拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

不倫オペラ(ドン・ジョヴァンニが失格の危機)

2024-09-16 08:16:48 | 音楽

横野好夫です。拝島さんが書いてたように、今、レーザーディスクでオペラ三昧。昨日はロシア物の二本立て。いずれも当局から目を付けられた曰く付き。一本目はショスタコーヴィチの「カテリーナ・イズマイロヴァ」。もともとは「ムツェンスク郡のマクベス夫人」ってタイトルで、スターリンの逆鱗に触れ、当時、粛正の嵐が吹き荒れていたからショスタコーヴィチは命の危険にさらされた。

内容は、カテリーナが情人と一緒になるために舅を殺し、情人に夫を殺させたがバレて二人してシベリアに送られる。その道すがら情人は別の女といい仲になり、怒ったカテーリナがその女を道連れに海に身投げするって話。ストーリーもさることながら「営み」のシーンが露骨で卑猥だったことがスターリンを怒らせた。ショスタコーヴィチが、後日、台詞をマイルドにし、タイトルを改めたのが昨日視聴した「カテーリナ・イズマイロヴァ」ってわけ。

その大元の「ムツェンスク……」は、実演をケルン歌劇場の引越公演で見た。たしかに「営み」のシーンは露骨だった。しかも、光の加減でストップモーションのように見せた演出は大変に過激だった。今回見たレーザーディスクは、そこまで露骨ではないが、でも、台詞をマイルドにしたと言ってもこちとらロシア語の台詞など分からないからどうマイルドになったのか分からない。十分に、生で見たときのことを思い出して楽しんだ。

この際である。不倫を扱ったオペラを思い起こしてみよう。ただし、「不倫」と言うためには、当事者の一方又は双方が配偶者持ちでなければならない。この条件に留意しつつ見てみると、

ロマン派の両巨頭、ヴェルディとヴァーグナーは「もちろん」不倫オペラを残している。ヴェルディの「仮面舞踏会」のリッカルド&アメリアのうち、アメリアには亭主がいるから合格である。ヴァーグナーの「トリスタンとイゾルデ」のイゾルデはマルケ王の妻であるからやはり合格である。

モーツァルトとなると、注意が必要である。「フィガロの結婚」では、伯爵に対するスザンナも、伯爵夫人に対するフィガロも策略で不倫しそうに見せかけてるだけでちょめってない。だが、私は細部を見逃さなかった。伯爵はバルバリーナに手を出している。この一点でぎりぎり合格である。「ドン・ジョヴァンニ」は、いたした数だけならスペインだけでも1003人だからトップの成績だが、条件は配偶者持ちであることであった。ドン・ジョヴァンニは、唯一ドンナ・エルヴィーラとの結婚歴があるが、結婚後は、なにやら失敗続きでもしかするといたしてないかも知れない。ドン・ジョヴァンニがまさかの失格の危機にある。

「ムツェンスク」と同様に殺人がからんだマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」も、サントゥッツァとトゥリッドゥが結婚前だから、トゥリッドゥの浮気はサントゥッツァに対する関係においては不倫にならない。失格の危機?だが、トゥリッドゥの浮気相手のルチアには夫(馬車屋のアルフィオ)がいるから合格である。良かったね。なお、サントゥッツァはトゥリッドゥの子供をお腹に宿しているが、未婚の母は当時キリスト教社会では大変な罪になった。だから、サントゥッツァは必死にトゥリッドゥとの結婚を望んだのだが、トゥリッドゥが改心しそうもないと知るや、トゥリッドゥとルチアの関係をルチアの夫のアルフィオにばらしてしまい、決闘でトゥリッドゥはアルフィオに殺される。これで「未婚の母」確定となったわけである。

やはり不倫に殺人がからむベルクの「ヴォツェック」こそは、「ムツェンスク」に直接的に影響を与えたというが、ヴォツェックとマリーは事実婚である。この場合、マリーが鼓手長と持った関係が不倫になるか否かは事実婚の捉え方にかかってくる。今日のように、事実婚と法律婚がほとんど同じであれば合格であるが、さあどうだろう?

なお、ベートーヴェンの唯一のオペラである「フィデリオ」には不倫のふの字もない。ベートーヴェンはある意味石部金吉で、そういう話が大嫌いであった。と言って、ベートーヴェンが女嫌いだったわけではなく、第九の初演時には、ソプラノとアルトの歌手(どちらも二十歳前後)から「先生!あたしたちにソロを歌わせてください!」とにじり寄られてすっかり鼻の下をのばして承諾したものである。待てよ。こういう話がある。ベートーヴェンの不滅の恋人の候補の一人は亭主持ちだったが、ベートーヴェンと関係して密かに子を設けたという話である。立派な研究者が唱えている説である。それが本当なら、ベートーヴェンの不倫嫌いはなんだったんだ?と言いたくなるが、まあ、言ってることとやってることが違うというのはよくある話である。それより、それが真実なら、この世界のどこかにベートーヴェンの直系の子孫がいるかもしれない、ということである。なお、ベートーヴェンの傍系の子孫はいて、ベートーヴェンのことを「ハンサム」だったと言っているのをテレビで見た。身びいき!?と思わないでもなかった。