ポルトガルの南端にある小さな町へ来た。この海岸沿いの町にも、メディナがあった。
インターネットでポルトガルの短期滞在用アパートを検索していて知った街がラゴスだった。来て驚いたのは、大西洋を望む海岸沿いに、城壁で囲まれた旧市街が歴然と存在していたことだった。
モロッコで見てきたメディナの姿だった。異なるのは、モスクの代わりに教会が立ち、道幅が広く敷石で整備され、ロバの代わりに車が走ることだった。
思えば、スペインのセビリアにもグラダナにもバレンシアにも城壁があり、狭い路地が複雑に入り組む旧市街があった。ムーア人の支配下の歴史を経たスペインだからこその「メディナ」なのかと考えたが、しかし、さらに記憶を遡ると、ポーランドのクラクフにも、チェコのプラハにも、デンマークのオーデンセにも、そしてスウェーデンのストックホルムにも、城壁と狭い路地の入組む旧市街が重要な観光地であった。
そういえば、私の故郷の城下町でも、狭い路地の商店街に歴史の面影をわずかに感じることができる。欧州各国やアラブ諸国のような石や煉瓦を建材としなかった日本では、都市が近代化される過程の中で、「城壁」や「路地」「住居街」といった中世の街の姿を残していくことは不可能だったのかもしれない。あるいは、「残す」という発想そのものが希薄だったとも言えるのだろうが。
中世の姿を残す旧市街地は、道が狭く、複雑で、石畳は歩き難い。家屋も現代の家に比べれば使い勝手がいいとは言えない。それでも人々は、古い街の姿を愛し、訪れる人々が憩い楽しむ風景を保とうとしている。
↑城壁、坂、入り組む路地は、モロッコのメディナと同じ風景
↑15世紀の城壁が旧市をぐるりと取り囲む。地震、津波などで何度か崩壊しているがその都度修復されてきた。
↑スペインでは、洗濯物を窓の外に干さないルールがあると聞いたが、ポルトガルでは洗濯物が風物詩。
↑坂の向こうに城壁が見える。
↑旧市街地の中心には美しく石畳を整えた噴水やオブジェが立つ。
↑モロッコのメディナと異なるのは、概観美を意識した壁。
インターネットでポルトガルの短期滞在用アパートを検索していて知った街がラゴスだった。来て驚いたのは、大西洋を望む海岸沿いに、城壁で囲まれた旧市街が歴然と存在していたことだった。
モロッコで見てきたメディナの姿だった。異なるのは、モスクの代わりに教会が立ち、道幅が広く敷石で整備され、ロバの代わりに車が走ることだった。
思えば、スペインのセビリアにもグラダナにもバレンシアにも城壁があり、狭い路地が複雑に入り組む旧市街があった。ムーア人の支配下の歴史を経たスペインだからこその「メディナ」なのかと考えたが、しかし、さらに記憶を遡ると、ポーランドのクラクフにも、チェコのプラハにも、デンマークのオーデンセにも、そしてスウェーデンのストックホルムにも、城壁と狭い路地の入組む旧市街が重要な観光地であった。
そういえば、私の故郷の城下町でも、狭い路地の商店街に歴史の面影をわずかに感じることができる。欧州各国やアラブ諸国のような石や煉瓦を建材としなかった日本では、都市が近代化される過程の中で、「城壁」や「路地」「住居街」といった中世の街の姿を残していくことは不可能だったのかもしれない。あるいは、「残す」という発想そのものが希薄だったとも言えるのだろうが。
中世の姿を残す旧市街地は、道が狭く、複雑で、石畳は歩き難い。家屋も現代の家に比べれば使い勝手がいいとは言えない。それでも人々は、古い街の姿を愛し、訪れる人々が憩い楽しむ風景を保とうとしている。
↑城壁、坂、入り組む路地は、モロッコのメディナと同じ風景
↑15世紀の城壁が旧市をぐるりと取り囲む。地震、津波などで何度か崩壊しているがその都度修復されてきた。
↑スペインでは、洗濯物を窓の外に干さないルールがあると聞いたが、ポルトガルでは洗濯物が風物詩。
↑坂の向こうに城壁が見える。
↑旧市街地の中心には美しく石畳を整えた噴水やオブジェが立つ。
↑モロッコのメディナと異なるのは、概観美を意識した壁。
楽しく旅されていますね。
ポルトガルは、スペインとは人の感じも違いますね。
ポルトガルの人は、とても綺麗好きで、きちんとしている印象があり、哀愁を感じます。結構好きです。
私は、以前サグレス?(違ったらごめんなさい)
大西洋の海辺の町に滞在したことがありました。
ここは、まさに、大陸がパカンと割れた地形をそのままに留めた海岸線が、壮大でした。
この後は、いよいよアメリカ大陸でしょうか。
ブログ楽しみにしています。
松本は、雪がちらついています。