NINAの物語 Ⅱ

思いついたままに物語を書いています

季節の花も載せていきたいと思っています。

仮想の狭間(21)

2010-04-11 23:06:19 | 仮想の狭間
 駅前には加藤の自動車の横にもう一台黒いセダンが停まっていて、中にサークルのメンバー三人が乗っていた。
二台で撮影場所まで行くことになっているようだ。
真理たち夫婦は加藤のワンボックスカーに乗るように促された。
後ろのシートに真理と並んで乗るものと思っていた敏之が、加藤の横の助手席に勝手に乗ってしまった。
真理は後ろのシートに一人で掛けて、前の二人を見る形になり、加藤が夫と並ぶのでどんな話が出るのかと心穏やかではなかった。
車は琵琶湖岸に出て北上していく。
青い湖面と道路沿いの黄色く色付いた並木が美しく目に入って来る。
前で敏之が加藤に話しかけている。
以前に勤めていた会社のことや定年後に勤めだした職場のことなど、自分の経歴を紹介しているようだ。
加藤も自分自身のことを話しだした。
真理はメールのやり取りはしていても、加藤の経歴をほとんど知らなかったので興味を持って聞き耳を立てた。
加藤は琵琶湖西岸の農家の生まれで、京都の大学を出ると商社に就職をして、営業マンとして各地を転々としていたようだ。
定年を迎えたのを契機に故郷に戻って、親がやっていた農業をしながら好きな写真を楽しんでいるという。
「ほう。」と羨ましそうな相槌を敏之は何度も打っている。
加藤のあの満面の笑顔や、メールにみられる人を惹き付ける文章、言葉はこれまで彼が歩んできた職業からきているものか、それとも人柄によるものか、いやその両方が加藤という穏やかな人物を作り出しているのであろう。
その魅力に真理は惹かれてしまったのである。
長浜城近くのホテルの喫茶コーナーで休憩をとった。
そこでも加藤と敏之はコーヒーを飲みながら話が弾んでいる。
 現地に着くと加藤がメールで書いていたように湖岸にヨシが生え、それが枯れている様に風情があり、ここから見る夕日の景色は絶好の撮影スポットだろう。
前方に小さな島が見え、対岸に山々が連なっている。
夕日にはまだ早いので、波間に浮かぶ水鳥を写真に撮ったり、田畑の風景を撮ったりと各自が思い思いに時間を過ごしていた。
加藤と敏之はよほど気が合ったのか行動を共にしているので、真理もその後を付いて歩いた。
加藤は自分の愛用のカメラを見みせながら得意そうに説明をしていて、敏之がそれに大いに興味を持ったようだ。
二人の間に真理の入る空きはない。
これほどこの二人が親しくなるとは予想もしなかったことだ。
本来なら真理の傍で加藤が山崎のように親切にアドバイスをしてくれていたはずなのに、と敏之を連れてきたことを後悔する。
夕暮れ近くになると湖岸道路の歩道はカメラマンの三脚がズラリと並ぶ。
陽が落ちるまで、真剣な顔で彼らはレンズを覗いている。
真理と敏之は三脚もデジタル一眼レフも持っていないので、二人してコンパクトデジカメで夕日を撮ったり、暮れかかる辺りの景色を撮っていた。

 帰りの電車の中での敏之は来る時とは全く違って明るく、先日の電話で気落ちした何かから吹っ切れたように思える。
「俺も写真サークルに入れてもらおうかな。
デジイチも買わなければね。来週にでもカメラ店へ行ってみようか。」
真理にしてみれば今回一回だけのつもりの夫の同行が、今後も続くのかと思うと憂鬱になる。
インターネットの世界から現実の世界に飛び出して得た甘い楽しみの中に、夫が入って来ることはその終わりを告げるものなのだ。
彼がゴルフと称して他の快楽を得ていたことは想像されるが、真理自身も山崎とのメールや写真サークルの中で、夫を少なからず裏切っていたのは確かなことで彼を責めることが出来ない。
数日後、電器の大型量販店で一眼レフカメラを二人で選んでいた。
敏之は加藤から教えてもらったカメラの知識を生かしているようだ。
相変わらず山崎から毎日甘いメールが送られてくる。

仮想の狭間(22)

2010-04-11 22:41:57 | 仮想の狭間
 一眼レフデジカメを買って以来、夫の敏之は近所の景色を写真に撮ったり、庭の花を撮ったりと熱心に取扱説明書を見ながら撮影会に行く準備をしている。
真理にもカメラの使い方を教えるが、今一つ夫と撮影会に行くことに抵抗のある真理は何時も上の空で聞いている。
12月の撮影会は京都の洛北だそうだ。
山崎や加藤がメールで熱心に誘って来るが、以前ほどウキウキとした気分にはなれない。
「今度の撮影会は来月の第2日曜日だそうよ。」
リビングのソファーにかけてテレビを見ていた敏之は、真理の言葉を聞いて手帳を取り出した。
「その日は会社のOB会のゴルフコンペがある日だ。
これ休むわけにはいかないんだよな。」
予定表を見ながら敏之は如何にも残念そうだ。
「撮影会はまた何度でもあるんだからゴルフの方へ行けばいいじゃないの。」
真理は夫が参加しないと分かると俄然やる気が出てきた。
その日からカメラの取り扱い説明書と首っ引きで使い方を覚えようとしたが、なかなか分かり辛い。
少々理解できていなくても山崎や加藤が優しく丁寧に教えてくれるだろうと、覚えるのを諦めてしまった。

 撮影会の当日、山崎が京都駅まで真理を迎えに来る手はずになっていた。
京都駅南口の駐車場で待っていると言うので、真理は南口を出たところで山崎の携帯に電話を入れた。
直ぐに彼の車がやって来たので助手席に乗り込もうとして真理が後部座席を見ると、真理と同年代の顔見知りの会員の女性と、40過ぎかと思われる若い女性が乗っている。
「おはようございます。」
挨拶をして山崎の隣に乗った。
「新しい会員さんですよ。」
山崎は親指を後ろに向けて上機嫌で言った。
洛北岩倉の実相院前に着くと加藤や他の会員が待っていた。
その辺りの神社や岩倉具視邸、実相院などを思い思いに皆が撮影をすることになった。
12月ともなるとこの辺りは冷え込む。
真理は薄着をしてきたのを悔みながら、山崎らの後ろを歩いて撮影場所を探した。
山崎らが神社の前で撮影準備にかかったので、真理もそこに決めて階段下から上に向かって写そうと三脚を出して設置にかかったが上手くカメラが三脚に載らない。
山崎はと見ると、先程車の後部座席にいた若い女性の傍で何やら熱心に教えていて真理の方を振り向きもしない。
手と首筋が冷たくなってきて焦り、三脚とカメラをガタガタさせていると加藤が通りがかりに気付いて設置してくれた。
加藤がカメラの使い方を説明していると山崎が近寄って来て、
「真理さん、良いカメラを持ってきたね。」
と声を掛けたが直ぐに若い女性の方に戻ってしまった。