福島第一原発への対処のため福島県郡山駐屯地に派遣された陸上自衛隊練馬駐屯地(東京都練馬区)第1特殊武器防護隊に所属する()3等陸曹が、自衛隊車両などを盗み、逃走した。
同駐屯地は19日、逮捕、送検された3曹を懲戒免職にした。
この措置は当たり前ですね。
池袋で警務隊に取り押さえられたそうです。
税金払っているんだからとの罵声が聞こえてきます。
自衛隊員も、極限まで追い込まれているんだなと考える人もいます。
レスキュー隊の会見も色々な意味で泣いていました。
あなたはどう思いますか?
私は、日本は自衛の範囲ですから微妙な意見になります。(軍隊ではないので)
鍛えると、「いじめ」になってしまいます。
そして、今時は訴えられます。
相手に捕まって、拷問なんか受けたと想定するとすぐ自白するでしょうね。(例えばですが)
生死を考えると、すぐ逃げる人もいるでしょうね。
警察官でも廊下を歩いていて、先輩が後輩を挨拶が不適切であると叱れば(頭をたたく)、すぐにニュースに報道されます。
叱った側が不適切と言われます。
匿名で署員から投書メールがあるので余計なことは言えないシステムになっているようです。(企業化)
学校でも、生徒を叱るとすぐに問題になります。
このように公務員と民間が同一のものと考えられてます。
なぜ、このようなことになったか考えたら、次のことが頭に浮かびました。
自衛隊員の多くは、民間人との接点が警察官や消防官と異なり極端に少ないと感じました。
それが、「現実」の使命感に直結すると考えられます。
死体を多く見るのは、警察官>消防官>自衛官となります。
今回のご遺体収容活動で動揺していたのが「誰」かわかっているはずです。
努力する姿勢は、みな同じですが、その場数が違うのです。
交通事故、焼け後、殺人、子供、女性、老人、異臭・・・。
事件を立証する為、厳冬期に山の川に入って「ざる」で、バラバラにされて廃棄された死体の一部を捜すことも警察官の方はやったりします。
だから、亡くなった方を見るたびに使命感が自然に宿るのです。
今回の自衛官のような行動は許されるものではありませんが、そういう自衛官を作ってしまっている、わずかな原因が私たちにもあるような気がします。
ちなみに、食肉卸市場なんかに行った日には、しばらく肉が食べれなくなりますよ。
それが、人間が何万と死んだ事実や残骸の山を目の当たりにしたら、さぞ、どこの国に来たのかわからないような光景に見えたのだと思います。
強靭な「肉体」と「精神」を同じ人間が、入隊しただけで作ることが出来るのか?
日々の訓練と実務で耐えたものだけが達成できるのです。
そして私たちは同じ人間なのに、守られることはあっても、彼らを守ることは何一つ出来ないのです。
このことは、そう遠くない未来において明確になるでしょう。
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