拳をいったん止め「お前らは誰だ? わしの家から出ていけっ」と叫び出し、さっきよりも強い力で窓を叩き始める。
「やべっ」
ダンダは慌てて懐中電灯を消したが、男の視線は四人から外れることはなかった。
「どうする?」
エイジは皆の顔を見渡した。
「あのおじさん、なぜかここに入れないみたいだからさ、このままずっとここにいる?」
チャメが怖いことを言い出す。
「やだよ。幽霊にずっと睨まれてるなんて」
ババクンがすぐさま却下した。
エイジもうなずく。
「一気に窓から飛び出て全速力で逃げようぜ」
ダンダが一人ひとりの顔を見て提案した。
「一気には無理だよ。特に最後は危ない。捕まったらどうする?」
エイジが首を振った。
「俺が最後になる。あんな幽霊怖くねえし、捕まったら蹴り入れるさ」
ダンダが頼もしい笑顔を皆に向けた。幽霊に蹴りを入れられるかどうかわからなかったが、笑顔につられエイジたちはうなずいた。
「わかった。オレが窓を開けて先に飛び出す。せーので行くぞ」
エイジが素早く窓に駆け寄り「せーのっ」とサッシを引いた。だが、びくとも動かない。後ろに続いていた三人がぶつかり重なって、「何やってんだっ」とダンダが声を荒げた。
「あ、開かないんだっ」
確かに錠はかかっていないのに一ミリの隙間も開かない。
男がエイジの目の前に立つ。ガラスを隔てているとはいえ割れた頭と血まみれの顔がまともに見えて脚が震えた。
「わしの家から出ていけぇぇ」
血の泡を飛ばし叫びながら窓枠に手をかけるが男にも開けられず、再び叫んでガラスを叩く。
男の目がダンダの割ったガラスの穴に気付いた。
タコのように柔らかく頭を変形させ、少しずつ中に入ってくる。
穴の縁に削られこぼれ落ちる脳が筋を引きながらガラスを伝い、引っかかった眼球はずるずる神経を伸ばしぶら下がる。それでも男は入ろうともがいている。
エイジは呆然として目を離せないでいた。
「おいっ」
ダンダの声で我に返る。
同じように放心状態だったチャメもババクンも正気に戻ったようだ。
「こうなったら玄関から逃げようぜ」
そう言いながらダンダが急いでリビングのドアに向かい、エイジたちも後に続いた。
だが、ダンダが開けたドアの向こうには真っ黒に腐敗した死体が立っていた。
顔や手足がぱんぱんに膨らみ、強烈な腐臭を発散させている。さっきから漂っていた臭いだった。
染みだらけのスカートを穿いたその死体は黒い体液を滴らせよろよろとリビングに入ってきた。
「まだ生きてたんかっ」
握りしめた分厚いガラスの灰皿をぶんっと振り下ろす。
先頭にいたダンダがとっさにそれをかわし、真後ろにいたエイジの脳天に凶器が落とされた。
陥没した頭から血を噴き出し、エイジは悲鳴を上げる間もなく仰向けに倒れた。
「死ねっ出ていけぇぇ」
叫んで灰皿を振り回す女を左右に交わしながらダンダが女の注意を引く。その隙にチャメとババクンは倒れたエイジを引きずってリビングから廊下に出た。
声を上げて泣くチャメと蒼白になったババクンはそれでも手を緩めず、玄関に向かう廊下を血の線を描きながらエイジを引きずって進んだ。
ダンダは廊下に飛び出ると同時にドアを閉め、女が出てこないよう全身で押さえた。
がんがんと灰皿を打ち付ける激しい音が中から響く。
玄関に到達した二人は扉を開錠し、エイジを外に引きずり出した。
それを見届け、ダンダがいっきに走り出てくる。
扉を閉める瞬間、灰皿を振り上げた女がリビングから出て来るのが見えた。
衝撃がくるのを覚悟しながら扉を押さえていたが、何分経っても静かなままで、ダンダはそっとその身を離した。
「外まで、追い、かけて、こない、ね」
意識がないままのエイジに寄り添うチャメがダンダを見上げる。
「ああ、きっと家の中だけの問題だったんだろ」
吐き捨てるようにそう言うと、ダンダは大きなため息をついてエイジを見下ろした。
「おい見ろ」
エイジの頭部には何の異常もなかった。陥没もしていなければ出血もない。
「あれ? 大丈夫だ」
チャメが涙をぬぐって笑顔を浮かべた。
「ただの心霊現象だったんか?」
ババクンもほっとする。
だが、名を呼び軽く頬を打ったり肩を揺すったりしてもエイジはまったく目覚めない。
チャメがまた泣き始めた。
「とりあえずここから離れようぜ」
ダンダとババクンがエイジを肩に担いで門を出た。
近隣の家々は来た時と同じでひっそりと静かなままだ。
「触らぬ神に祟りなしか――」
最初からこの家のウワサは真実だと示されていたのだ。
ダンダはそう思った。
閉店間際のスーパーでは見慣れぬ少年たちが無断で置いた自転車が問題になっていた。
そこへ戻って来た少年たちを店長が注意しようとした。
だが、一人が意識不明の重体だと知り、すぐ警察に通報し救急搬送の要請をした。
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