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なかなか勝てない馬がいる。今日もその馬が走る。
がんばれ、と声が出る。
まなざしは、ゴールの先を見つめている。

新しい生活 曽野 綾子/著

2021年01月09日 06時52分43秒 | 読書・文学


コロナ禍をはじめ、思いもよらぬ苦難に人はどう立ち向かうべきか。「ある時期からは余生と思え」「力が及ばない運は神のせいにしていい」…。先が見えない時代、自分なりの生きがいを見出すための心得を伝える。

第1章 「新たな道」を見つける
第2章 年齢とともに輝くもの
第3章 人生の荷を降ろす
第4章 生きる知恵を磨く
第5章 運命を選び取る
第6章 一歩踏み出すその先に

モーツァルトが35歳
バイロンが36歳
太宰が38歳
芥川が35歳で死んだというと、大抵の現代っ子は驚く。
ことに日本の作家ぼ場合は、あんな難しい漢字を書けた人が、まだ3,40代だったんですか、というわけだ。こういう歴史を考えると、今の中年以後というのは、化石みたいな存在なのである。
50歳でまだ働いているなどということは、昔は農業とか豆腐の製造とか宮大工とか自営業ででもない限りあり得なかったのだ。40代でもう老人、50代は完全な隠居である。60歳、70歳で生きている人がいるなんてとうてい信じられなかったろう。
だから現在のほとんどの中年は、昔の人からみたら余生である。戦争へ行って自分は生き残った人も、すべて今日生きてあることを余生と思っている。戦後生まれでも、大病をしたり、大きな事故に遭ったりしている人も、その後の生は余生だと感じている。
この感覚が実に大切なのである。

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