「おはよう、アルフィン」
ジョウが、銀の長形のトレイを持って寝室に現れる。
自動ドアを通ってまっすぐにベッドに向かう。
アルフィンは「ん~」と寝返りを打つ。窓の方に身体を向ける。
ジョウはトレイをサイドテーブルに置いて、リモコンを取り上げた。ブラインドを開ける。
電子作動音とともに、朝陽がベッドに射し込む。明るい日だまりが、真っ白なシーツに彼女の金髪を煌めかせる。
アルフィンは眩しそうに目を瞬かせた。枕に顔を押し当てる。
ジョウは苦笑して、ベッドの端に軽く腰を下ろした。
「朝だぞ。起きろよ、アルフィン」
手を伸ばして、顔を隠す髪のほつれを直してやる。
優しい手つき。
そこでようやくアルフィンがうっすらと目を開けた。碧眼が焦点を結ぶ。
首を巡らして、視界に彼を捉える。
ふわっと微笑み、
「ジョウ」
と呼んだ。
ジョウはアルフィンの顔の脇に手を突いて、「おはよう。よく眠れたか」と覗き込んだ。
「うん。ぐっすり」
「それは何より」
飯、もってきたぞ。半身ずらして、ジョウは銀のトレイを指し示した。
「起きられるか。ここで食べる?」
「うん。食べる」
眠気が残っているのか、あどけない言い回しになっていることにアルフィンは気づかない。
ジョウは笑みを蓄えて立ち上がり、サイドテーブルからトレイを持ち上げた。
「気をつけて。運ぶよ」
もぞもぞと上体を起こしヘッドレストに身体を預けた彼女の膝の上に、注意深く置く。
「わあ、美味しそう」
アルフィンは差し出されたトレイの上に並ぶ料理を見て声を上げた。
焼きたてのパンケーキにホイップクリームを添えて。ケチャップを載せたオムレツ。フルーツをたっぷり使ったサラダ。ヨーグルト。朝は珈琲より紅茶党であるアルフィンのために、アールグレイにした。ウエッジウッドのお気に入りのカップにたっぷりと。
きらきらと目を輝かせ、蕩けるような笑顔を彼に向けて「ありがとう、ジョウ」とアルフィンは言った。
ジョウは照れくさいのか、目を合わせず言った。
「パンケーキは少し焦がしたし、オムレツは形が崩れた。見逃してくれ」
アルフィンはかぶりを振った。
「そんなこと……嬉しい。ほんとに美味しそう。嬉しいわ」
ありがとうと繰り返す。胸の前で手を組み、昂ぶる気持ちを抑えきれない様子だ。
そんな彼女を愛しそうに見つめて、ジョウはそっとかがみ込んだ。
「どういたしまして。……どうぞ召し上がれ、ハニー」
囁いて頬に唇を寄せる。羽がかすめていくような優しい口づけ。
アルフィンは膝の上のトレイを気にしながら、ジョウの首に腕を回した。
ふんわりと掻き抱く。そして夢を見るようにうっとりと囁いた。
「愛してるわ、あなた」
「……ってな感じよ。うちのとうちゃんとかあちゃん。アラミスの家に帰るとさ」
タクマの暴露話を聞いて、タロスとリッキーが「ほ~」と長いため息をついた。
ため息というより、半信半疑、疑念が混ざった半疑問型の吐息。
リッキーがタクマに訊く。
「まさか、毎朝?」
「まさか。帰省中一回か二回くらいかな。あ、でもかあちゃんの誕生日には必ずするぜ」
「ほおおー」
タロスが幾分さきほどよりトーンを落として言った。
肩の線もだいぶん丸くなった。現役の頃よりも。
「あのジョウがねえ」
人間変わるもんだ、と笑みを浮かべる。
「まったく想像つかん。はに-? 聞いてるだけでこっちの歯が溶けそうだぜ」
「でれっでれだなあ」
「最初からそうしてたわけじゃないみたいだけどね。結婚してから、かあちゃんが根気強く調教したみたい。繰り返し言い聞かせて。旦那様にたまにこういうことされたら嬉しいんだけどなあって。初めのころはかなり渋ったらしいよ、とうちゃんも」
母親から聞いたことを思い浮かべながらタクマが言う。
「そりゃそうだろ。あの兄貴だもん。渋るさ」
天下一品の照れ性のはず。
「アルフィン、やるぜ。尻に敷いてるなあ。かんぺき」
「そうだね。兄貴に朝ご飯作らせてベッドまで持ってこさせるなんて」
なかなかできるもんじゃない。
「夢だって言ってた。結婚したら、旦那様にやってもらいたいことリストの筆頭だって。だからとうちゃんも折れたんじゃないかな」
「なるほど」
「結婚って、大変だな」
リッキーがボソッとつぶやいた。彼はまだ独り身だ。
タクマが腕を組んでいっちょまえに首をひねって思案顔を見せる。
「んー。そうでもなさそうだぜ」
だって、全然いやそうじゃないんだ。とうちゃん、今。
決して得意じゃない料理を、朝早く起きて一生懸命キッチンで作る姿を見ると、なんだか幸せそうだなって。
型崩れして、焦がしたオムレツやパンケーキでも、五つ星の料理店で出されたもののように嬉しそうに、そして美味しそうに頬張る母ちゃんも、なんだか、とっても幸せそうで。
なにより、とっても綺麗で。
起きぬけてすっぴんで、髪に寝ぐせもついてるんだけどさ。
あんなきれいなかあちゃん、めったに見ないぜ。
……ってことまでは教えないでおこう。きっととうちゃんだけの宝ものだから。
俺らにも見せたくないだろう、大切な。
「ひとまず御馳走さまってことだな。夫婦仲がよろしいようで」
そう言うタロスに、タクマは慌ててしいっと口に人差し指を当てた。
「あ。くれぐれもないしょだぜ。ここだけの話。俺らがばらしたなんてとうちゃんに言っちゃだめだよ」
きっと、間違いなくどやされる。手加減なく。
タクマは想像して青くなった。それを見てタロスとリッキーが笑う。
「さあて、どうかな」
「二人に再会したとき、話さない自信ないなあ、俺」
「あ、タイム。ちょっと待って。だめだってほんと、マジでだめだからな」
タクマの声が、ミネルバのリビングに響いた。
END
8月2日は「ハニーの日」だそうです。少し早いですが……
ジョウが、銀の長形のトレイを持って寝室に現れる。
自動ドアを通ってまっすぐにベッドに向かう。
アルフィンは「ん~」と寝返りを打つ。窓の方に身体を向ける。
ジョウはトレイをサイドテーブルに置いて、リモコンを取り上げた。ブラインドを開ける。
電子作動音とともに、朝陽がベッドに射し込む。明るい日だまりが、真っ白なシーツに彼女の金髪を煌めかせる。
アルフィンは眩しそうに目を瞬かせた。枕に顔を押し当てる。
ジョウは苦笑して、ベッドの端に軽く腰を下ろした。
「朝だぞ。起きろよ、アルフィン」
手を伸ばして、顔を隠す髪のほつれを直してやる。
優しい手つき。
そこでようやくアルフィンがうっすらと目を開けた。碧眼が焦点を結ぶ。
首を巡らして、視界に彼を捉える。
ふわっと微笑み、
「ジョウ」
と呼んだ。
ジョウはアルフィンの顔の脇に手を突いて、「おはよう。よく眠れたか」と覗き込んだ。
「うん。ぐっすり」
「それは何より」
飯、もってきたぞ。半身ずらして、ジョウは銀のトレイを指し示した。
「起きられるか。ここで食べる?」
「うん。食べる」
眠気が残っているのか、あどけない言い回しになっていることにアルフィンは気づかない。
ジョウは笑みを蓄えて立ち上がり、サイドテーブルからトレイを持ち上げた。
「気をつけて。運ぶよ」
もぞもぞと上体を起こしヘッドレストに身体を預けた彼女の膝の上に、注意深く置く。
「わあ、美味しそう」
アルフィンは差し出されたトレイの上に並ぶ料理を見て声を上げた。
焼きたてのパンケーキにホイップクリームを添えて。ケチャップを載せたオムレツ。フルーツをたっぷり使ったサラダ。ヨーグルト。朝は珈琲より紅茶党であるアルフィンのために、アールグレイにした。ウエッジウッドのお気に入りのカップにたっぷりと。
きらきらと目を輝かせ、蕩けるような笑顔を彼に向けて「ありがとう、ジョウ」とアルフィンは言った。
ジョウは照れくさいのか、目を合わせず言った。
「パンケーキは少し焦がしたし、オムレツは形が崩れた。見逃してくれ」
アルフィンはかぶりを振った。
「そんなこと……嬉しい。ほんとに美味しそう。嬉しいわ」
ありがとうと繰り返す。胸の前で手を組み、昂ぶる気持ちを抑えきれない様子だ。
そんな彼女を愛しそうに見つめて、ジョウはそっとかがみ込んだ。
「どういたしまして。……どうぞ召し上がれ、ハニー」
囁いて頬に唇を寄せる。羽がかすめていくような優しい口づけ。
アルフィンは膝の上のトレイを気にしながら、ジョウの首に腕を回した。
ふんわりと掻き抱く。そして夢を見るようにうっとりと囁いた。
「愛してるわ、あなた」
「……ってな感じよ。うちのとうちゃんとかあちゃん。アラミスの家に帰るとさ」
タクマの暴露話を聞いて、タロスとリッキーが「ほ~」と長いため息をついた。
ため息というより、半信半疑、疑念が混ざった半疑問型の吐息。
リッキーがタクマに訊く。
「まさか、毎朝?」
「まさか。帰省中一回か二回くらいかな。あ、でもかあちゃんの誕生日には必ずするぜ」
「ほおおー」
タロスが幾分さきほどよりトーンを落として言った。
肩の線もだいぶん丸くなった。現役の頃よりも。
「あのジョウがねえ」
人間変わるもんだ、と笑みを浮かべる。
「まったく想像つかん。はに-? 聞いてるだけでこっちの歯が溶けそうだぜ」
「でれっでれだなあ」
「最初からそうしてたわけじゃないみたいだけどね。結婚してから、かあちゃんが根気強く調教したみたい。繰り返し言い聞かせて。旦那様にたまにこういうことされたら嬉しいんだけどなあって。初めのころはかなり渋ったらしいよ、とうちゃんも」
母親から聞いたことを思い浮かべながらタクマが言う。
「そりゃそうだろ。あの兄貴だもん。渋るさ」
天下一品の照れ性のはず。
「アルフィン、やるぜ。尻に敷いてるなあ。かんぺき」
「そうだね。兄貴に朝ご飯作らせてベッドまで持ってこさせるなんて」
なかなかできるもんじゃない。
「夢だって言ってた。結婚したら、旦那様にやってもらいたいことリストの筆頭だって。だからとうちゃんも折れたんじゃないかな」
「なるほど」
「結婚って、大変だな」
リッキーがボソッとつぶやいた。彼はまだ独り身だ。
タクマが腕を組んでいっちょまえに首をひねって思案顔を見せる。
「んー。そうでもなさそうだぜ」
だって、全然いやそうじゃないんだ。とうちゃん、今。
決して得意じゃない料理を、朝早く起きて一生懸命キッチンで作る姿を見ると、なんだか幸せそうだなって。
型崩れして、焦がしたオムレツやパンケーキでも、五つ星の料理店で出されたもののように嬉しそうに、そして美味しそうに頬張る母ちゃんも、なんだか、とっても幸せそうで。
なにより、とっても綺麗で。
起きぬけてすっぴんで、髪に寝ぐせもついてるんだけどさ。
あんなきれいなかあちゃん、めったに見ないぜ。
……ってことまでは教えないでおこう。きっととうちゃんだけの宝ものだから。
俺らにも見せたくないだろう、大切な。
「ひとまず御馳走さまってことだな。夫婦仲がよろしいようで」
そう言うタロスに、タクマは慌ててしいっと口に人差し指を当てた。
「あ。くれぐれもないしょだぜ。ここだけの話。俺らがばらしたなんてとうちゃんに言っちゃだめだよ」
きっと、間違いなくどやされる。手加減なく。
タクマは想像して青くなった。それを見てタロスとリッキーが笑う。
「さあて、どうかな」
「二人に再会したとき、話さない自信ないなあ、俺」
「あ、タイム。ちょっと待って。だめだってほんと、マジでだめだからな」
タクマの声が、ミネルバのリビングに響いた。
END
8月2日は「ハニーの日」だそうです。少し早いですが……
⇒pixiv安達 薫
タクマは、なんとなくリッキーに似てない?
おしゃべりだしさ、調子いいし。
ジョウが、アルフィンに、尽くすのは、前夜無理させたからだよ。きっと。大人の事情は、まだ分からないだろうなぁ。
>ゆうきママさま
前夜のことまで頭にはなかったです。。。そんなに深読みして戴いて、幸せ…
リッキ-より若干すれてるっていうかとんがってるイメージですね>タクマ ジョウの息子ですからねv