NINAの物語 Ⅱ

思いついたままに物語を書いています

季節の花も載せていきたいと思っています。

仮想の狭間(1)

2010-04-14 13:01:20 | 仮想の狭間
 百合子は今日も慌ただしい朝を迎えた。
夫と息子を送り出すとホッと一息ついて、ゆっくりコーヒーを飲みながらテレビを見るのが日常である。
庭に目をやると、去年球根を植えたチューリップやアネモネの色鮮やかな花が朝日を浴びて輝いて見える。

 6年前までは夫の勤める大阪にある会社近くのアパートに住んでいたが、一人息子の亮太が通う公立小学校でもいじめが取りざたされ、6年生になった折にもっと自然豊かな環境の中で、伸び伸びとスポーツも勉強もさせてやりたいと、郊外の庭付き一戸住宅を購入して移ってきた。
近くの駅までは徒歩15分ほどで、夫の壮介の通勤時間は一時間余りになる。
しかし緑が多く空気の澄んだこの環境に夫婦とも満足している。
 亮太は小学生の頃からサッカーをやっていたので、越した先の中学校でも、高校でもサッカーに夢中になっている。
通っている高校は県内屈指の進学校で、大学受験のため勉学に力を入れなければならず、三年生なった今はそろそろ部活を止めなければならない。
しかしまだ早朝練習もあり、壮介も亮太も6時半には家を出る。
百合子は朝食の準備と亮太の弁当を作るために、平日の朝は忙しい時間を過ごす。

 今日は午後から手芸の集まりがある。
この地域にある文化センターが催している手芸の教室で知り合った仲間が5人ほどで、月に一回一番先輩格の真理の家に集まって、各自思い思いの手芸をしながら、お茶を飲んだり、持ち寄った菓子を食べたりして会話を楽しんでいる。
百合子は昨日準備しておいたバタークッキーの生地を冷蔵庫から取り出してオーブンに入れた。

仮想の狭間(2)

2010-04-14 12:02:49 | 仮想の狭間
 手芸の集まりは2時から始まる。
百合子の家から真理の家までは徒歩で10分ほどで行ける。
この住宅地は千戸ほどの注文住宅が建っていて、どの家の庭にも木が植えられ緑が多く、道幅も広い閑静なところである。
 百合子は午前中に焼いておいたクッキーを花柄のナプキンを敷いた小さな篭に並べて、その上にもナプキンを被せ、赤いリボンで結んだ。
2時15分前に刺しゅう用具の入ったトートバッグとクッキーの篭を持って家を出た。
真理の家の門のチャイムを押すと、「どうぞ。」と声がしたので、門扉を開けて中に入った。
ここの庭は広い。
家は薄茶色のレンガ風のタイル壁の二階建てで、家近くに背丈の高い落葉樹が数本植えてあり、その下はよく手入れをされた美しい芝生が敷いてある。
道路側は花壇になっていて、パンジーなど数種類の花が咲いている。
玄関アプローチを進んでいくと、ドアが開いて真理が顔を出した。
「いらっしゃい。」
中から手芸仲間の笑い声が聞こえる。
玄関右横が広いリビングになっていて、入ると秋絵と美代子がソファーにかけていた。
テーブルには彼女たちの差し入れと思われるシフォンケーキと苺が中央に置かれていたので、百合子もクッキーの篭を傍に置いた。
 真理の夫は大手電機メーカーを定年退職して、週に2日その子会社に勤めている。
大阪の町中にあった古い家を売って、その売却代金と退職金でこの土地と家を手に入れた。
「今日はめぐみさん遅いわね。いつも一番早いのに。」
秋絵が言うと、
「めぐみさんは今日お休みですって。今朝 連絡があったわ。」
真理が答えた。
「ねえねえ めぐみさんのこと知っている?
あの人 彼が出来たそうよ。」
美代子が言うと、皆 身を乗り出して美代子の顔を見つめ興味津々の様子。
めぐみは二年前に夫をがんで亡くした50歳前後の未亡人で、息子が一人いるが、東京の大学を出て、そのまま東京で就職しているので一人暮らしだ。
「それで? その彼ってどんな人なの。」
秋絵が次を促す。
「あの人エアロビだかジャズダンスだか知らないけど、土曜日の夜に習いに行っているでしょう。
そこで知り合ったそうよ。
何でも7つも年下だそうよ。」
「7つも・・・・」
皆ため息ともつかない声を出す。
「そのこと めぐみさんが美代子さんに話したの?」
真理が疑い深そうな目をして、年長者らしく訊ねた。
「直接は聞いていないけど、私の友達が同じ所で習っていて、教室では大変な噂になっているって話していたわ。」
「めぐみさんは独り者だから、丁度いいのでは?。」
百合子が口をはさんで、秋絵も頷いた。
「それがね、相手には奥さんも子供もあるらしいのよ。」
「それじゃ不倫じゃないの。」
真理があきれた顔をしてお茶を入れに立った。
「7つも年下だなんていいわね。」
秋絵がまだ興味ありげに百合子に囁いた。
美代子がハッと我に返ったように
「あら!私たちまだ手芸の材料も出していないわね。」
とカバンを開けてゴソゴソと中の物を取り出した。

仮想の狭間(3)

2010-04-14 11:04:36 | 仮想の狭間
秋絵につられて百合子も美代子も手芸の材料をテーブルの上に出した。
三人ともお互いの作品を見て、「みんなあまり進んでないわね。」と
安心している。
「あらあら みなさんお話が進んでいるようなので、先にお茶でもと思って入れてきたのよ。」
真理が盆に紅茶ポットとカップを載せて運んできた。
「そうよね。今日は先にお菓子を食べてお喋りしましょうよ。」
美代子が真っ先に手芸の材料を片付けて、百合子の方をまじまじと見た。
「百合子さんの服 素敵ね。
さっきから気になっていたの。どこで買ったの?」
「これネットの通販で買ったんですよ。
この頃、何でも通販で買う癖が付いてしまって。」
「パソコンは便利よね。
欲しいものを探したり、何でも調べることが出来るんですもの。」
と秋絵が大きくうなずいて言った。
「でも直接現金を払って買うわけじゃないので、つい買い過ぎたり、高いものにも平気で手が出てしまうわ。
自重しなければ、と最近思っているの。」
「そうよね。請求書を見てびっくりなんて嫌だものね。
みんなパソコンを利用しているようだけど、私はあまり使ったことないの。」
美代子が珍しく沈んだ声になった。
そして訊ねた。
「真理さんは?」
「うふふ 私も使ってるわよ。
この前 秋絵さんに紹介してもらったコミュニティーサイトはまだ友達が少ないので楽しむところまではいっていないけど、秋絵さんは結構楽しんでいるようね。」
急に話題が自分に振られた秋絵は、口に入れたクッキーを紅茶で飲み込んだ・
「ええ、毎日楽しませてもらってるわ。
うちの主人は出張が多いし、娘も勤めに出たら夜まで帰ってこないし、とにかく暇なのよ。
手芸に精を出せばいいのでしょうけど、こればかりやっていてもつまらなくてね。」
秋絵の家は電子機器メーカにへ勤める夫と娘の三人暮らしである。
「ふう~ん、そんなに楽しいの。」
美代子が興味を示してきた。
菓子やお茶を堪能すると、やっと各々が手芸に取り掛かった。
真理はクロスステッチ刺しゅうといって、小さく糸をクロスさせながら絵を描いていく刺しゅうをしている。
時間がかかるので常に嘆いている。
リビングの壁には真理が作ったタペストリーが品良く掛けられている。
真理の夫は今日は出勤日らしく姿が見えない。
夫がいる日は皆 気を使って大声で話をしないし、話も当たりさわりのない話題になる。
真理も夫のいない日は表情も明るく話も弾む。
夫が退職した当時は、二人であちこち旅行をして、その土産話を手芸仲間はさんざん聞かされたものだ。
しかし、あれからまだ二年ほどしか経っていないのに、最近は「旅行に行くのなら友達と行く。」などと夫と行きたがらない。
毎日顔を突き合わせていると、少しでも離れていたいのだろうか。
百合子にはこの夫婦の気持ちが理解できない。