本日も夜勤明けでバイトがない。
いい加減無バイトが続き嫌になってきたが、こういう時こそカラダを休ませないと。
ヒマだったので
奥さんを連れて大井町の昭和な中華料理店に行ってきました。
実はこのお店、中学時代のクラスメイトが経営するお店。
彼と30年ぶりにお話しする事もできました。
おもいっきり昭和を楽しみ、また来店する事を約束してお店をでました。
たのしかった( ^ ○ ^ )/
本日も夜勤明けでバイトがない。
いい加減無バイトが続き嫌になってきたが、こういう時こそカラダを休ませないと。
ヒマだったので
奥さんを連れて大井町の昭和な中華料理店に行ってきました。
実はこのお店、中学時代のクラスメイトが経営するお店。
彼と30年ぶりにお話しする事もできました。
おもいっきり昭和を楽しみ、また来店する事を約束してお店をでました。
たのしかった( ^ ○ ^ )/
ビジネスホテルで働いている関係上、週に1回はデリヘルが来館します。
当然の事ながら、フロントでお声がけして追い返します。
たまにデリヘルをデリバリーするドライバーが怒鳴り込んでくる事もあります。
たまにお客も何で追い返したんだとフロントに怒鳴り込んでくる事もあります。
だって保安管理上、登録されたお客様以外は客室にお通しできないんだもん。
それにしても・・・
いろんなデリヘルがいますよね。
ロリ系、超キレイ系、セクシー系、超熟女系、デブ系と、色々な好みに対応できるようになってるんですね。
また
アタリとハズレもありますね。
同じ料金を払うんだったら、やはりアタリがいいですよね。
バスドラ仲間でデリヘルのドライバーをやっている人がいます。
話を聞いていると面白そうなので、ちょっと興味あるかも。
本日は夜勤明けでバイトなし。
お気入りの自宅のルーフバルコニーでゆっくり飲んでます。
規制の関係上、自宅の半径数キロ以内には2階建て以上の建物が無いので、眺めはなかなかです。
六本木ヒルズ、東京タワー、羽田空港に離発着をする飛行機もよく見えます。
おととしまではTDLの花火も小さく見えたのですが、いつからか見えなくなっていました。
ちょっと寒いけど、遠くに見えるビルの明かりが暖かく感じたりして。
ちょっと贅沢になれる瞬間です。
バイト先ではバス転がしだけでなく、沢山のクルマの移動や、本業がホテルという事もあり電話番やカウンターで接客をやらされたりもします。
ここ数年、1日に何台も移動する機会の増えたプリウス。
パフォーマンスも嫌いじゃないし、確かに良いクルマだと思うのですが・・・
何か物足りない、ゴーカートみたい。
やはりKumoは狭い車内でクラッチを蹴るクルマの方が好きです。
午前中、奥さんとムスメに付き合っていってみヨーカドーへ。
そのままフードコートでランチ→帰宅。
午後も何もする事がないので1人マウンテンバイクで武蔵小山商店街へ。
パンツを1本購入。
自転車に乗ると何だかとてもカラダに良い事をしたように思うのはKumoだけでしょうか?
特に重い食事のあととか。
こんなカンジです!
16歳で原付、普自ニ
18歳で中型(普通車)
30代後半で一気に大型、大自ニ、大ニを取得。
最後に取得した大型二種は、教習所ではなく試験場で取得。
7回目でやっと合格もらいました。
Kumoの奥さんはワイン大好き。
当然のごとく毎年解禁日の夜、我が家はパーティーです。
こうして見てみると
すごい組み合わせ。
ごちそうさまでした(^ ● ^)
羽田空港。
日々カタチが変わっていきますね。
子供の頃、父とよく遊びにきた所。
国際線がバンバン飛んでた頃でした。
新国際線ターミナルがオープンして、また昔のような羽田になるのかな。
個人的には哀愁漂う旧国際線ターミナルが好きだったりして。。。
地元の住宅街を歩いていると、いきなり現れるこのラーメン店。
むかーーーーーしからずっと気になっていたのですが、なかなか機会に恵まれずにいました。
だけど
とうとう食べる事ができました!
正統派東京ラーメンでした。
しかもキレイな透き通ったスープが実にウマイ!
手抜きのない味です。
それでたったの400円!
Kumoは小心者なのでお店の人の前でラーメンの撮影はできませんでした。
今度はいつ行こうかな。。。
その時はラーメンの画像もアップします。
Kumoはいわゆるスーパーカー世代です。
小学生の頃、いつかあんなクルマに乗ってやるっていうのを生きるエネルギーの1つとして生きてきた世代です。
スーパーカーは無理なものの、ポルシェくらいだったら貯金で購入できるようになったのが社会人4年生で29歳になった頃でした。
当時のKumoはバリバリ(死語)の添乗員として、1カ月に2~3回の海外添乗をする毎日。
当時の添乗員の収入は海外添乗手当やら滞在中食事手当やら、お土産店からのコミッション他で今では考えられないくらいの破格。
忙しい季節は振り込まれた給料を引き出す前に次の給料日が来てしまう事もあり、貯金は貯まる一方。
当時購入を考えていたのがポルシェ911カレラ。
しかし経済的に購入できる環境になっても、月の半分以上を他の国で過ごす生活にクルマは不要。
当時の愛機は90ccのスクーター。
会社に行くのも当時の彼女と遊ぶ時もこのスクーターが大活躍、維持費がかからないのでさらに貯金は増えていきました。
15年前に購入したこのスクーターは今も愛用しています。
そんなKumoも添乗員を引退し、ホテルで働き始めてクルマを購入するチャンスがやってきました。
毎日家に帰る事ができる生活が始まり、クルマを購入しようと思い、なに気なく当時晴海にあった大型中古車展示場へ。
そこで出会ってしまったのが現在の愛機、180sxでした。
当時ポルシェへの興味はすっかりうせて、シルビアを探しに行った中古車展示場でしたが、そこに1台だけディスプレイされていた、ほぼノーマル状態の180SXが、スーパーカー世代のKumoの血を蘇らせました。
180sxというと、下品な走り屋仕様に改造されたものばかりなのですが、この180sxはほぼノーマル。
ただ、車高だけはローダウンされ地面に張り付くようなボディ、さりげなく存在を主張するアルミホイル。
そしてスーパーカー世代のシンボルであるリトラ!!!
その日自宅に戻ってからも忘れる事ができない。
他の中古車展示場でも180sxを見かけるのですが、どれも改造されており、オリジナリティーはあるものの、イマイチでした。
結局数日後、再び晴海の展示場に行くと、当時人気車種であったにもかかわらず、Kumoのお目当ての180sxは展示されていました。
そして試乗し、180sxの呪縛にとりつかれ契約、翌日に現金一括払いで購入しました。
生まれて初めての自分のクルマでした。
まさか10年以上も乗るとは思ってもみませんでした。
今でも車検やオートバックスとかで店員さんに、こんな状態の良い180SXはもう見つかりませんよ~とか、手放す時は絶対に連絡して下さいと言われます。
3年前にファミリーカーとして新車でセダンを購入しましたが、やはり運転する事が楽しめる180sxに比べたらゴーカートのようなもの。
そんな180sxですが、再来年の車検までには手放すつもりです。
やはり23区内で住宅ローンを抱えながら子供を育てるWワークなリーマンには、2台のクルマを維持するには限界があるようで・・・(涙)
これが現実・・・
子供が巣立ってもし余裕があるようであれば、再びスポーツカーのクラッチを蹴る事が出来る日が来る事を心より願います。
エコカーだのハイブリッドだの、最近地球にばかり気を使って、人々の生活が不便になってきたような・・・
運転、走る事が楽しいクルマ、最近少なくなりましたよね・・・寂し・・・
しばらく寝室に篭ってましたが、あきちゃったので家を出たものの、既にのんじゃってるのでクルマもバイクも×
仕方がないのでガレージのクルマの中でふてのみしてます。
コレのんだらチャリで出動。
どこかでオイシイ物を食べてやる!
本日夜勤明け・・・だけどバイトはお休みです。
おとといもお休み。
最近休みが多い。
最初は神様が休めって言ってるんだってノンビリしていましたが、昨年に比べ収入が大きく減額。
バイトの収入=Kumoのお小遣いなので深刻な問題です。
そして追い打ちがっ!
ケロっと忘れていた地震保険の満期日が来週にせまり請求が20数万円!
我が家のルールでは衣類、ガソリン、家族外食代、家族旅行代、生命保険、自動車保険他は全てKumoのお小遣いから支払わなければならず
定期を解約して支払いました(涙)
この出費はかなり痛いです。
沖縄家族旅行のカード払いした旅費の請求が来たばかりなのに・・・
そんなワケで3つめの仕事をしようと、ある会社にコンタクトをとってみました。
とりあえず面接だけしてみて、ゆっくり考えてみます。
9年前もこんなノリでWワークが始まったんですよね。。。
ちょっと面白かったのでアップします
Kumoの働く会社はWワークを禁止しているのかどうかわかりません。
しかし以前働いていたホテルから現在働くホテルへ転職の際、他に仕事をしている事は申告済です。
この事実はKumoの直属の上司で止まっていて、それより上には伝わっていないハズですので、バレた時はどうなるのでしょうか?
ちょっとコワかったりします(汗)
バスの運転席からの羽田新国際線ターミナル
大学を卒業してすぐにカナダ、トロントへ飛んだ。
カナダ到着後2週間で未経験ながら内装工事の仕事を始めました。
社会保険ナンバー、医療サービスを無料で受ける事のできるカードもゲットし、いずれは定職に就いてそのままカナダで暮していくつもりでした。
しかし当時北米の景気は今のように最悪の状態、すぐに仕事を失いました。
草刈り、コンビニのレジ打ちなどで日銭を稼ぎながら、地元のパブリックスクールのESL(無料)に週5日通いました。
学校でKumoは唯一の日本人、遊びに出かける時も日本人はいつもKumoだけ。
とっても深い(!)お付き合いをしていた女性はポーランド人。
こんな環境が現在Kumoが操る英語に大きな影響を及ぼしています。
結局まともな仕事が見つからず1年半で帰国、3か月ほど何もしない生活をした後何となく添乗員になりました。
1か月に2~3回の海外添乗をする毎日。
これが実に楽しい仕事(遊び?)だった為、6年もハマっちゃいました。
こんな事一生続けてはいけないと転職を決意、大学時代に経験のあったホテルを選択。
ホテル専門学校へ行く事も考えましたが、学校よりも現場なので、都内のホテルのフロントでバイトを始めました。
8か月働き、都内老舗御三家系列のホテルへの就職が決まり転職。
そこでホテルという物をタップリ勉強させられました。
その後、契約社員から正社員になり結婚。
結婚生活も落ち着き、ある朝新聞に挟まっていた広告に載っていた現在働いているバイト先の求人がKumoの生活を変えました。
話を聞くだけのつもりで行った面接でしたが、何とかなりそうなのでお試しで働いてみました。
ここからKumoのWワークな生活が始まりました。
この時このバイトがこんなに長く続くなんて思ってもいませんでした。
ちなみにバイトを始めた当初のKumoは大型免許も大型二種免許も持っていなかったので、バスとは別の業務をしていました。
しかし不思議なもので、他のスタッフがバスを転がしているのを見ているうちに、何となくバスへの興味がわいてきちゃいました。
現在働くホテルに転職をすると残業がなくなり、時間に余裕が出来たのをきっかけに、当時は中型免許制度がなかったので、大型免許を取得、晴れてバスのハンドルを握る事ができたのです(バイト先のバスは白バスの為大型一種でOK)。
Kumoの悪い(良い)癖は、1つ手にすると次が欲しくなる事。
お客を乗せるんだからやっぱ二種・・・
この時に既に中型二種免許制度はありましたが、あえて大型二種にトライ!
すぐに試験場の門を叩き、7回目の技能試験でやっと大型二種を取得し現在に至ります。
ちなみにこの大型二種、都内の公認教習所で取得すると50万円くらいかかります。
試験場で取得すれば、学科2回、技能試験7回受けても教習所の5分1以下の費用で済みます。
旅行業、ホテル業しか知らなかったKumoに運輸業界という新たな世界が広がったのでした。