さて、いよいよ、一番見たかった いたすけ古墳に向かいます。
御廟山古墳から、住宅地の中を迷いながら進む。
16・【善右ヱ門山(ぜんえもんやま)古墳】(世界遺産構成資産)
形状:方墳
墳丘径:28mに復元
時期:5世紀前半
いたすけ古墳の濠に接して造られた付属墳と考えられる。
今はこんな感じ。残念。つぶされなかっただけマシですね。
いたすけ古墳の付属墳もほとんどつぶされて今はこの善右衛門古墳一つが残ってるだけです。
だいたい、宅地開発で【いたすけ古墳】もつぶされるところだったそうです。
古墳研究家など市民の手で保全運動がおこり、守られた古墳です。
そういうストーリーを知ってから見ると感慨深いです。
今、観れるのはその時先頭に立って保存運動をしてくださった宮川徏さんのおかげです。
世界遺産登録のため、今は整備管理されていてきれいです。
17・【いたすけ古墳】(世界遺産構成資産)
形状:前方後円墳
墳丘径:146m
時期:5世紀前半
昭和30年頃には宅地開発による破壊の危機にさらされたが、市民を中心とした保存運動によって破壊をまぬがれました。
その時かけられた橋の残骸が残してあります。(あえて残したそうです)
野生の狸が住み着いていて、ここに時々出てくるようです。この日は残念ながらいませんでした。
この古墳から出土した冑(かぶと)の埴輪は、堺市の文化財保護のシンボルになっているそうです。
橋の周りのガードレールがないのは、トラックなどが通行するためだったようです。
ここの古墳も、この面は道がありますが、前方部は家が建てこんでて見ることができません。
碑があるようですが、この通りにはなく見つけられませんでした。
角から見ると、古墳の感じがすごくよくわかるので、好きです。いたすけ古墳を後にして履中天皇陵へ向かいます。
三国ヶ丘駅から百舌鳥駅、そして上野芝駅まで来ました。また、住宅地を迷いながら走ります。
もっこりした小山状の古墳は見えるんだけども道がない。そうここも、ぐるりが宅地になってしまっています。
道がないので一度大通りまで出ないと拝所に行けません。
拝所すら、こんな感じで家と家に挟まれた参道を進みます。
18・【履中天皇陵(りちゅうてんのうりょう)古墳】(世界遺産構成資産)
形状:日本第3位の巨大前方後円墳
墳丘径:365m
時期:5世紀前半
外周ぐるりは無理だけど、左側側面は道があるので、そこを通っていきます。
側面。大きすぎて全容は入りませんけど、大きいのは体感できます。
前方部。ビュースポットからの景色。
大仙公園を通って、ビジターセンターまで、小さな古墳を見ながら戻りたいと思います。
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