■連日の外出自粛要請
おそろいの華やかな白と黒の衣装でバレエ「白鳥の湖」を踊り、冗談話に噴き出しながら刺しゅうを楽しむ高齢女性たち――手元のアルバムの写真は笑顔であふれている。
「もうみんなで集まることはないのかしら」。新潟市の渡辺わか子さん(78)は自宅でため息をつく。
渡辺さんが主宰していた同市の高齢者サロン「いっぷく亭」は2010年から月2回、お年寄り約20人が集まり、体操やお茶会などを楽しんでいた。だが、新型コロナウイルス禍で20年2月に活動を停止した。
テレビをつければ連日、「高齢者はコロナの重症化リスクが高い」「外出自粛を」と報じられていた。近所の目が気になり、夫と2人、息を潜めて暮らした。「初めて自分が高齢者という現実を直視させられた」
行動制限が緩和される中、周囲からサロンの再開を打診されたが、首を横に振った。「気力がわかないの。心にコロナが根を下ろしてしまった」と肩を落とす。
■認知症にも
コロナ禍で高齢者が家に引きこもりがちとなったことを示す調査結果がある。
ニッセイ基礎研究所が今年3月、20~74歳の男女を対象に行ったインターネット調査では、70歳代で外出頻度が週1日以下だった人の割合が男性はコロナ禍前(2020年1月)の8%から22%に、女性は12%から24%に増えた。
埼玉県川越市新宿町の老人クラブでは、100人いた会員がコロナ禍で15人減った。長引く外出自粛の影響で認知症となり、施設に入所した人も少なくない。
会長の男性(86)は「同居の家族から『コロナにかかったら迷惑だから外に出ないで』と止められた人も多い」と明かす。
「コロナ禍で『高齢者は弱い』とのイメージとともに、一部でエイジズム(年齢差別)が広がった」と語るのは、実践女子大の原田謙教授(社会老年学)だ。
SNSでは、コロナの行動制限に不満をためた一部の若者が「年寄りは出歩くな」などと投稿。高齢者側も「自分たちは社会の重荷かもしれない」と自尊感情を低下させ、「高齢者自身によるエイジズムも起きている」(原田教授)という。
米国では若者の高齢者差別が社会問題となっている。世界保健機関(WHO)は昨年3月、「コロナは高齢者に壊滅的な打撃を与えた」とし、今後10年間のテーマに「エイジズムとの闘い」を掲げた。
■世代間交流
なぜエイジズムが起きるのか。原田教授は、人は自分が所属しない集団に排他的になる傾向があり、核家族化した現代ではエイジズムが生まれやすいと指摘。「若者も身近に親しい高齢者がいれば、差別・偏見の意識は弱まる」と話す。
静岡県立裾野高校では2年前から、有志の生徒が放課後などに一人暮らしの高齢者と電話や手紙で連絡をとる活動を続ける。高齢者の見守りが目的だが、お年寄りから「部活の試合、頑張って」と逆に励まされることも。同校の稲(いな)有子教諭(47)は「生徒たちはお年寄りと言葉を交わすうちに人生の深みを感じ取っているようだ」と語る。
コロナ禍をものともせず精力的に活動するお年寄りも少なくない。NPO法人「りぷりんと・ネットワーク」(東京)では、高齢のボランティアが月1回、東京都新宿区のアスク薬王寺保育園で園児に絵本の読み聞かせを行っている。
同区の女性(68)は「子どもの元気がダイレクトに伝わり、人の役に立つことに生きがいを感じる」と笑う。活動を長く続けられるよう体力作りのためラジオ体操を始めた。「読み聞かせがなければ、コロナ禍で自宅にこもっていたかもしれない」と話す。
百川(ももかわ)飛鳥園長(40)は「シニア世代とのふれ合いは子どもの心の成長に大変よい影響が出ている」と語る。
東京都健康長寿医療センター研究所の小林江里香・研究副部長は「高齢者が幸福感を得るには、多様な人との交流や『社会貢献ができた』と実感できる環境が重要だ。地域でのつながりの場を確保する取り組みが欠かせない」としている。