宮古市ではありませんが、実際に被災地を見てきた品川区民として宮古市の根性に何だか泣けてきました。
今年も無償でさんまを送ってくれた宮古市に敬意を表します。
毎年恒例の奥さんの里帰り。
昨年までは8月の1か月間の里帰りでしたが、今年からムスメが小学生になった為いろいろ行事があり、2週間の帰省です。
残されたKumoは・・・
今日は夜勤明け、夕方のバイトまで時間がタップリ。
昼前に自宅に戻ってから軽くプシュッと1本。
そしてチャリで出動。
豪快家の五郎メン野菜増しあ~んどライス(無料)。
野菜をぶっかけた所。
その後カラダからアルコールとカロリーを抜く為恒例のサイクリング、本日は山王&池上。
ちょっと前まではお屋敷町だった山王、何だかほっとするスポットが沢山あります。
そして夜はバイト!
夏休みのパーキング屋は稼ぎ時。
走ってなんぼの世界。
忙しかったzzz
Kumoが添乗員だった頃に重宝していたシャープの電子手帳。
これを愛用していたのは今から16年くらい前でした。
当時殆んどの添乗員は携帯電話なんて持っておらず、旅先では公衆電話をさがして走る日々。
電子手帳もあまり普及していなかったので、分厚いファイルや行程表やら大量の書類をポッケやバックに突っ込んでいた時代。
ちなみにこの時代のデジカメは超高級品。
この電子手帳には手書きメモや簡単なエクセルような機能も付いていて、当時はかなり便利なデバイスでした。
あとはこれに電話機能とネット閲覧、カメラ機能なんかが付いたら夢のデバイスになるんだけどな・・・などと思っていました。
しかし、あれからたったの10数年でそのデバイスが現実の物となってKumoの前に現れたのす。
画像はKumoが愛用しているipod、今のKumoにはipodだけで十分です。
これからも進化を続けていくんでしょうね。
Kumoが添乗員をやっていた頃にこのデバイスがあれば、もっと楽しい便利な添乗員ライフを満喫できたのにね。
ドイツロマンチック街道でも日本にいるベテラン添乗員とFacetimeでやりとりしながらガイドすれば不安もなかったでしょう。
便利な時代になったもんだ!
こんな方もいらっしゃいますね、最後の方にPA-X500が登場します。
添乗員を引退して早12年。
所属していた会社は退社したものの、派遣添乗員として登録は残しておきました。
そんなKumoに12年ぶりに添乗の仕事が舞い込んできたのです。
ロスアンジェルス添乗5日間
本業のホテルは奇跡的に休む事ができました。
あっという間に打ち合わせ等の業務が終わり添乗当日となりました。
ちょっと緊張気味にエアポートナリタの中で書類を読み返す。
昔と同じ・・・
そこである事に気付いたのです。
パスポート忘れた・・・
速攻で電車を下りて自宅に引き返す。
途中でとんでもない事に気が付く・・・
添乗員を引退して12年、パスポート、とっくの昔に期限が切れてる・・・
そこからが大変です。
派遣先の旅行会社の担当者に連絡。
なかなか担当者が捕まらない!
迫る集合時間!
あーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
ここで目が覚めました。
良かった
本当に良かった。
会社はバイク、バイトはクルマ、バイク、時々自転車通勤なKumo。
基本は会社はバイク、バイトは車通勤です。
ところが
かれこれ15年乗り続けている90ccスクーターが10年ぶりに3回目の入院をしました。
今回はブレーキ系統の経年劣化。
そんなわけで
現在会社には自転車で通勤しています。
自宅から会社までは自転車で10分。
たいした事はありません。
ちなみにバイト先まで自転車で40分。
坂あり逆風ありでなかなか楽しいです。
ただ深夜の帰宅となる為、誰もいない節電で真っ暗な埋立地工業地帯の外れを1人で走るのはちょっとスリリング。
茂みに覆われている道が多く、本当に真っ暗なので、自転車のライトだけが頼りです。
途中火葬場の裏を通らなければいけないのですが、ここだけは何度通っても慣れません。
1度真っ暗な歩道に人が歩いていて、いきなりライトで照らされる視界にその人が見えて声を上げてしまった事がありました。
多分どこかの工場の夜勤に向かう人だと思いますが、あんな所をよく1人で歩けるものだと感心しちゃいました。
それくらい人気のない帰路なのです。
そんな自転車通勤ですが・・・
クルマやバイク通勤時には実行できない良い事もあります。
火葬場を抜けるとようやく道が明るくなり、ポツンと1件のコンビニがあります。
そこでプシュッ!
本当はいけないんだけどねー
1本空けてホロっとしたところでおソバなんかを食べに行って帰宅です。
実に健康的だっ!
?
あ、勿論自転車はおして徒歩で帰りましたよ。
池上本門寺の階段を上ったらコヤツがひなたぼっこしてました。
実に気持ち良さそうです。
ちょっとイヂワルして・・・
こんなにカメラを近づけても起きる気配全くナシ。
いいな。
カラスを追っ払おうとベランダのてすりの乗って屋根を叩いた瞬間ゆれ始めました。
絶妙なタイミング。
結果、ムスメはKumoが屋根を叩いたので地震が起きた・・・と認識し本気で怒っています。
まさかこんな大惨事になるなんて。
奥さんの実家や親戚が停電でかなり困っています。
これからが大変。
NYC、Kumoの死んだオヤジが大好きだった街。
そんな影響もあってか、NYはプライベートで3回、添乗員の仕事で・・・何回行ったんだろ?
ちなみにプライベートでの訪NYはいずれもトロントに住んでた時に行きました。
プライベートでのNYも楽しかったのですが、Kumoにとって印象深い思い出は全て仕事での訪問でした。
その中で最も印象深かった添乗の仕事は、某金融関係の視察旅行に添乗させていただいた時でした。
通常添乗中は動きやすい格好のKumoですが、視察旅行添乗の時はスーツという掟があり、スーツを着こんでウォール街をコツコツ歩いていると気分はちょっと金融人。
また、視察旅行というのは普段行く事のできない所や出来ない経験ができるのも楽しいもの。
今は無きワールドトレードセンターの中での会議に同席させていただいたり、ニュースでよく見かける証券取引場の取り引き真っ最中のど迫力の現場に入場させていただいたり(セキュリティーがメチャ厳しかった)、先物取引場の現場を見せていただく事もできた。
20歳の時に初めて訪問した時のNYはとても荒れていましたが、市長がが変わって現在はとても綺麗な街になった(ってしまった)NY。
KumoのオヤジもKumoも、あの落書きだらけの窓の割れた地下鉄が好きでしたが、今はもう見る事ができません。
ヒマな時間にちょっとお客様から離れて、行きつけの店で背中を丸めてベトナム料理つっついてた頃が懐かしいです。
奥さんとムスメは豊洲のイベントへ。
お約束のルーフバルコニーで飲んだ後はラーメン。
本日は平和島の暖々の二朗インスパイア!
ガッツリスープまで飲んじゃいました。
暖々の前で後輩と解散。
その後
前日の夜酔っ払ってた時に奥さんムスメと鍋ぞうに行く約束をしていたらしく、豊洲にいるムスメから電話があり、断るわけにもいかず、奥さんムスメと待ち合わせ、鍋ぞうにいきました。
昼のみしたあとの二朗ラーメン、鍋ぞうのしゃぶしゃぶ食べ放題はキツかった。