「脱原発後の恒久的なエネルギーは、風力、水力、バイオマスなどの自然エネルギーに頼るべきなのに、なぜ、風力発電に反対するの?」
このような声を聞く。
風力発電が、環境にいいエコなものと思っている人も少なくないのかもしれない。
反原発運動をしていた藤田祐幸が住んでいた雪浦が、風力発電に反対していることに対して、不思議に思っている人もいるかもしれない。
そこで、以下に簡単にまとめてみた。
原発の持つ大きな問題は、「いのち」の問題であった。
誰かの犠牲の上に立つ幸せは、幸せとは言えない。
原発が誰の犠牲の上に立っていたか・・、もう今では誰でも知っている。
原発の先にあったもの・・・、それは、人間の時間ではどうにも取り返しのつかないものだった。
人間は、はるか昔から、自然とうまく付き合いながら生きるすべを知っていた。自然と人間、人間と人間が共生できる社会の在り方に、本当の豊かさを見つけられるはずだ。水を循環させているのは太陽エネルギーであり、光合成で育つ植物も、植物を食べて育つ動物も、元をたどれば太陽エネルギーが姿を変えたもの。風力や水力やバイオマスなどの再生可能エネルギーも、すべて太陽が放出したエネルギーに由来する。これからの再生可能自然エネルギーは、脱原発社会の私たちの暮らしを支えるだろう。これは、私達の思いである。
では、なぜ風力発電に反対なのか・・・
これも、まさに「いのち」の問題である。
雪浦に計画されている風力発電所は、羽根の直径が117メートルもあり、洋上(海の上)に建てる大規模のものである。羽の周りは新幹線より早い速さで回る。そこからの絶え間ない騒音と、耳に聞こえない低周波が、近隣の住人の体をむしばむ。保育園も小学校も中学校も高校も近隣にある。高齢化の進んだ地域だ。子供とお年寄りは、この地域に一日中いるため、常に音が聞こえていることでイライラ、集中力の欠如、抗うつ・・、さまざまな健康被害を受ける。また、高血圧、心臓病なども世界的に報告されている。
何が問題なのか・・・「大きすぎること、近すぎること」。
私達は自然エネルギーに大いに賛成である。でも、それは、小規模で、人の手に負えるもの。
山を切り開いて、まっすぐな道路を作り、森の上にコンクリで固められた土地を作り、巨大な構造物を作り、沢山の森の命を犠牲にし、誰かの苦しみをうむようなエネルギーはいらない。
"世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない"(宮沢賢治)
雪浦は、美しい海・山・川に囲まれた、自然豊かな地域。
はるか昔からここにあり、命と暮らしが脈々と受け継がれてきた。何も求めず、何も奪わず、変わらない毎日をそのまま未来へ受け継いでいく。何でもないこのことが一番大事なことだと知っている。「この地域に生まれてよかった」と、言葉にもせずに思っている。
美しい雪浦にひかれて、移住してくる人も多い。私もその一人。
そして、父もその一人。
本当の自然エネルギ―とは何か。
本当の豊かさとは何か。
今一度、考えてもらいたい。