爺ちゃんの「ずくだせ散歩」!

天使突抜町へ行く!

 「てんしつきぬけ」町へ行ってきました。
 小雨がパラつく京都です。雨の日は、原則、散歩には行かないのですが、婆さんが、お姉ちゃんの方の孫と出かけてしまったので、私も仕方なく出かけました。
 どこに行こうかと考えたのですが、以前、読んだ京都本にあった面白い町名を思い出したので行ったわけです。
 御池通から西洞院通を松原通まで下がります。
 西洞院通は、四条通の手前、蛸薬師通から道幅が広がります。染め物関係のお店が目につきました。
 四条通を渡り、更に下がって仏光寺通を渡った所に、梅の季節に訪れた「管大臣神社」があります。菅原道真公生誕の地とも伝えられている神社です。

 鳥居を横目で見ながら松原通まで下がります。そこに「五條天神社」があります。
 天使突抜町の言われは、この五條天神社と関係があります。通称「天使の宮」と呼ばれています。
 桓武天皇が平安遷都をした際、弘法大師に命じて創建させたという古社だそうです。ここから清水寺まで続く松原通は、古くは五条大路と呼ばれ、この神社も参拝客で賑わったようです。しかし、豊臣秀吉が行った町割りにより、この「天使の宮」の境内を突き抜ける形で道が付けられたため「天使突抜町」が出来たとのことです。

 この五條天神社は、節分の日に、厄除け・病除けの「日本最古の宝船図」を授与してくれることで有名です。
西洞院通から
松原通から
境内の様子です。

 松原通を烏丸通に向かって歩きます。西洞院通から少し行った所に「光圓寺」と言う小さなお寺があります。親鸞聖人の寓居跡で、入滅の地とも言われているようです。

 新町通との交差点を右に曲がった所に「松原道祖神社」があります。表に掛かる木板には「平安京以前より当地にて道の神・塞(さい)の神(厄災を塞(ふさ)ぐ)として崇(あが)め祀(まつ)られて来ました」と書かれていました。歴史の古さを裏付ける話が、鎌倉時代の説話集「宇治拾遺物語」にも残っているそうです。五条の道祖神、首途の社(かどでのやしろ)とも呼ばれているそうで、この松原通が、五条大路として賑わっていたことが忍ばれます。

 新町通と室町通の中間辺りに赤い鳥居が並んでいるのに気付きました。ビルとビルの隙間にあります。「亀山稲荷神社」です。
 丹波亀山藩(現在の京都府亀岡市)の京屋敷跡にあり、亀山藩の鎮守社だったそうです。鳥居が立ち並ぶところは、伏見稲荷大社の千本鳥居のようです。 

 烏丸通に出る手前に石の鳥居がありました。「新珠津島神社」と記されていました。平安時代末期~鎌倉時代初期を代表する歌人の藤原俊成のゆかりの神社で、今も多くの人が短歌や俳句、文章の上達祈願に訪れているようです。

 烏丸通に出ると、雨が降ってきましたので帰ってきましたが、一本の通りにも、平安時代からの歴史が感じられる場所が幾つもあって、京都は「街歩き」にはもってこいの街であることを思い直した散歩でした。
 今日の歩数は、6,950歩。

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