見果てぬ夢

様々な土地をゆっくりと歩き、そこに暮らす人たちに出会い、風景の中に立てば、何か見えてくるものがあるかもしれない。

たった一人だけの観客

2006-10-08 23:01:02 | 生き方・生活
3連休ですが、合間に細切れの仕事が入るので、まとまった休暇を確保できず、消化不良の気持ちを癒しに映画に行きました。

この街の映画館は、私が赴任する前にいくつか閉館し、今残っている映画館は3館のみ。郊外にできたシネコンに人が流れているのも時代の趨勢なのでしょう。

住居から歩いて10分のところにある映画館は2つのスクリーンをもつ古い映画館ですが、今時のたっぷりした座り心地の良いシートで、片方のシアターには価格差のないテーブル付ペアシート席まで入れてあります。
今夜は米国娯楽映画が19時最終回で上映されるはずでした。理屈なし、ただ笑って楽しめる映画がよかったので、迷わずその古い映画館に向かいました。

19時3分前に着いたのに、チケット売り場に人がいません。声をかけると女性が出てきたので映画名を告げました。彼女はなぜかお金を受け取ると、再び席を立って一度中に引っ込み、しばらくして戻ってきてチケットを切りました。
「?」…もしかすると。

暗い階段を上ったところにシアターの入り口があり、上映技師らしい老年の男性が恐縮した顔で立っていました。
「えっと、何故か途中で雑音が入るんですよ。わずかですが、気になったら遠慮なく言ってください。今、理由を配信元に問い合わせているところですが」
「はあ…」
雑音の苦情を言われたら、上映を中断するということでしょうか。

曖昧に返事をしてシアターに入るとびっくり。
がらんとして誰もいません。
「じゃあ、始めます」と声が聞こえ、大音声で予告編が始まりました。
閑散とした場内をしばらく見渡し、特等席と思われるど真ん中の席に座りました。私一人のための上映会です。

チケット売り場の女性が一度引っ込んだのは、「一人お客がきちゃった」とでも伝えに行ったのでしょう。
半年ほど前、やはり同じ館の別シアターで観客が私一人だけを経験しました。
平日の夜だったので、こんなこともあるのか、申し訳ないな、と思った程度でしたが、今日は連休の夜。この古い映画館の行く末を案じてしまうのでした。

米国映画は、期待以上でも以下でもないお決まりのハッピーエンドで、ほんのりした気持ちでクレジットを半分残して出てきました。
シアターを出ると、技師が雑音はどうだったか、中は寒くなかったか、音量は大きすぎなかったかなど、一人だけの観客に気を遣って話しかけてきました。

ポテトチップスとポッキーが並ぶチケット売り場の小さなガラスのケース。ポスターの日焼け染みの入った白壁。セロテープで張られたチラシ。古い臭いの残る街中の映画。あと、どのくらい持ちこたえられるのだろう。
出口まで送りに来てくれた技師に「頑張ってください」と、思わず声をかけて館を後にしたのでした。


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