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牧之瀬雅明/一陽来復・前向きな言葉を集めました。

未曾有の災禍で心身ともに疲弊しがち。前向きな言葉で人は生かされます。
少しでも暗い気持ちを明るくできれば本望です。

コロナ感染拡大中ではありますが、「無事是吉祥」を願います。

2021-08-23 14:01:56 | 日記

無事是吉祥

「無事」とは禅の重んじるところであり、様々な解釈や用法がありますが、意味するところは 人は元々、仏であり、ならば求めるべき仏も、行うべき道も本来はないと云う意味です。

 

樹木希林さんが茶道の先生を演じ、主演の生徒役の黒木華さんがお茶の稽古を通じて人生について考える映画が『日日是好日』です。

茶室の床の間に掲げられた掛け軸のひとつが「日々是好日」でした。

 

印象的なシーンは映画の最初の頃、主人公の黒木華さんがまだ茶道を習いはじめた頃、お正月に使う茶器に犬の絵が描かれているのに気づき、「干支の茶碗を使っているなら、次に使うのは12年後か・・・」と気が遠くなるようなそぶりを見せます。

そして映画の終盤、いろいろなことが当然、生きていると起こるのですが、気がつくと、犬の絵柄の茶器を用意している自分がいる。12年、あっという間に経ったのです。

雨の日も、雪の日も、嵐の日も、晴天の日も、様々な日々を積み重ねながら、人は生きている。「無事是好日」の言葉の意味をようやく理解できた気になる、というストーリーでした。

 

お茶の世界で年末になると必ず、掛かるお軸があります。

それが「無事是吉祥(ぶじ・これ・きっしょう)」。

禅語の解釈に正解はなく、実は自分が感じるままでいいと思う茶人は多いようです。

この掛軸の言葉を見かけると、「今年もいろいろあったし、周りでも本当にいろんな出来事に見舞われたけれど、なにより、無事に年末を迎えられるのはめでたいことであり、有難いことなのだ」と思うのです。

 

 


妖術の使い手が書いたという禅語「緑樹陰濃夏日長」

2021-08-16 10:21:45 | エッセイ

本日、紹介したいお話は、中国の妖術使い「神仙思想」と美しい漢詩『山亭夏日』との関わりです。

私が研究する禅語の世界では、この『山亭夏日』の一節である「緑樹陰濃夏日長」が有名で、

茶室の掛け軸にもなっている言葉です。

その漢詩を書いた人物。実は、妖術使いとして有名な方だと知っていましたか?

まずは漢詩を読んでみます。

木々の緑が色濃く茂るほど、夏の日差しは強く、長い。樹木の木陰が心地よく感じる頃になりました。

緑樹陰濃夏日長(りょくじゅかげこまやかにしてかじつながし)とありますように、葉も茂り濃まやかさを増した木々の間を縫って吹いてくる風はなんとも言えないものがあります。

高駢による漢詩『山亭夏日』に

「山亭の夏日

綠樹 陰濃(こまや)かにして 夏日 長し

楼台 影倒(さかしま)にして 池塘(ちとう)に入る

水精(すいしょう)の簾(れん) 動いて 微風起こり

一架の薔薇(しゃうび) 満院 香(かんば)し」

とあります。

 

全文を訳しますと、

「木々の緑が色濃く茂るほど、夏の日差しは強く、長い。

池のほとりに建つ楼台は、その姿を逆さまにして、

水に入りこむように水面に映っている。

そんな折、水晶の玉飾りがついた簾がかすかに動いて、そよ風が吹いた。

その風にのって、花棚のバラの香りが中庭いっぱいに満ちる」です。

 

暑い夏の陽射し、木々の間にある木陰(緑陰)、影が漆黒を深め、夏の太陽の高さ、賑わいを見せている一日。

桜台が池にその姿を映している美しい風景。

そこに、すだれをかすかに揺れている。どうやら風が来ているようだ。

どうだろう、風に乗って運ばれてきたのだろう庭の薔薇の芳香が

この部屋を満たすではないか。ある夏の日のひととき・・・

 

漢詩は二次元から三次元へ表情を移し、最後は時空をも包括する四次元へと昇華する作品。

晩唐の詩人高駢は、学問に優れていたばかりでなく、武芸にも秀でていた人。唐末の武家生まれの家柄の良い武将で、南詔の侵入を度々防いで軍功を上げ、靜海軍節度使に任命されます。しかし、黄巣の乱が勃発したため、その後は西川節度使を皮切りに各地を転戦し、朝廷の期待通りの働きを見せて、あと一歩の所まで黄巣を追い詰めますが、功績を独り占めしようとして却って黄巣の反撃に遭います。この後、以後淮南節度使として揚州に引き籠もり、朝廷からの再三の出兵要請にも従わず、最後には部下に謀反を起こされて殺されています。

 実はこの人、神仙思想に立った人物。つまり、仙人として妖術を使った人として有名なのです。中国で伝わる逸話に、式神の軍団を呼び寄せたとか、雷法で開削工事を行ったなど伝奇的な事象が、《新・舊唐書》と《資治通鑑》に書かれています。

 

これだけ素晴らしい漢詩を書く、感性の持ち主で、軍人としての功績のある人が妖術使いとして語り継がれるなんて、想定外の面白さを感じます。