。
 今年(2024年、令和6年)は特に、花の咲く時期にばらつきがあったようで、本殿前の白梅が咲いたのは、まだ飛梅などの紅梅の花が蕾だった2月頃でした。
 その時の白梅の様子です。
 
 
 
 
 
 
 
 こと時はまた蕾だった紅梅の花。
 
 
 
 
 
 
 花の見頃に合わせて訪れるのもなかなか大変でしたが、それでも諦めずに何度も訪れ、ようやく3月の半ば頃、咲ききった飛梅の花を観ることができました。
 
 
 
 
 
 
 まずは本殿に礼拝し、その前の紅梅の花を観ます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 礼拝した後、本殿前鳥居の横に「区民誇りの木」とされている伝説の飛梅を観に行きます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 やはり過去記事のおさらになりますが、ここで飛梅(とびうめ)の伝説について。
 
 
 菅原道真が藤原時平らの謀略によって太宰府へ飛ばされる時のこと。
 屋敷の庭木のうち、日頃から特に愛でてきた梅の木・桜の木・松の木との別れを惜しみました。
 そのときに梅の木について、次のような歌を読みました。
 
 
「東風(こち)ふかば にほひをこせよ 梅の花 あるじなしとて 春なわすれそ」
 
 
 現代語に訳すますと「梅の木よ。主(私)がいなくなっても、春が来るたび忘れること無く、芳しい花を咲かせておくれ」という意味になるそうです。
 3本の木のうち、桜の木は悲しみのあまりみるみるうちに葉を落とし、ついに枯れてしまいました。
 松の木は、道真の後を追おうと空を飛びましたが、摂津国八部郡板宿(現在の兵庫県神戸市須磨区板宿町)辺りで力尽きて、その地に根を降ろします。その地は後に「飛松岡」と呼ばれるようになります。
 梅の木は、その日のうちに道真の居る太宰府へ降り立ち、その地に根を下ろしたと伝えられています。
 その梅が、ここ「菅大臣社」にあるこの梅の木だそうです。
 太宰府天満宮では、飛んでいった方の梅が御神木として祀られているそうです。 
 
 
 一本の梅の木が道真の時代から千年以上も生き続けているなどということは、さすがにあり得ないでしょうから、おそらくこの木は飛梅の何代か後の子孫でしょう。
 しかしそれでも、この不思議な伝承の木が、その血をひくであろう木がこうして現在まで遺され、今でも花を咲かせ続けるということはものすごく貴重なことです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 今年もまたこの飛梅に会うことができました。
 毎年春先にあると、梅の時期になるとここに来ます。
 毎年の繰り返しでも、マンネリだと何度と言われようと、ここに来てしまうのです。
 来年もまた。
 
 
 
 
 
 
 今回はここまで。
 また次回。
 
 
 
 
 
 
 
 
*『京都妖怪探訪』シリーズ
 
 
 
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