宇宙戦艦ヤマトの二次創作短編小説です。
二次創作を苦手となさる方はお読みにならないようにお願いいたします。
ルナシティ総合病院第三分院の救急外来は、事故の報に慌ただしく受け入れ準備を始めた。
「…犠牲者が出たんだって?」
「ああ、ハイティーンの少女は現場で死亡、弟らしい少年は左手を肘から欠損、右手も重度の火傷、両足はカートの残骸に挟まれてめちゃくちゃだ…悪くすれば四肢全部を切断することになるな…」
「患者を診る前から先入観を持つなよ!できるだけの手は尽くすんだ。」
同僚の医師の悲観的な言葉を窘めながら、コー・ウェンは手袋を装着した。
ルナシティは宇宙開発フロンティアラインの地位を外惑星系に譲り、今は研究開発とレジャー施設を主な産業とする都市となっている。中でも高速アトラクショ ンを数多く有した遊園地は子供達の人気が高く、地球からも多くの観光客を集める目玉施設だ。その遊園地でロケットカーの事故が発生し、重傷を負った少年が ここに運び込まれてくる。
「…手術室にOマイナスを二単位!まだ要りそうだ、在庫を出しておけ!」
救急搬入口の扉が開く。焼けたタンパク質の臭いが、コーの鼻孔を突いた。
結局、左手と両足は諦めざるを得なかった。右手の状態も予断を許さない。皮膚移植を行ったが、表面積の少ない子供のこと、充分な量はとれず、人工皮膚で補った。拒絶反応による壊死が始まれば、これも切断せねばならないだろう。
「すごいですね、あの子。11歳でジュニア・ハイの三年生ですって。父親は会社経営者で経済的にも恵まれていますし、こんなことがなければ、誰もが羨むような人生が送れたんでしょうにね。」
看護師のバーバラが、珍しく感傷的な顔をしていた。事故から三日が経過していたが、少年は時折ぼんやりと目を開くことはあっても、まだ意識を取り戻してはいなかった。
「患者を将来性や経済的な事情で見るなんて、君らしくないな。」
「いえ、決してそんなつもりはありません。ただ、彼がこの事態に立ち向かっていけるかどうかが心配なんです。恵まれている人間の精神は得てして脆いものですからね。」
検査データに目を通しながら、バーバラの言葉を思い出していたコーは、数値に現れた最悪の事態に表情を曇らせた。
その時、インターフォンから聞こえたバーバラの声が、少年の意識回復を告げた。
病室には、通訳として残された企業の駐在員とバーバラの姿があった。父親は、少年の治療に手を尽くしてほしいと言ったあと、姉の遺体の傍らで放心しているという。少年自身も姉の死はすでに認識していると、通訳に聞かされた。
コーは通訳に、治療方針を少年に伝えたい旨を伝えたが、その言葉が終わらないうちに、少年が口を開いた。
「英語は、わかります。ゆっくり話してもらえれば…直接僕に話してください。」
コーはベッドへと視線を移し、少年と視線を合わせた。気丈な子だ、とコーは思った。蒼ざめた顔はしているが、自分の運命を懸命に受け入れようとしている。 だが、いくら知能が高いとはいえ、英語を母語としない子供に対し、精神の平静を保たせながらうまく治療方針を伝えられるものだろうか…。
しかし、少年の真摯な瞳に気圧されて、コーは慎重に言葉を選びながら、語り始めた。
「僕たちは、最善を尽くした。しかし、君の左手と両足は、どうすることも出来なかった。それで、切断した…」
心構えができていたのだろう、少年は血の気の引いた顔を頷かせた。
「でも、右手は残してくれたんですね。…ありがとう、ドクター。」
その言葉と表情に、次に告げる事実が彼にとっての最後の希望をうち砕くことになると知って、一瞬コーは声を詰まらせた。
「…それ、なんだが、…右手は、人工皮膚を移植したのだが、火傷の度合いがひどすぎて、細胞がどんどん壊れているんだ。このまま放っておくと、君は死ぬ。そうなる前に、右手も…切断したい…。」
(どうせ切断しなければならないのなら、いっそ、意識を失っているうちに手術できれば良かったのに…!なまじっかな希望を持ったことが、どれほどこの子を苦しめることか…)
懸命に保っていた少年の平静さが崩れていくのを、ただ眺めることしかできない自分の無力さに、コーは唇をかんだ。
「イヤダアアアァッッ!!」
少年は、長く尾を引く悲鳴を上げて、日本語で叫び始めた。
「テヲキッテシマウナラ、イキテタッテショウガナイヨ!シンジャッタホウガマシダ!!」
少年の只ならぬ様子に、コーは通訳の顔を見た。
「…なんだって?」
「…死んだ方が、良かったって、言ってます。」
コーは顔色を変えて、何事かを叫び続けている少年を見つめた。
「ヤダ、イヤダ!!ミギテハ、キラナイデ!ミギテヲノコシテタラ、シヌッテイウンナラ、ソノホウガイインダ!!」
「右手を残して、死にたいって…」
コーは思わず、少年の頬を平手で打っていた。
「先生!何するんですか!」
「しっかりしろ!君のそんな言葉を聞いたら、お姉さんはどう思う?!生きている人間が勝手に命を放り出すことなど許されない、わからないか?!…通訳!ちゃんと伝えろっ!」
唇をわななかせながら通訳の言葉に聞き入っていた少年は、バーバラに腕を押さえられたコーの顔と、自分の右手とに視線を泳がせ、震える声で言った。
「ボクガ…ボクガ、イキテタッテ、ネエサン……ネエサンガ、シンジャッテ…ソレナノニ、ナニモ……デキナイ…ボクニハ、ナニモ…」
通訳を介して、パニックに陥った少年の心情をいくらか理解したコーは、なんとかして少年に伝えようと言葉を探した。
「なにもできないなんて、そんなことはないよ。君はまだ生きている。生きて、何かをやろうという意志を失わずにいれば、なんだってできるんだよ。死んでしまった人には、それができない。だから、今生きていることを、放棄してはだめだ。そんなことをしたら、君はお姉さんを二度も殺すことになってしまうぞ…」
沈黙の時間が流れた。
少年の息づかいが、少しずつおさまっていく。しかし、頬にあった柔らかさが消え、代わりに微かな強張りが皮膚を覆っていた。漆黒の瞳には、先程までの何かを支えにした気丈さではなく、すべてを失った人間だけが持つ冷たい覚悟が宿りはじめていた。
少年は、震えの残る唇から深く息を吐くと、かすれた声でコーに言った。
「…手術を、お願いします、ドクター…」
「やあ、シロウ。気分はどうだい?」
回診にやってきたコーに、志郎はやりかけの問題集のファイルを閉じ、微笑みを返した。
「悪くはないです。音声入力装置をありがとう、ドクター・コー。」
患者を殴るなんてとんでもない医者だとバーバラには言われてしまったが、あれから志郎は不思議なくらいコーに対して打ち解けるようになっていた。
「…やれやれ、そんなに根を詰めるとわかっていたら、贈ったりはしなかったんだがね。それに、今期のハイスクール入学テストはもう終わってしまっただろう?」
「ええ、でも、何かしてた方が気が紛れるんです。それに、一度取りかかったものを放っておくのは落ち着きませんから。」
手術後、少年は一度も取り乱した様子を見せなかった。父親と顔を合わせたときなどは、かえって気落ちした父を慰めるような大人びた態度を示していた。確かに、今回の事故は、志郎に一足飛びの成長を促したらしい。
(…いや、成長を強いた、と言った方がいいな…)
そんなものは成長などではない。心に負ってしまった傷なのだ。自分はその彼に、また一つ選択を迫らなければならない。そして、志郎は確実にそれを乗り越え、さらに傷を深めるに違いないと、予めわかってしまうことが、コーをいっそう憂鬱にした。
「…よし、切断面の状態は良好だ。体調もいいみたいだな。食事もちゃんと摂れているって?」
「はい、前ほどの量は食べられなくなったんですが。」
「それでいい。カロリー消費量が落ちているからな。だいたい地球より重力が小さいんだから、同量食べていたらあっという間に寝返りも打てなくなるほど太ってしまうぞ。」
コーは自分しか口に出せないような軽口を叩くと、さりげない様子で本題を切り出した。
「さて…手足の代替物はどうする?」
「どういう方法があるんですか?」
「まず一つは、生身の手足を移植する方法だ。亡くなった人から提供されたものを使わせてもらうか、少し時間はかかるが、生きた手足を培養することもできる。もともとの手足じゃないので強度に問題はあるが、リハビリは一度で済むし、移植がうまくいけば前と変わらない生活ができるよ。事故のことなんて忘れてしまえるくらいに。」
「事故を忘れたくはないな。それじゃ、まるで姉さんまでいなかったことになってしまいそうだ…」
志郎は視線を落として呟いた。コーの予想通りの反応だった。
「もう一つの選択肢は何ですか?」
「… サイボーグ義肢の装着だよ。合金と人造筋肉でできていて、脳波を受信して動く。強度は申し分ないが、長期間のリハビリが必要だ。それに、君はこれから体が成長していくので、何度も交換していくことになる。その度に体全体のバランスが変わるから、またリハビリを受けることになる。こちらを希望する者はほとんどいないよ…まあ、警官や軍人などに何人かいるくらいだな。彼らは身体の強度を落とすわけにはいかないからね。」
マイナス面を挙げれば挙げるほど、志郎の気持ちが引きつけられていくのがわかった。
(この子は自分をより厳しい状況へと追い込もうとしている。…姉の命を奪ったのは自分だと思っているんだ…)
「だいたい、この義肢は君みたいに四肢のすべてを失った患者には向いていない。コントロールが難しすぎる。下手したら、歩けるようになるまで半年もかかってしまう。」
「そんなに色々と説明してくださるということは、僕がどちらを選ぶのか、ドクターにはもうわかっているんですね。」
少年の笑みに、コーは医師としてそれ以上言うべき言葉を持たなかった。だが、この少年とかかわりを持つことになった一人の人間として、その先を言わずに済ますことはできなかった。
「君が、お姉さんを死なせた訳じゃない。あれはアトラクションの制御装置が故障して起きた事故で、君は被害者なんだ。お姉さんを悼むなとは言わないが、君自身の人生を捨ててしまうことを、彼女が喜ぶかどうか、わかるはずだろう?君はもっと自分の望みを大切にすべきだ。」
「僕の望み……願っていたことは、二つあったんです。でもそれは決して叶いません。右手を切断してしまったし、姉も…いなくなった…」
声が震えている。志郎は微かに笑っているらしかった。このような、年齢にふさわしくない反応も、彼が抱えてしまった傷の深さを表していた。
「しかし、移植した腕でだって、できることじゃないのかい?」
「だめです。移植は他人の死や幹細胞の利用を前提としてるでしょう?誰かの犠牲の上に叶えることはできないんです。」
コーは溜息をついた。この少年は、その身のうちに、決して解けない呪いを抱え込んだようなものだった。彼は他者の犠牲を厭うあまり、愛や献身を受け入れることができなくなるかもしれない。
「君は賢い子だ。だけど、そんなに賢くなければ良かったと思うよ。おまけに頑固だから手に負えない。」
「頑固なのは、家系なんだそうです。…義肢を装着します。」
「…わかった。切断面に接続ユニットを埋め込むことになる。あとしばらくは手術が続くよ。そして、治療が終われば僕は君の友人だ。地球に戻っても、心から君を心配し、幸福を願っている人間が月にいることを、決して忘れるんじゃないぞ。」
志郎がどれくらい自分の気持ちを理解したのか、コーにはわからなかった。いや、11歳の子供に対して、理解しろという方が無理なのかもしれない。しかし、少年はまっすぐにコーの目を見つめ、自分自身にも言い聞かせるように、言葉を紡ぎ出した。
「先生は言ってましたよね…生きて、何かをやろうという意志を失わずにいれば、なんだってできるって。僕は、必ず自分がやらなきゃならないことを見つけます。だって、それは…僕の名前なんだから…」
二次創作を苦手となさる方はお読みにならないようにお願いいたします。
ルナシティ総合病院第三分院の救急外来は、事故の報に慌ただしく受け入れ準備を始めた。
「…犠牲者が出たんだって?」
「ああ、ハイティーンの少女は現場で死亡、弟らしい少年は左手を肘から欠損、右手も重度の火傷、両足はカートの残骸に挟まれてめちゃくちゃだ…悪くすれば四肢全部を切断することになるな…」
「患者を診る前から先入観を持つなよ!できるだけの手は尽くすんだ。」
同僚の医師の悲観的な言葉を窘めながら、コー・ウェンは手袋を装着した。
ルナシティは宇宙開発フロンティアラインの地位を外惑星系に譲り、今は研究開発とレジャー施設を主な産業とする都市となっている。中でも高速アトラクショ ンを数多く有した遊園地は子供達の人気が高く、地球からも多くの観光客を集める目玉施設だ。その遊園地でロケットカーの事故が発生し、重傷を負った少年が ここに運び込まれてくる。
「…手術室にOマイナスを二単位!まだ要りそうだ、在庫を出しておけ!」
救急搬入口の扉が開く。焼けたタンパク質の臭いが、コーの鼻孔を突いた。
結局、左手と両足は諦めざるを得なかった。右手の状態も予断を許さない。皮膚移植を行ったが、表面積の少ない子供のこと、充分な量はとれず、人工皮膚で補った。拒絶反応による壊死が始まれば、これも切断せねばならないだろう。
「すごいですね、あの子。11歳でジュニア・ハイの三年生ですって。父親は会社経営者で経済的にも恵まれていますし、こんなことがなければ、誰もが羨むような人生が送れたんでしょうにね。」
看護師のバーバラが、珍しく感傷的な顔をしていた。事故から三日が経過していたが、少年は時折ぼんやりと目を開くことはあっても、まだ意識を取り戻してはいなかった。
「患者を将来性や経済的な事情で見るなんて、君らしくないな。」
「いえ、決してそんなつもりはありません。ただ、彼がこの事態に立ち向かっていけるかどうかが心配なんです。恵まれている人間の精神は得てして脆いものですからね。」
検査データに目を通しながら、バーバラの言葉を思い出していたコーは、数値に現れた最悪の事態に表情を曇らせた。
その時、インターフォンから聞こえたバーバラの声が、少年の意識回復を告げた。
病室には、通訳として残された企業の駐在員とバーバラの姿があった。父親は、少年の治療に手を尽くしてほしいと言ったあと、姉の遺体の傍らで放心しているという。少年自身も姉の死はすでに認識していると、通訳に聞かされた。
コーは通訳に、治療方針を少年に伝えたい旨を伝えたが、その言葉が終わらないうちに、少年が口を開いた。
「英語は、わかります。ゆっくり話してもらえれば…直接僕に話してください。」
コーはベッドへと視線を移し、少年と視線を合わせた。気丈な子だ、とコーは思った。蒼ざめた顔はしているが、自分の運命を懸命に受け入れようとしている。 だが、いくら知能が高いとはいえ、英語を母語としない子供に対し、精神の平静を保たせながらうまく治療方針を伝えられるものだろうか…。
しかし、少年の真摯な瞳に気圧されて、コーは慎重に言葉を選びながら、語り始めた。
「僕たちは、最善を尽くした。しかし、君の左手と両足は、どうすることも出来なかった。それで、切断した…」
心構えができていたのだろう、少年は血の気の引いた顔を頷かせた。
「でも、右手は残してくれたんですね。…ありがとう、ドクター。」
その言葉と表情に、次に告げる事実が彼にとっての最後の希望をうち砕くことになると知って、一瞬コーは声を詰まらせた。
「…それ、なんだが、…右手は、人工皮膚を移植したのだが、火傷の度合いがひどすぎて、細胞がどんどん壊れているんだ。このまま放っておくと、君は死ぬ。そうなる前に、右手も…切断したい…。」
(どうせ切断しなければならないのなら、いっそ、意識を失っているうちに手術できれば良かったのに…!なまじっかな希望を持ったことが、どれほどこの子を苦しめることか…)
懸命に保っていた少年の平静さが崩れていくのを、ただ眺めることしかできない自分の無力さに、コーは唇をかんだ。
「イヤダアアアァッッ!!」
少年は、長く尾を引く悲鳴を上げて、日本語で叫び始めた。
「テヲキッテシマウナラ、イキテタッテショウガナイヨ!シンジャッタホウガマシダ!!」
少年の只ならぬ様子に、コーは通訳の顔を見た。
「…なんだって?」
「…死んだ方が、良かったって、言ってます。」
コーは顔色を変えて、何事かを叫び続けている少年を見つめた。
「ヤダ、イヤダ!!ミギテハ、キラナイデ!ミギテヲノコシテタラ、シヌッテイウンナラ、ソノホウガイインダ!!」
「右手を残して、死にたいって…」
コーは思わず、少年の頬を平手で打っていた。
「先生!何するんですか!」
「しっかりしろ!君のそんな言葉を聞いたら、お姉さんはどう思う?!生きている人間が勝手に命を放り出すことなど許されない、わからないか?!…通訳!ちゃんと伝えろっ!」
唇をわななかせながら通訳の言葉に聞き入っていた少年は、バーバラに腕を押さえられたコーの顔と、自分の右手とに視線を泳がせ、震える声で言った。
「ボクガ…ボクガ、イキテタッテ、ネエサン……ネエサンガ、シンジャッテ…ソレナノニ、ナニモ……デキナイ…ボクニハ、ナニモ…」
通訳を介して、パニックに陥った少年の心情をいくらか理解したコーは、なんとかして少年に伝えようと言葉を探した。
「なにもできないなんて、そんなことはないよ。君はまだ生きている。生きて、何かをやろうという意志を失わずにいれば、なんだってできるんだよ。死んでしまった人には、それができない。だから、今生きていることを、放棄してはだめだ。そんなことをしたら、君はお姉さんを二度も殺すことになってしまうぞ…」
沈黙の時間が流れた。
少年の息づかいが、少しずつおさまっていく。しかし、頬にあった柔らかさが消え、代わりに微かな強張りが皮膚を覆っていた。漆黒の瞳には、先程までの何かを支えにした気丈さではなく、すべてを失った人間だけが持つ冷たい覚悟が宿りはじめていた。
少年は、震えの残る唇から深く息を吐くと、かすれた声でコーに言った。
「…手術を、お願いします、ドクター…」
「やあ、シロウ。気分はどうだい?」
回診にやってきたコーに、志郎はやりかけの問題集のファイルを閉じ、微笑みを返した。
「悪くはないです。音声入力装置をありがとう、ドクター・コー。」
患者を殴るなんてとんでもない医者だとバーバラには言われてしまったが、あれから志郎は不思議なくらいコーに対して打ち解けるようになっていた。
「…やれやれ、そんなに根を詰めるとわかっていたら、贈ったりはしなかったんだがね。それに、今期のハイスクール入学テストはもう終わってしまっただろう?」
「ええ、でも、何かしてた方が気が紛れるんです。それに、一度取りかかったものを放っておくのは落ち着きませんから。」
手術後、少年は一度も取り乱した様子を見せなかった。父親と顔を合わせたときなどは、かえって気落ちした父を慰めるような大人びた態度を示していた。確かに、今回の事故は、志郎に一足飛びの成長を促したらしい。
(…いや、成長を強いた、と言った方がいいな…)
そんなものは成長などではない。心に負ってしまった傷なのだ。自分はその彼に、また一つ選択を迫らなければならない。そして、志郎は確実にそれを乗り越え、さらに傷を深めるに違いないと、予めわかってしまうことが、コーをいっそう憂鬱にした。
「…よし、切断面の状態は良好だ。体調もいいみたいだな。食事もちゃんと摂れているって?」
「はい、前ほどの量は食べられなくなったんですが。」
「それでいい。カロリー消費量が落ちているからな。だいたい地球より重力が小さいんだから、同量食べていたらあっという間に寝返りも打てなくなるほど太ってしまうぞ。」
コーは自分しか口に出せないような軽口を叩くと、さりげない様子で本題を切り出した。
「さて…手足の代替物はどうする?」
「どういう方法があるんですか?」
「まず一つは、生身の手足を移植する方法だ。亡くなった人から提供されたものを使わせてもらうか、少し時間はかかるが、生きた手足を培養することもできる。もともとの手足じゃないので強度に問題はあるが、リハビリは一度で済むし、移植がうまくいけば前と変わらない生活ができるよ。事故のことなんて忘れてしまえるくらいに。」
「事故を忘れたくはないな。それじゃ、まるで姉さんまでいなかったことになってしまいそうだ…」
志郎は視線を落として呟いた。コーの予想通りの反応だった。
「もう一つの選択肢は何ですか?」
「… サイボーグ義肢の装着だよ。合金と人造筋肉でできていて、脳波を受信して動く。強度は申し分ないが、長期間のリハビリが必要だ。それに、君はこれから体が成長していくので、何度も交換していくことになる。その度に体全体のバランスが変わるから、またリハビリを受けることになる。こちらを希望する者はほとんどいないよ…まあ、警官や軍人などに何人かいるくらいだな。彼らは身体の強度を落とすわけにはいかないからね。」
マイナス面を挙げれば挙げるほど、志郎の気持ちが引きつけられていくのがわかった。
(この子は自分をより厳しい状況へと追い込もうとしている。…姉の命を奪ったのは自分だと思っているんだ…)
「だいたい、この義肢は君みたいに四肢のすべてを失った患者には向いていない。コントロールが難しすぎる。下手したら、歩けるようになるまで半年もかかってしまう。」
「そんなに色々と説明してくださるということは、僕がどちらを選ぶのか、ドクターにはもうわかっているんですね。」
少年の笑みに、コーは医師としてそれ以上言うべき言葉を持たなかった。だが、この少年とかかわりを持つことになった一人の人間として、その先を言わずに済ますことはできなかった。
「君が、お姉さんを死なせた訳じゃない。あれはアトラクションの制御装置が故障して起きた事故で、君は被害者なんだ。お姉さんを悼むなとは言わないが、君自身の人生を捨ててしまうことを、彼女が喜ぶかどうか、わかるはずだろう?君はもっと自分の望みを大切にすべきだ。」
「僕の望み……願っていたことは、二つあったんです。でもそれは決して叶いません。右手を切断してしまったし、姉も…いなくなった…」
声が震えている。志郎は微かに笑っているらしかった。このような、年齢にふさわしくない反応も、彼が抱えてしまった傷の深さを表していた。
「しかし、移植した腕でだって、できることじゃないのかい?」
「だめです。移植は他人の死や幹細胞の利用を前提としてるでしょう?誰かの犠牲の上に叶えることはできないんです。」
コーは溜息をついた。この少年は、その身のうちに、決して解けない呪いを抱え込んだようなものだった。彼は他者の犠牲を厭うあまり、愛や献身を受け入れることができなくなるかもしれない。
「君は賢い子だ。だけど、そんなに賢くなければ良かったと思うよ。おまけに頑固だから手に負えない。」
「頑固なのは、家系なんだそうです。…義肢を装着します。」
「…わかった。切断面に接続ユニットを埋め込むことになる。あとしばらくは手術が続くよ。そして、治療が終われば僕は君の友人だ。地球に戻っても、心から君を心配し、幸福を願っている人間が月にいることを、決して忘れるんじゃないぞ。」
志郎がどれくらい自分の気持ちを理解したのか、コーにはわからなかった。いや、11歳の子供に対して、理解しろという方が無理なのかもしれない。しかし、少年はまっすぐにコーの目を見つめ、自分自身にも言い聞かせるように、言葉を紡ぎ出した。
「先生は言ってましたよね…生きて、何かをやろうという意志を失わずにいれば、なんだってできるって。僕は、必ず自分がやらなきゃならないことを見つけます。だって、それは…僕の名前なんだから…」
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