すると、突然カラヤンの怒声が、メガホン越しに響いてきた。
「おい! そこの青い衣装を着た人! さっきから食べてばかりいるが、あなたは通行人(エキストラ)か? 歌手か?」
最初は私のことだと思わなかった。だが、周囲がサッと私を避けたので、スポットライトを浴びたように、私一人が舞台の中央に立つことになってしまった。
普段から、私に冷たくあたっている団員たちは、明らかに、私が何か失敗をして、カラヤンに叱られるのを期待している視線だった。
カラヤンが、ステージ上に登ってきた。
ああ、どうしよう……怒られるのだろうか。この公演から下ろされるのだろうか。カラヤンからクビを宣告されたら、ほかの劇場でも、仕事ができなくなるのではないだろうか……。
カラヤンは、ツカツカと、私に向かって来た。どうやら、イライラしている様子だ。
周囲の人たちは、さらに道を空けるようにして、私とカラヤンだけが、ステージ上で対峙する形になった。
私は、頭を下げたまま、上げられなかった。
「いったい、君は、さっきから……」
と言いかけたカラヤンが、その先の言葉を失っていた。
私を覗き込むように、じっと見ている。仕方がないので、私は、ゆっくり顔を上げた。
「君は……?」
カラヤンは、驚いているようだった。
「君は、どこの国から来たんだ?」
私の顔を間近で見て、ヨーロッパ人でないことに気づいたようだった。
私は、ゆっくりと話した。
「私、日本から一人で来ました……。歌手になりたくて……。七一年から、ウィーン・オペラ座の団員をつとめています……。実は、私、いま、妊娠中で……。つわりがひどくて、お腹が空いて我慢できなくて……。申し訳ありませんでした……」
正直に話して、頭を下げた。
そして、私は覚悟を決めた。
多分、東洋人では、このプッチーニのオペラは無理だと言われるのだろう。いくらメイクをしたって、東洋人であることは完全には隠せない。一九世紀のパリのカルチェ・ラタンに、東洋人の女性がいることなど、ありえないのだ。
ところがカラヤンは、私の顔を見ながら、意外な言葉を呟いた。
「そうか……。日本から……。よく、あんな遠い所から一人でやってきたね」
そう言ってカラヤンは、私を抱きしめてくれた。
そして、周囲にいる歌手たちに、大声で言った。
「みんな、聞いてくれ」
その声に、下がっていた歌手たちが、いっせいにカラヤンの周囲に寄ってきた。
「この娘は、東洋の果ての、日本という国から一人でやってきた。私は、日本へは何度も公演で行っているから、どんなに遠い所か、よく知っている。寂しい思いをしているに違いない。どうかみんな、これから、彼女の支えになってあげてほしい」
足が震えた。
立っていられなかった。
私は、カラヤンの前で、膝をついてしまい、その場で号泣した。涙が止まらなかった。メイクが落ちるのも忘れていた。
私の苦悩を分ってくれる人がいた。たったひと目で、私の苦悩を見抜いてくれる人がいた。しかも、それが、世界最高の指揮者カラヤンだった。
翌日から、四年間に及んだ私に対するいじめも人種差別も、すべてピタリと止まってしまった。
(中野雄・編著『音楽に生きる』SA読本Vol.10(求龍堂)より)
カラヤンちょっといい話
「おい! そこの青い衣装を着た人! さっきから食べてばかりいるが、あなたは通行人(エキストラ)か? 歌手か?」
最初は私のことだと思わなかった。だが、周囲がサッと私を避けたので、スポットライトを浴びたように、私一人が舞台の中央に立つことになってしまった。
普段から、私に冷たくあたっている団員たちは、明らかに、私が何か失敗をして、カラヤンに叱られるのを期待している視線だった。
カラヤンが、ステージ上に登ってきた。
ああ、どうしよう……怒られるのだろうか。この公演から下ろされるのだろうか。カラヤンからクビを宣告されたら、ほかの劇場でも、仕事ができなくなるのではないだろうか……。
カラヤンは、ツカツカと、私に向かって来た。どうやら、イライラしている様子だ。
周囲の人たちは、さらに道を空けるようにして、私とカラヤンだけが、ステージ上で対峙する形になった。
私は、頭を下げたまま、上げられなかった。
「いったい、君は、さっきから……」
と言いかけたカラヤンが、その先の言葉を失っていた。
私を覗き込むように、じっと見ている。仕方がないので、私は、ゆっくり顔を上げた。
「君は……?」
カラヤンは、驚いているようだった。
「君は、どこの国から来たんだ?」
私の顔を間近で見て、ヨーロッパ人でないことに気づいたようだった。
私は、ゆっくりと話した。
「私、日本から一人で来ました……。歌手になりたくて……。七一年から、ウィーン・オペラ座の団員をつとめています……。実は、私、いま、妊娠中で……。つわりがひどくて、お腹が空いて我慢できなくて……。申し訳ありませんでした……」
正直に話して、頭を下げた。
そして、私は覚悟を決めた。
多分、東洋人では、このプッチーニのオペラは無理だと言われるのだろう。いくらメイクをしたって、東洋人であることは完全には隠せない。一九世紀のパリのカルチェ・ラタンに、東洋人の女性がいることなど、ありえないのだ。
ところがカラヤンは、私の顔を見ながら、意外な言葉を呟いた。
「そうか……。日本から……。よく、あんな遠い所から一人でやってきたね」
そう言ってカラヤンは、私を抱きしめてくれた。
そして、周囲にいる歌手たちに、大声で言った。
「みんな、聞いてくれ」
その声に、下がっていた歌手たちが、いっせいにカラヤンの周囲に寄ってきた。
「この娘は、東洋の果ての、日本という国から一人でやってきた。私は、日本へは何度も公演で行っているから、どんなに遠い所か、よく知っている。寂しい思いをしているに違いない。どうかみんな、これから、彼女の支えになってあげてほしい」
足が震えた。
立っていられなかった。
私は、カラヤンの前で、膝をついてしまい、その場で号泣した。涙が止まらなかった。メイクが落ちるのも忘れていた。
私の苦悩を分ってくれる人がいた。たったひと目で、私の苦悩を見抜いてくれる人がいた。しかも、それが、世界最高の指揮者カラヤンだった。
翌日から、四年間に及んだ私に対するいじめも人種差別も、すべてピタリと止まってしまった。
(中野雄・編著『音楽に生きる』SA読本Vol.10(求龍堂)より)
カラヤンちょっといい話