「ねえジョウ、今度のバカンスのホテル、ここどうかしら?」
夕食後、リビングに集ってまったりしていると、タブレット画面をアルフィンが見せてきた。
南国の晴れ渡る空をバックにそびえる白亜のホテルが映し出されている。
ジョウはちょうど飲み物をキッチンから取ってきたところを呼び止められたので、アルフィンの背後に寄った。背もたれに肘を掛けて前かがみになり、彼女の背後から画面を覗く格好になった。
「ユーザーの評価もいいの。星五つよ」
「いいんじゃないか。部屋もゆったりしていて」
籐家具と白いリネン、シンプルな内装。ごちゃごちゃしておらず、快適そうな空間。一目でグレードの高いホテルだとわかる。
アルフィンが次々提示してくれる画面を見ながら、ジョウはドリンクを口に含んだ。
彼を肩越しに仰いでアルフィンが訊ねる。
「ぜんぶオーシャンビューで予約しちゃう?」
「そうだな……」
「俺らスイートルームがいい。最上階貸し切ろうぜ」
横からリッキーが口を挟む。巧みな手つきでコントローラーをさばきながら。
彼はいまテレビモニターを占拠して、オンラインゲームに熱中。目線は一ミリたりともモニターから離そうとしない。
アルフィンはリッキーの対戦の趨勢を見極めようとしたが、諦めた。実戦でドッグファイトを何度も繰り広げているのに、オフまで戦闘機に乗ってどんぱち空中戦をやろうとする気持ちが分からないとかぶりを振る。
「簡単に言うわねー。バカンスでスイートは勿体ないわ。だって、朝から晩までビーチで遊んで部屋にはほとんど寝に帰るだけなんだもの。コスパが悪いわ」
元お姫様でありながら、なかなかシビアなことを言う。
「たまのバカンスなんだから贅沢したっていいだろ。ねえ? リーダ-」
「うーん」
ジョウは言葉を濁す。
「最上階貸し切って、みんなで花火を見ようよ。打ち上げ花火」
リッキーはこんにゃろっとコントローラーごと全身傾げてアルフィンのからだすれすれまで寄る。
アルフィンは少し身を引いて、隣を見遣った。
「アンタ、何で今夜そんな豪勢なのよ、発言が」
「だって、毎晩打ち上げってあるぜ、そのホテルの特典」
え? アルフィンは慌ててタブレットに目を落とす。
ゲームに没頭するフリして、いつの間に……。侮れないわね。
「花火かあ……いいわね。ハイビスカス浮かべた甘いカクテル飲みながら、ベランダのデッキチェアで夜空を見上げて花火を堪能……。うふ、なんだか楽しみになってきちゃった」
うっとりを虚空を見上げる。
既に心はバカンスに、ホテルでのバケーションに飛んでしまっている。
「こらこら、まだ三ヶ月先の話だぞ。仕事が詰まってる」
ジョウがアルフィンの顔を覗き込んで、頭に手をやってくしゃっとした。気持ちが緩んでしまっては困るとばかり。
「はあい」
ジョウはバックレストに身体を預けたまま言った。
「まあ、楽しみがあるから仕事にも身が入るってもんだ。予約は頼んだぞ」
「うん。スイートにする? それとも個室?」
「そうだな……」
ジョウは少し思案した。金額的な問題ではない。スイートルームを数週間借りられるだけの財力はもっている。
思案のポイントは別のところにあった。
じっと自分を見上げている、碧い瞳を見つめ返す。
「?」
「いや、個室にしよう」
ジョウは言った。
「えー」
耳だけ二人の会話に向けていたリッキーがぶうたれる。
「わかったわ。シングルを4部屋ね。――セミダブルにランクアップはしてもいい?」
アルフィンがタブレットを操作して予約画面を呼び出す。
背後からその手許を覗きながら、ジョウはわずかに首を横に振った。
「いいけど。部屋数は4つも要らないな。3つでいいだろ」
「え?」
思わず、アルフィンが背後を見遣る。
怪訝な顔。間近でジョウの目と視線がぶつかった。
ちょっとだけばつが悪そうな顔になって、ジョウは目を逸らした。
「どうして? 3部屋って……」
アルフィンが彼の視線を追いかけながら呟いた。
ジョウでしょ、あたしでしょ、リッキーにタロス。チームメンバーは4人なのに。なんで? 3つ。
という思いがダダ漏れだったのだろう。ますますジョウは目をあらぬ方へとやって彼女から逃れる。
察しが悪いほうではないが、まさかジョウが言い出すとは夢にも思っていないため、彼の意図をすぐに汲んでやれない。
停滞した空気に風穴を開けたのはリッキーだった。
「兄貴、えっちい。未成年の俺らには目の毒!」
ぶっ込んだ。
「ぶっ」
飲み物を口に含んだところだったので、思わずむせた。咳き込む。
アルフィンはきょとんとしている。
「え?」
「えっろ~。そうかあ、兄貴にとっちゃスイートより個室予約の方が断然いいもんね。へえーそっかあ、3部屋かあ」
にやにやと意地の悪い目線を投げて寄越す。ジョウは耳まで赤くなって、
「五月蠅い」
「あ……」
そこでようやくアルフィンが悟った。3部屋のメンバーの部屋割り。ジョウが暗に提示していること。
そういう、こと? と遅れて彼女も赤くなる。タブレットを膝の上に置き、なんだか居住まいを正してしまう。
微妙な空気が流れる。
「いいなー。実は兄貴が一番楽しみにしてるんじゃないの? 今度のバカンス」
「お前、嫌な奴だな。……スルーしろよ、そういうところは」
ジョウは苦虫をかみつぶした顔を彼に向けた。リッキーは素知らぬ顔でコントローラーを操っている。
「だってさ、アルフィン。否定しないらしい。いいからさっさと予約しろって。ダブル一部屋とシングルふたつ。リーダーのご用命だぜ」
「は、はい」
「なんならお前達もダブルでもいいんだぞ? タロスと。アルフィン、空室あるだろ? 取ってやれ」
ジョウの反撃にリッキーが思わず目を剥いた。一瞬、モニターから目が離れる。
「悪いジョークだぜ。なしなしなし」
「なんだ。予約してあげたのに」
アルフィンも笑う。
「遠慮しまーす。お二人だけでどうぞ!」
言われてアルフィンがジョウに笑顔を向けた。ジョウももう目を逸らすことなく彼女に笑いかける。
確かに、俺が一番楽しみにしているのかしれない。
彼女と過ごす、夏のひとときをーー
ふと浮かんだ想像に渇きを覚えたように、ジョウはドリンクを喉に流し込んだ。
END
夏は、これから。
夕食後、リビングに集ってまったりしていると、タブレット画面をアルフィンが見せてきた。
南国の晴れ渡る空をバックにそびえる白亜のホテルが映し出されている。
ジョウはちょうど飲み物をキッチンから取ってきたところを呼び止められたので、アルフィンの背後に寄った。背もたれに肘を掛けて前かがみになり、彼女の背後から画面を覗く格好になった。
「ユーザーの評価もいいの。星五つよ」
「いいんじゃないか。部屋もゆったりしていて」
籐家具と白いリネン、シンプルな内装。ごちゃごちゃしておらず、快適そうな空間。一目でグレードの高いホテルだとわかる。
アルフィンが次々提示してくれる画面を見ながら、ジョウはドリンクを口に含んだ。
彼を肩越しに仰いでアルフィンが訊ねる。
「ぜんぶオーシャンビューで予約しちゃう?」
「そうだな……」
「俺らスイートルームがいい。最上階貸し切ろうぜ」
横からリッキーが口を挟む。巧みな手つきでコントローラーをさばきながら。
彼はいまテレビモニターを占拠して、オンラインゲームに熱中。目線は一ミリたりともモニターから離そうとしない。
アルフィンはリッキーの対戦の趨勢を見極めようとしたが、諦めた。実戦でドッグファイトを何度も繰り広げているのに、オフまで戦闘機に乗ってどんぱち空中戦をやろうとする気持ちが分からないとかぶりを振る。
「簡単に言うわねー。バカンスでスイートは勿体ないわ。だって、朝から晩までビーチで遊んで部屋にはほとんど寝に帰るだけなんだもの。コスパが悪いわ」
元お姫様でありながら、なかなかシビアなことを言う。
「たまのバカンスなんだから贅沢したっていいだろ。ねえ? リーダ-」
「うーん」
ジョウは言葉を濁す。
「最上階貸し切って、みんなで花火を見ようよ。打ち上げ花火」
リッキーはこんにゃろっとコントローラーごと全身傾げてアルフィンのからだすれすれまで寄る。
アルフィンは少し身を引いて、隣を見遣った。
「アンタ、何で今夜そんな豪勢なのよ、発言が」
「だって、毎晩打ち上げってあるぜ、そのホテルの特典」
え? アルフィンは慌ててタブレットに目を落とす。
ゲームに没頭するフリして、いつの間に……。侮れないわね。
「花火かあ……いいわね。ハイビスカス浮かべた甘いカクテル飲みながら、ベランダのデッキチェアで夜空を見上げて花火を堪能……。うふ、なんだか楽しみになってきちゃった」
うっとりを虚空を見上げる。
既に心はバカンスに、ホテルでのバケーションに飛んでしまっている。
「こらこら、まだ三ヶ月先の話だぞ。仕事が詰まってる」
ジョウがアルフィンの顔を覗き込んで、頭に手をやってくしゃっとした。気持ちが緩んでしまっては困るとばかり。
「はあい」
ジョウはバックレストに身体を預けたまま言った。
「まあ、楽しみがあるから仕事にも身が入るってもんだ。予約は頼んだぞ」
「うん。スイートにする? それとも個室?」
「そうだな……」
ジョウは少し思案した。金額的な問題ではない。スイートルームを数週間借りられるだけの財力はもっている。
思案のポイントは別のところにあった。
じっと自分を見上げている、碧い瞳を見つめ返す。
「?」
「いや、個室にしよう」
ジョウは言った。
「えー」
耳だけ二人の会話に向けていたリッキーがぶうたれる。
「わかったわ。シングルを4部屋ね。――セミダブルにランクアップはしてもいい?」
アルフィンがタブレットを操作して予約画面を呼び出す。
背後からその手許を覗きながら、ジョウはわずかに首を横に振った。
「いいけど。部屋数は4つも要らないな。3つでいいだろ」
「え?」
思わず、アルフィンが背後を見遣る。
怪訝な顔。間近でジョウの目と視線がぶつかった。
ちょっとだけばつが悪そうな顔になって、ジョウは目を逸らした。
「どうして? 3部屋って……」
アルフィンが彼の視線を追いかけながら呟いた。
ジョウでしょ、あたしでしょ、リッキーにタロス。チームメンバーは4人なのに。なんで? 3つ。
という思いがダダ漏れだったのだろう。ますますジョウは目をあらぬ方へとやって彼女から逃れる。
察しが悪いほうではないが、まさかジョウが言い出すとは夢にも思っていないため、彼の意図をすぐに汲んでやれない。
停滞した空気に風穴を開けたのはリッキーだった。
「兄貴、えっちい。未成年の俺らには目の毒!」
ぶっ込んだ。
「ぶっ」
飲み物を口に含んだところだったので、思わずむせた。咳き込む。
アルフィンはきょとんとしている。
「え?」
「えっろ~。そうかあ、兄貴にとっちゃスイートより個室予約の方が断然いいもんね。へえーそっかあ、3部屋かあ」
にやにやと意地の悪い目線を投げて寄越す。ジョウは耳まで赤くなって、
「五月蠅い」
「あ……」
そこでようやくアルフィンが悟った。3部屋のメンバーの部屋割り。ジョウが暗に提示していること。
そういう、こと? と遅れて彼女も赤くなる。タブレットを膝の上に置き、なんだか居住まいを正してしまう。
微妙な空気が流れる。
「いいなー。実は兄貴が一番楽しみにしてるんじゃないの? 今度のバカンス」
「お前、嫌な奴だな。……スルーしろよ、そういうところは」
ジョウは苦虫をかみつぶした顔を彼に向けた。リッキーは素知らぬ顔でコントローラーを操っている。
「だってさ、アルフィン。否定しないらしい。いいからさっさと予約しろって。ダブル一部屋とシングルふたつ。リーダーのご用命だぜ」
「は、はい」
「なんならお前達もダブルでもいいんだぞ? タロスと。アルフィン、空室あるだろ? 取ってやれ」
ジョウの反撃にリッキーが思わず目を剥いた。一瞬、モニターから目が離れる。
「悪いジョークだぜ。なしなしなし」
「なんだ。予約してあげたのに」
アルフィンも笑う。
「遠慮しまーす。お二人だけでどうぞ!」
言われてアルフィンがジョウに笑顔を向けた。ジョウももう目を逸らすことなく彼女に笑いかける。
確かに、俺が一番楽しみにしているのかしれない。
彼女と過ごす、夏のひとときをーー
ふと浮かんだ想像に渇きを覚えたように、ジョウはドリンクを喉に流し込んだ。
END
夏は、これから。
⇒pixiv安達 薫
タクマの年齢を考えると、若くして結婚しているから、短い恋人時代の話かな。
花火を見ながらのプロポーズも悪くないと思うよ。
リッキーモ、早くいい人見つけてね。
個人的には、あれやこれやプロポーズのシチュを想像しましたが、
一番しっくりくるのは、愛し合った次の朝、寝起きでまだ眠そうな彼女に「結婚しようか」とベッドに寝そべり優しく優しく囁く感じかなと思ってます。笑