北海道の漁港の街。ふらりと入った小さな炉端焼屋のカウンターで焼酎のお湯割りに口をつけていると、後から隣に座った男性が、炭火の上で魚を焼いている女将に「日本に戻ったばかりなんだ」とつぶやいた。
「どこに行ってたんです?」と生ビールのジョッキを差し出しながら女将。
「ほら、拿捕されたってニュースになったろう」
「ええ、カニ漁船でしたっけ。確か3人が捕まって…」
「そんな昔のことじゃない。つい最近のことさ」
「…ええっと。ニュースはあまり見ないもので。いつ帰ってらっしゃったんです?」と大きな体をゆらしながら女将は金目の一夜干しをひっくり返す。
女将じゃ話し相手にならないと思ったのか、男性はおもむろに携帯電話を取り出して電話に出た相手と話し出した。
「そう、戻ったばかり。57日間だよ。まいったよ。監獄同然で食べ物なんてまったくないんだ。懲りたさあ。あんな船には二度と乗りたくないね」
隣の声はすべて耳に入る。話を繋げると、乗っていた漁船が11月にロシアに拿捕され、57日間の拘留。年末にようやく日本に戻ってこれた。ということらしい。
「長いよー、57日間だよ。ろくな食べ物もないし」
電話で話し終えた男性は、再びカウンター内の女将に話しかけた。女将は別の客の相手で忙しい。で、私と目があった。
「長いですよね。拘留されていた場所はロシアの収容所か何かですか」
好奇心の塊になって、思わず質問した。
「船の中だよ。沖合いに停泊させらてね。可愛そうなのは船長さ、全ての責任をとらされる。悪いのは欲の張った船頭なのにさ」と男性は手羽先をかじりながら話し出した。
船長と船頭は違うのだ。初めて知った。
考えてみたら、私は漁業のことを全く知らない。ほとんど毎日魚や魚介製品を食べているのに。じゃあ、農業はどれだけ知っているかと問われても困るのだが。
「57日間も食べ物はどうしていたんですか」好奇心が抑えられない。
「ロシアに注文して米や卵を買うんだ。21人分。それが信じられないくらい高く吹っかけてくる。しかも、すぐには持ってこないんだよ。だから、船底で冷凍になっているスケソウダラを食べる。毎日毎日、スケソウダラだよ。たまらない」
「ムニエルとか、なべとか、刺身とか?」
「スケソウダラは刺身では食べない。マグロと違うんだ」
男性は、何も知らない私を面白がり、丁寧に解説を加えてくれた。
マグロは「はえ縄」で釣り上げ、スケソウダラは「トロール」網ですくい獲る。マグロは暖かな海、スケソウダラは冷たい海に住む。
「57日間もたまったもんじゃない。給料の補償なく、ただ船の中で時間をつぶしている。無駄な時間だ」
男性は吐き捨てるように言った。同乗していたインドネシア人たちは月給制だから、仕事しなくていいと喜ぶが、日本人は出来高制。捕まる直前に捨てた魚と一緒に賃金も飛んでいったのだと。
「拿捕されたということは、違法操業だったということですか」
気になっていたことを口にしてみた。
男性は、にやっと笑って中ジョッキを飲み干した。
スーパーに並ぶ魚、飲み屋で焼かれる魚。何気ない庶民の食生活の中に、地球規模の様々な課題が隠れているということなのだろう。
「こんな仕事しているから、女房にも逃げられるんだな」男性は、空になったジョッキを見ながら、誰に言うともなくつぶやいた。
元旦の夜に一人で居酒屋のカウンターに座っている人の人生には、多くのため息が詰まっているのかもしれない。
そういう自分もカウンターに座っている一人なのだ。
48になった。
「どこに行ってたんです?」と生ビールのジョッキを差し出しながら女将。
「ほら、拿捕されたってニュースになったろう」
「ええ、カニ漁船でしたっけ。確か3人が捕まって…」
「そんな昔のことじゃない。つい最近のことさ」
「…ええっと。ニュースはあまり見ないもので。いつ帰ってらっしゃったんです?」と大きな体をゆらしながら女将は金目の一夜干しをひっくり返す。
女将じゃ話し相手にならないと思ったのか、男性はおもむろに携帯電話を取り出して電話に出た相手と話し出した。
「そう、戻ったばかり。57日間だよ。まいったよ。監獄同然で食べ物なんてまったくないんだ。懲りたさあ。あんな船には二度と乗りたくないね」
隣の声はすべて耳に入る。話を繋げると、乗っていた漁船が11月にロシアに拿捕され、57日間の拘留。年末にようやく日本に戻ってこれた。ということらしい。
「長いよー、57日間だよ。ろくな食べ物もないし」
電話で話し終えた男性は、再びカウンター内の女将に話しかけた。女将は別の客の相手で忙しい。で、私と目があった。
「長いですよね。拘留されていた場所はロシアの収容所か何かですか」
好奇心の塊になって、思わず質問した。
「船の中だよ。沖合いに停泊させらてね。可愛そうなのは船長さ、全ての責任をとらされる。悪いのは欲の張った船頭なのにさ」と男性は手羽先をかじりながら話し出した。
船長と船頭は違うのだ。初めて知った。
考えてみたら、私は漁業のことを全く知らない。ほとんど毎日魚や魚介製品を食べているのに。じゃあ、農業はどれだけ知っているかと問われても困るのだが。
「57日間も食べ物はどうしていたんですか」好奇心が抑えられない。
「ロシアに注文して米や卵を買うんだ。21人分。それが信じられないくらい高く吹っかけてくる。しかも、すぐには持ってこないんだよ。だから、船底で冷凍になっているスケソウダラを食べる。毎日毎日、スケソウダラだよ。たまらない」
「ムニエルとか、なべとか、刺身とか?」
「スケソウダラは刺身では食べない。マグロと違うんだ」
男性は、何も知らない私を面白がり、丁寧に解説を加えてくれた。
マグロは「はえ縄」で釣り上げ、スケソウダラは「トロール」網ですくい獲る。マグロは暖かな海、スケソウダラは冷たい海に住む。
「57日間もたまったもんじゃない。給料の補償なく、ただ船の中で時間をつぶしている。無駄な時間だ」
男性は吐き捨てるように言った。同乗していたインドネシア人たちは月給制だから、仕事しなくていいと喜ぶが、日本人は出来高制。捕まる直前に捨てた魚と一緒に賃金も飛んでいったのだと。
「拿捕されたということは、違法操業だったということですか」
気になっていたことを口にしてみた。
男性は、にやっと笑って中ジョッキを飲み干した。
スーパーに並ぶ魚、飲み屋で焼かれる魚。何気ない庶民の食生活の中に、地球規模の様々な課題が隠れているということなのだろう。
「こんな仕事しているから、女房にも逃げられるんだな」男性は、空になったジョッキを見ながら、誰に言うともなくつぶやいた。
元旦の夜に一人で居酒屋のカウンターに座っている人の人生には、多くのため息が詰まっているのかもしれない。
そういう自分もカウンターに座っている一人なのだ。
48になった。
jukutyouさんは、一人で居酒屋のカウンターに座ることはありますか。
お誕生日でしょうか?おめでとうございます
すごい人に
何気なくも
そんなところで会うものなんですね
このところ
鈴木宗男・佐藤優の
「特命外交『北方領土』」を読んでいたので
興味津々です
こういう本で読むと別世界の出来後のような気分ですが、
日常の出来事なんですね。
びっくりです。