天使のお迎え
「生きづらい世の中になったわ」
すべてに疲れきったキミコはマンションの屋上から下界を見下ろした。
だが、死ぬ勇気もない。
首を引っ込めて大きなため息をつくと漫画の吹き出しのような白い息が出た。
目の前をはらりと白いものが落ちていく。
あ、初雪だ。
そう思って空を見上げたが、落ちてきたのはそれ一つだけ。
しかも落ちたはずの初雪がふわふわと目の前に漂っている。
キミコは捕まえようと手を伸ばしたが、白くて丸いものは意思を持っているかのようにすっと離れた。
これ何? 生き物?
もう一度そっと手のひらを近づけた。やはり不自然な動きで逃げる。
首をひねってじっと見ていると丸い形が変形し始め、頭と胴に別れてクリオネのような形になった。背から翼が生え羽ばたくのも一緒だ。
ええっ天使? まさかね。新種の虫かしら? かわいいっ。
やっぱ天使かも。わたしをこの世から救いに来てくれたのかな?
そう思いながら、もう一度手を伸ばす。
突然、つるんとした顔が真横にぱっくり割れた。赤い断面に尖った白い粒がびっしり並んでいる。
口? と思った瞬間、それは人差し指の先に食らいついた。
「ぎゃっ」
手を振りまわすと飛ばされたのか一瞬いなくなったが、人差し指の肉が引き千切られている。
指を押さえ戸惑うキミコの前に血まみれの『天使』がふわふわ戻ってきた。
それに気づいて全速力で屋上の出口に向かって走ったが、脚の激痛で転んでしまった。ふくらはぎの肉を『天使』がはぐはぐと抉っている。
負けじとつかみ取ろうとするキミコの喉笛に『天使』が飛びついた。肉を食みながら体内へと潜り込んでいく。
空を仰いで転がるキミコは次から次へと降ってくる雪に気付いた。それらすべて自分の上に舞い降りてくる。
死にたくない、助けて。
心からそう思ったが、外からも中からも食い尽くされ、かじられていく眼球で最後の空を見ているしかなかった。
下では初雪を喜ぶ子供たちの歓声が聞こえている。
だが、それらはすぐ絶叫に変わった。
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