
第6章~日本沈没=
近畿地方に、最初に巨大な「破局」が訪れてきたのは、
4月30日の午前5時11分だった。
そして、この日は、世界の地震観測史上はじめて「超広域震源地震」という、
これまで知られたことのないタイプの地震が、西太平洋地域で記録された日でもあった。
カプセル住宅をコンテナのかわりにぎっしり積み込んだコンテナ船。
着陸態勢にに入り、すでにグラインド・パスにのってフラップも降ろし、脚も出し、
アウターマーカーを過ぎ、ミドルマーカーを過ぎ、ぐんぐん高度を下げてB滑走路に近づきつつあった。
「緊急退避用意!」
「汽笛吹鳴(すいめい)だ。ほかの船にも知らせろ。沖合いへ退避する」
「ばか!津波をだ。襲ってくるぞ。たぶんな・・・」
「出航用意!」
「ディーゼルでよかった・・・タービンじゃ退避が間に合わないところだった」
「もうすぐ地震がくるぞ。あわてるな、ゆっくり乗せろ!」
「係留索はずせ!後部へ伝えろ!係留索放棄の用意をしておけ!」
大阪空港では、パンアメリカンのボーイング747Eが、490席のシートを満席にし、
350トンの巨体をゆすって滑走をはじめたとき、地震が襲ってきた。
「PAN107便をとめろ!離陸中止だ!」
だが、すでに目測時速120キロを越していた。
120キロの速度のついた350トンの機体は、逆噴射装置を噴かして3200mのB滑走路にギリギリ止まるかもしれない。
PAN107便は、150キロ、170キロとぐんぐん速度を増していった。
その間にも上下動は続き、機体は大きくバウンドした。
神様!!
3200mのB滑走路を、あとわずか残すだけで、ジャンボの前輪(ノーズギア)が上がり、
続いて16個の主車輪が滑走路を離れた。
「空港内全機へ、こちら管制塔。緊急事態発生!全機エンジンを切れ・・・地震がくる!」
近畿、四国、九州中央部を襲った震度7の激震は、震源が伊勢湾、紀伊半島北山川上流、紀伊水道南部、土佐湾、
豊後水道、宮崎県小林付近と、何箇所にも渡ってほとんど同時に発生した、という点で、
地震史上未曾有のものだった。
あとになって、伊勢湾から九州南部にかけて600キロにわたる直線上のどこかに発生した地震が、
引き金のように直線上に並んだ震源の地震を誘発したらしい。
そこにははっきりとした一つの「像」が浮かび上がった。
震源地は、志摩半島から紀伊半島中央部を横断し、四国の中央部を東西に走って九州中央部を北東から南西に抜ける、
あの顕著な「中央構造線」の上に並んだのである。
紀伊山塊と四国地塊の、南の部分が、この断層を境にして、南方に3m、東方に向かって十数mも動いたのである。
ここに生じた大断層は、四国において新居浜付近、三重県の伊勢市付近まではっきり追跡できる巨大なものだった。
奈良、三重県境の高見峠、国見山、四国山脈中の笹ヶ峰、大森山では、山崩れが起こり、
場所によっては山が真っ二つに裂け、山容がまるで変わってしまった。
鳴門海峡では、海底に異変が起こったらしく、渦がほとんど消え、海峡の幅は数百mも広がった。
伊勢湾、紀伊水道、大阪湾、播磨灘、土佐湾、豊後水道一帯は、場所によって十数mの津波に洗われた。
死者、行方不明者は、東海、近畿、中国、四国、九州で、一瞬にして200万人ののぼった。
津波の被害を最も激しく受けたのは、紀伊水道両岸と、淡路島、それに豊後水道両岸で、それに徳島県南部の阿南海岸、
室戸岬、土佐湾、日南海岸が次いだ。最も凄まじかったのは、津波の進行正面にあたる、淡路島南岸と、紀州加太、
四国の鳴門市で、ここでは海水が14mも盛り上がり、淡路島南部の諭鶴は鶴羽(ゆづるは)山地の山麓を海抜35mまで、
荒れ狂う波先が襲いかかった。津波が引いたあと、友ヶ島、加太、由良、福良、鳴門の地上には、ほとんど何も残らない惨状だった。
和歌山市、徳島市も市内半分が津波で壊滅させられ・・・
そして、この「中央構造線大地震」は、折から日本上空百数十キロを通過中だった、アメリカのMOL(有人軌道研究衛星)によって逐一目撃されたという点でも特異なものだった。
何気なしに超望遠レンズのついたカラー暗視装置(ノクトビジョン)のスイッチをいれた。
「おい!西日本になにか起こるぞ!」
「パットも起こせ。手伝ってくれ。ほら、海の色があんなに変わっていく」
「こりゃすごい!地磁気も重力も滅茶苦茶に動いているぞ」
「やった!日本が裂けるぞ!」
紺碧の海面に、小さな、やや淡いような斑点がいくつも浮かび上がり、それが東西に一列につながるように次々に増えはじめた。
海表面を、細かいさざなみのような衝撃がさっとまるく広がると、続いていくつかの斑点を中心に、黒ずんだ波紋が、驚くほどゆっくり広がりはじめた。
「津波だ!」
はるか南のチリにまで達した津波の波紋が、眼下の青い大洋に黒ずんだ輪となって開きつつあった。
「おい、日本の南部の地形が少し変わったみたいだぞ。錯覚じゃないみたいだ」
「報告してやれ。いよいよ・・・日本が沈み出したって・・・」
巨大な山嶺ごと体を震わせながら、四国南部と紀伊半島南部は、一時間に1m半ないし2mという驚くべきスピードで、
太平洋に向かって動き始めたのだ。実際、そのとき、本土側も、時速十数cmのスピードで南東へ動いていた。
そして、南東へ向かって滑り出した地塊の行く手では、大陸棚から大洋底にかけて、
海底の異様なまでの急速な沈下が、一時間数mに及ぶ、「収縮」といいたいほどの陥没が、
長さ数百キロにわたって起こりはじめたのである!
地震発生後、数時間にして、尾鷲、熊野、新宮、潮の岬(和歌山県西部)はほとんど海面下に没し、
海面は那智の滝の直下にまで上昇してきた。
遠州灘東方沖合いに生じた津波は、駿河湾にはいって、波高7mに達し、沿岸を一なめにし、
沼津、富士両市をほとんど壊滅させ、富士川沿いの、大地溝帯(フォッサマグナ)と中央構造線の交点に生じた大断層と、
陥没した地盤に向かって奔流し、牙をむく海水は、ついに富士宮市南部付近にまで達した。
愛鷹山は、その山容のあとかたさえ残らないほどの大爆発を遂げた。
火は、ついに水と出会った。
火流と水蛟(こう)は、ついに本州中央部において、激しくかみ合ったのである。
「西日本が沈みはじめたらしいぞ!もう手遅れだ」
「まだ間に合います。日本が完全に沈みきるまでには、あと最低4、5ヶ月はあります」
「次は東北の北上断層に、大きな水平断層が起こります。
北海道の石狩平野にまで影響が及んで、三陸海岸から北上山地の東半分が、大洋傾斜に沿って滑り始めるでしょう」
「それから、今中部地方で火山爆発の危険が増大しつつあるのは、乗鞍火山系です。
今朝の地震が引き金になって、12時間以内に大噴火が起こるでしょう・・・」
「おい!足摺岬が、もぐってゆくぞ・・・」
それに高速道路は、数箇所が落ちれば「密室」になってしまう。
まだどこかで、せまりくる死に怯え、苦痛に呻吟(しんぎん)しているのだろうか?
[名](スル)苦しんでうめくこと。「病床に呻吟する」「小説の書き出しに呻吟する」
大阪の市外のうち、海よりの、平均海面より低い此花区、港区、大正区は、ほとんど完全に水没していた。
黒インクのようにどす黒く濁った水、それは、大阪港の改定の泥が津波の衝撃で、湧き上がったものらしかった。
沿岸部に続く、福島、西、浪速、西成などの区も、建物の3階から4階あたりまで水没してしまっている。
市内高速道路は、至るところでかしぎ、桁がはずれ落ち、中ノ島付近では、橋脚が脚をとられたように一方へずれて、
濁った水面にぐんにゃりとたれさがっていた。中ノ島は、完全に水没して・・・
大阪市は、一瞬にして「水の都」の姿にかえった。
「松本から・・・乗鞍岳爆発、焼岳、不動岳噴火開始・・・」
「続いて長野から報告、高妻山方面で爆発・・・西側斜面噴気開始・・・」
「高妻山が?」
「予想外に早かったな・・・なにしろ糸魚川の大地溝帯(フォッサマグナ)の両側だからな。
あの地帯の水平ずれは、もう20m以上になっているし、」
ブザーがまた鳴って、地図上の、東北地方に赤い光が二つ点いた。
「盛岡、岩手山、駒ケ岳噴火開始・・・」
蛍光ボードの上に描かれた日本列島の地図は、ぼやっと輪郭のぼやけた、一匹の竜の形のしみになって見えた。
その背景を形づくる脊梁山脈のいたるところに、噴火、地殻変動の危険を告げるオレンジ色の光の斑点が、
まるで醜い病巣のように輝いていた。
竜は病んでいた。
その五体のいたるところ、深部から組織を破壊する死病に蝕まれ、熱をもち、血を噴き、のたうちながら、
五体を引き裂かれる最後の時に向かって進んでいた。
長さ2千キロ、面積三十七万平方キロのその巨大な体は、なお熱を持ち、激しい喘鳴(ぜんめい)と痙攣を繰り返していたが、その周辺から浸水地域を示す青い光斑が、死の影のようにその輪郭を蚕食しつつあった。
日本列島が沈むので、これが日本アルプスの見納めだと思ったからだ、というのだが・・・
鹿島槍から白馬への縦走コースは、夏は、東斜面の大雪渓の景観が素晴らしいが、途中に鹿島槍、五竜山間の尾根わたりの八峰キレットの難所があり、この緊急時に、山岳向けの天気予報さえやっていない中を、気候の変わりやすい春先に・・・
天狗小屋・五竜小屋・唐松小屋・猿倉荘・栂池(つがいけ)小屋・黄金湯・蓮華温泉・
「ぼくたちは、アルプスで死んだっていいと思って来たんだ・・・・」
小野寺は愁眉(しゅうび)をひらいた。
「警報・・・緊急警報・・・乗鞍噴火の危険せまる。・・・退避・・・」
警報が出たのは、どっちの乗鞍だ?
「白馬大池が切れたんだ・・・」
その奔流の轟音は四囲の山々に殷々(いんいん)にこだまし・・・
乗鞍岳か、小蓮華岳か。。。
蓮華温泉
「においますね。まさか、赤倉山が噴火するんじゃないでしょうね」
仮に溶岩噴出があったとしても、このあたりの酸性の強い花崗岩性の溶岩は、粘性が高くて、大洋性の火山溶岩のように、
谷にまっしぐらに押し流されてくることはない。
いちばん危険なのは、山腹破裂型噴火だが、これはまずあるまい。
戸隠連峰の高妻山山頂部が、爆発噴火のため、まず吹っ飛び、
噴気孔をうがった戸隠山西斜面山腹噴火が、この瞬間にはじまったのだった。
近畿地方に、最初に巨大な「破局」が訪れてきたのは、
4月30日の午前5時11分だった。
そして、この日は、世界の地震観測史上はじめて「超広域震源地震」という、
これまで知られたことのないタイプの地震が、西太平洋地域で記録された日でもあった。
カプセル住宅をコンテナのかわりにぎっしり積み込んだコンテナ船。
着陸態勢にに入り、すでにグラインド・パスにのってフラップも降ろし、脚も出し、
アウターマーカーを過ぎ、ミドルマーカーを過ぎ、ぐんぐん高度を下げてB滑走路に近づきつつあった。
「緊急退避用意!」
「汽笛吹鳴(すいめい)だ。ほかの船にも知らせろ。沖合いへ退避する」
「ばか!津波をだ。襲ってくるぞ。たぶんな・・・」
「出航用意!」
「ディーゼルでよかった・・・タービンじゃ退避が間に合わないところだった」
「もうすぐ地震がくるぞ。あわてるな、ゆっくり乗せろ!」
「係留索はずせ!後部へ伝えろ!係留索放棄の用意をしておけ!」
大阪空港では、パンアメリカンのボーイング747Eが、490席のシートを満席にし、
350トンの巨体をゆすって滑走をはじめたとき、地震が襲ってきた。
「PAN107便をとめろ!離陸中止だ!」
だが、すでに目測時速120キロを越していた。
120キロの速度のついた350トンの機体は、逆噴射装置を噴かして3200mのB滑走路にギリギリ止まるかもしれない。
PAN107便は、150キロ、170キロとぐんぐん速度を増していった。
その間にも上下動は続き、機体は大きくバウンドした。
神様!!
3200mのB滑走路を、あとわずか残すだけで、ジャンボの前輪(ノーズギア)が上がり、
続いて16個の主車輪が滑走路を離れた。
「空港内全機へ、こちら管制塔。緊急事態発生!全機エンジンを切れ・・・地震がくる!」
近畿、四国、九州中央部を襲った震度7の激震は、震源が伊勢湾、紀伊半島北山川上流、紀伊水道南部、土佐湾、
豊後水道、宮崎県小林付近と、何箇所にも渡ってほとんど同時に発生した、という点で、
地震史上未曾有のものだった。
あとになって、伊勢湾から九州南部にかけて600キロにわたる直線上のどこかに発生した地震が、
引き金のように直線上に並んだ震源の地震を誘発したらしい。
そこにははっきりとした一つの「像」が浮かび上がった。
震源地は、志摩半島から紀伊半島中央部を横断し、四国の中央部を東西に走って九州中央部を北東から南西に抜ける、
あの顕著な「中央構造線」の上に並んだのである。
紀伊山塊と四国地塊の、南の部分が、この断層を境にして、南方に3m、東方に向かって十数mも動いたのである。
ここに生じた大断層は、四国において新居浜付近、三重県の伊勢市付近まではっきり追跡できる巨大なものだった。
奈良、三重県境の高見峠、国見山、四国山脈中の笹ヶ峰、大森山では、山崩れが起こり、
場所によっては山が真っ二つに裂け、山容がまるで変わってしまった。
鳴門海峡では、海底に異変が起こったらしく、渦がほとんど消え、海峡の幅は数百mも広がった。
伊勢湾、紀伊水道、大阪湾、播磨灘、土佐湾、豊後水道一帯は、場所によって十数mの津波に洗われた。
死者、行方不明者は、東海、近畿、中国、四国、九州で、一瞬にして200万人ののぼった。
津波の被害を最も激しく受けたのは、紀伊水道両岸と、淡路島、それに豊後水道両岸で、それに徳島県南部の阿南海岸、
室戸岬、土佐湾、日南海岸が次いだ。最も凄まじかったのは、津波の進行正面にあたる、淡路島南岸と、紀州加太、
四国の鳴門市で、ここでは海水が14mも盛り上がり、淡路島南部の諭鶴は鶴羽(ゆづるは)山地の山麓を海抜35mまで、
荒れ狂う波先が襲いかかった。津波が引いたあと、友ヶ島、加太、由良、福良、鳴門の地上には、ほとんど何も残らない惨状だった。
和歌山市、徳島市も市内半分が津波で壊滅させられ・・・
そして、この「中央構造線大地震」は、折から日本上空百数十キロを通過中だった、アメリカのMOL(有人軌道研究衛星)によって逐一目撃されたという点でも特異なものだった。
何気なしに超望遠レンズのついたカラー暗視装置(ノクトビジョン)のスイッチをいれた。
「おい!西日本になにか起こるぞ!」
「パットも起こせ。手伝ってくれ。ほら、海の色があんなに変わっていく」
「こりゃすごい!地磁気も重力も滅茶苦茶に動いているぞ」
「やった!日本が裂けるぞ!」
紺碧の海面に、小さな、やや淡いような斑点がいくつも浮かび上がり、それが東西に一列につながるように次々に増えはじめた。
海表面を、細かいさざなみのような衝撃がさっとまるく広がると、続いていくつかの斑点を中心に、黒ずんだ波紋が、驚くほどゆっくり広がりはじめた。
「津波だ!」
はるか南のチリにまで達した津波の波紋が、眼下の青い大洋に黒ずんだ輪となって開きつつあった。
「おい、日本の南部の地形が少し変わったみたいだぞ。錯覚じゃないみたいだ」
「報告してやれ。いよいよ・・・日本が沈み出したって・・・」
巨大な山嶺ごと体を震わせながら、四国南部と紀伊半島南部は、一時間に1m半ないし2mという驚くべきスピードで、
太平洋に向かって動き始めたのだ。実際、そのとき、本土側も、時速十数cmのスピードで南東へ動いていた。
そして、南東へ向かって滑り出した地塊の行く手では、大陸棚から大洋底にかけて、
海底の異様なまでの急速な沈下が、一時間数mに及ぶ、「収縮」といいたいほどの陥没が、
長さ数百キロにわたって起こりはじめたのである!
地震発生後、数時間にして、尾鷲、熊野、新宮、潮の岬(和歌山県西部)はほとんど海面下に没し、
海面は那智の滝の直下にまで上昇してきた。
遠州灘東方沖合いに生じた津波は、駿河湾にはいって、波高7mに達し、沿岸を一なめにし、
沼津、富士両市をほとんど壊滅させ、富士川沿いの、大地溝帯(フォッサマグナ)と中央構造線の交点に生じた大断層と、
陥没した地盤に向かって奔流し、牙をむく海水は、ついに富士宮市南部付近にまで達した。
愛鷹山は、その山容のあとかたさえ残らないほどの大爆発を遂げた。
火は、ついに水と出会った。
火流と水蛟(こう)は、ついに本州中央部において、激しくかみ合ったのである。
「西日本が沈みはじめたらしいぞ!もう手遅れだ」
「まだ間に合います。日本が完全に沈みきるまでには、あと最低4、5ヶ月はあります」
「次は東北の北上断層に、大きな水平断層が起こります。
北海道の石狩平野にまで影響が及んで、三陸海岸から北上山地の東半分が、大洋傾斜に沿って滑り始めるでしょう」
「それから、今中部地方で火山爆発の危険が増大しつつあるのは、乗鞍火山系です。
今朝の地震が引き金になって、12時間以内に大噴火が起こるでしょう・・・」
「おい!足摺岬が、もぐってゆくぞ・・・」
それに高速道路は、数箇所が落ちれば「密室」になってしまう。
まだどこかで、せまりくる死に怯え、苦痛に呻吟(しんぎん)しているのだろうか?
[名](スル)苦しんでうめくこと。「病床に呻吟する」「小説の書き出しに呻吟する」
大阪の市外のうち、海よりの、平均海面より低い此花区、港区、大正区は、ほとんど完全に水没していた。
黒インクのようにどす黒く濁った水、それは、大阪港の改定の泥が津波の衝撃で、湧き上がったものらしかった。
沿岸部に続く、福島、西、浪速、西成などの区も、建物の3階から4階あたりまで水没してしまっている。
市内高速道路は、至るところでかしぎ、桁がはずれ落ち、中ノ島付近では、橋脚が脚をとられたように一方へずれて、
濁った水面にぐんにゃりとたれさがっていた。中ノ島は、完全に水没して・・・
大阪市は、一瞬にして「水の都」の姿にかえった。
「松本から・・・乗鞍岳爆発、焼岳、不動岳噴火開始・・・」
「続いて長野から報告、高妻山方面で爆発・・・西側斜面噴気開始・・・」
「高妻山が?」
「予想外に早かったな・・・なにしろ糸魚川の大地溝帯(フォッサマグナ)の両側だからな。
あの地帯の水平ずれは、もう20m以上になっているし、」
ブザーがまた鳴って、地図上の、東北地方に赤い光が二つ点いた。
「盛岡、岩手山、駒ケ岳噴火開始・・・」
蛍光ボードの上に描かれた日本列島の地図は、ぼやっと輪郭のぼやけた、一匹の竜の形のしみになって見えた。
その背景を形づくる脊梁山脈のいたるところに、噴火、地殻変動の危険を告げるオレンジ色の光の斑点が、
まるで醜い病巣のように輝いていた。
竜は病んでいた。
その五体のいたるところ、深部から組織を破壊する死病に蝕まれ、熱をもち、血を噴き、のたうちながら、
五体を引き裂かれる最後の時に向かって進んでいた。
長さ2千キロ、面積三十七万平方キロのその巨大な体は、なお熱を持ち、激しい喘鳴(ぜんめい)と痙攣を繰り返していたが、その周辺から浸水地域を示す青い光斑が、死の影のようにその輪郭を蚕食しつつあった。
日本列島が沈むので、これが日本アルプスの見納めだと思ったからだ、というのだが・・・
鹿島槍から白馬への縦走コースは、夏は、東斜面の大雪渓の景観が素晴らしいが、途中に鹿島槍、五竜山間の尾根わたりの八峰キレットの難所があり、この緊急時に、山岳向けの天気予報さえやっていない中を、気候の変わりやすい春先に・・・
天狗小屋・五竜小屋・唐松小屋・猿倉荘・栂池(つがいけ)小屋・黄金湯・蓮華温泉・
「ぼくたちは、アルプスで死んだっていいと思って来たんだ・・・・」
小野寺は愁眉(しゅうび)をひらいた。
「警報・・・緊急警報・・・乗鞍噴火の危険せまる。・・・退避・・・」
警報が出たのは、どっちの乗鞍だ?
「白馬大池が切れたんだ・・・」
その奔流の轟音は四囲の山々に殷々(いんいん)にこだまし・・・
乗鞍岳か、小蓮華岳か。。。
蓮華温泉
「においますね。まさか、赤倉山が噴火するんじゃないでしょうね」
仮に溶岩噴出があったとしても、このあたりの酸性の強い花崗岩性の溶岩は、粘性が高くて、大洋性の火山溶岩のように、
谷にまっしぐらに押し流されてくることはない。
いちばん危険なのは、山腹破裂型噴火だが、これはまずあるまい。
戸隠連峰の高妻山山頂部が、爆発噴火のため、まず吹っ飛び、
噴気孔をうがった戸隠山西斜面山腹噴火が、この瞬間にはじまったのだった。
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