背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

セイレーンの見せた夢(3)

2021年09月11日 02時55分45秒 | CJ二次創作
「えっ」
思わずタロスたちは声を失う。
そ、それってつまり……。
「ジ、ジョウ、あの、あんまし思い詰めちゃいけねえよ。犯罪、犯罪だけはだめだ。仮にも相手は一国の王女さんですぜ?」
「おっもしれえ。強奪するの? お尋ね者になっちゃわない?兄貴ってば」
ぞくぞくすんなあ。リッキーが笑った。それにタロスが噛みつく。
「あほかお前えは。ジョウ、どうか冷静に。今はアルフィンに再会したばかりで頭が沸騰しているかもしれませんがね。いったんようく冷やして、落ち着いてください」
「落ち着いてるさ。俺は」
必死に説得するタロスに、飄々とジョウは返した。さて、とシートから腰を上げた。
「ミネルバは軌道に乗ったし、後はドンゴに任せて俺たちも休もう」
お疲れだったなと仲間をねぎらって、通路を歩いて行く。
「兄貴」
「ジョウ」
「おやすみ」
呼び止める二人に手をかざして、ジョウは「ドンゴ、あとを頼むな」とブリッジから出た。
「キャハ、了解」



6年前、ミネルバに乗ってピザンを後にするとき。
俺はアルフィンにろくに別れの言葉を伝えなかった。ジョウは当時のことを思い出すともなく思い出す。
式典行事にかまけるふりをして、まともに会話もせずに別れた。見送りのゲートでアルフィンは、おおきく手を振ってくれた。いつまでもずっと。
彼女と向き合って話すことの何を畏れていたのか、今になればわかる。――俺は、アルフィンを連れていきたかったんだ。自分の船に乗せて。
別れがたかった。側に置きたかった。そう思うことが、自分のエゴだということもわかっていた。
だから、蓋をした。自分の中に湧き上がる感情に目を塞いだ。
せき立てられるように加速してピザンを離れたのを憶えている。
アルフィンはピザンの王女。俺とは住む世界が違う。だから離れたほうがいい。
そう言い聞かせ、忘れようと意識的に仕事に没頭した。
でも、時折どうしても気になって、ピザンの動静を探っていた。復興は順調だろうか、地方で内乱は起きていないか。
アルフィンは元気でいるだろうかと。
ピザンの国営ニュースが配信されていれば、できる限り視聴した。少しでもアルフィンの姿が映ると嬉しかった。
よかった。元気そうだと胸をなで下ろした。
大学に進学したことも、ニュースで知っていた。精力的に連帯惑星間を行き来して国民の慰問に力を尽くしていることも。
画像や映像のアルフィンは、自分といた頃よりなんだか大人びて見えた。反乱時、自分に泣いてすがって、時に感情的になって、冗談にはおかしそうに笑って、嬉しいときは飛び上がらんばかりにして喜ぶ。そんな喜怒哀楽がはっきりしていた少女ではもうないのかもしれないと思った。れっきとした、国民の崇拝を集める王女様そのものだった。
それが誇らしくもあり、なんだか寂しくもあった。
どこかの幼稚園か保育園に慰問に訪れたときの、園児たちといっしょに遊ぶ映像が王室ホームページで公開されているのを見つけた。アルフィン自身がピアノを弾いて、園児たちと歌を歌う動画だった。
なんだかジョウの心にじんわりと温かいものが広がっていくような、不思議な感覚にとらわれた。
その歌は童謡だった。きっとアルフィンの国に古くから伝わるものだろう。
アルフィンの笑顔がよかった。子供が好きで、歌うのも好きで。心から楽しそうに園児たちと笑い、歌っていた。ピアノが弾けることもその時知った。
君のそういう部分を、知る間もなく別れたな。ジョウはそんなことを苦く思った。
いつしか、その動画を繰り返し見るようになった。特に、仕事終えたあと、一息つきたいときなどに。
ぼんやりとホログラム動画を眺めていると、心が安らいだ。
忘れたことなどなかった。6年間、ずっと頭のどこかにアルフィンがいた。
ずっとずっと会いたいと思っていた。
でも実際会うのが怖くもあった。
会えば、きっともう歯止めが利かなくなる予感がしていた。
そしてはからずもジョウはアルフィンと再会し、その予感は現実のこととなる。


こと、女性関係において自分はまめな方ではないと思っていたけれど。
本当に好きな相手は別物だったみたいだとジョウは自己分析する。
宇宙港で再会してから、アルフィンには毎晩、二日とあけず電話をした。
「アルフィン、俺だ」
「ジョウ」
初めは、通話だけで。映像は彼女の許可を取ってから。
夜だと、いきなりテレビ通話にするのはためらいがある。女性なので……。そのぐらいの分別はジョウにもあった。
二言三言、交わしてからジョウが尋ねる。
「アルフィン、映像に切り替えてもいいか。顔が見たい」
「……ええ」
はにかんだ微笑とともに、モニターにアルフィンのバストショットが現れる。夜なので、パジャマの上にガウンを羽織っていたり、シルク素材のバスローブを身につけたりしていることが多い。リラックスした表情を見せる。
化粧は落としているようだが、もしかしたら薄く肌に載せているのかもしれなかった。それほど、今宵もアルフィンは美しかった。
ジョウの目元が柔らかくカーブする。アルフィンは小首を傾げた。
「お疲れ様。今日はどうだった?」
「ん。本部に呼び出された後はゆっくりできたよ。君は?」
「あたしはねえ」
他愛もない話を続ける。くすぐったくて、心地よい時間。
アルフィンの声を聞いているだけで癒やされた。姿が見られると、なお。
ふと思い出して、ジョウは訊いてみた。
「そういや、こないだネットニュースで見た。君に縁談が入っているって。たしか友好国の皇太子だったか」
名前は忘れたけどと言うと、あ、とアルフィンの顔が強ばる。
それを見て、事実だと知った。
「好き勝手書かれちゃうのよね。困るわ」
「事実無根って訳じゃないみたいだな」
「王室スキャンダルはいつの時代も国民の格好のネタなのよ」
はあとため息を漏らした。ジョウはなんと言っていいか迷いながら、
「……受けるのか。縁談」
と訊いた。


縁談は複数あった。
大学を卒業してから頻繁に持ち込まれるようになったと聞いた。たった数ヶ月だけど。
結婚なんて遠い話だと思っていたけど、実際に持ち込まれるとにわかに現実のこととして重みを持って自分の肩にのしかかってきた。
おそらく自分は王女として誰かのもとへ嫁ぐことになるだろう。純粋な恋愛の末の結婚はきっとない。
そう思うと、なんだか気が滅入った。
あたしは立場と立場で誰かと結ばれる運命なのだろうか。あたしに相手を選ぶ権利はないのか。
お父さまとお母さまも、恋愛結婚ではないと聞いている。政略結婚とは言わないが、国王として帝王学を小さな頃からたたき込まれたハルマン三世。その王位に見合う伴侶の人選が行われ、外交官の娘だったエリアナ――お母様に白羽の矢が立ったと。
でも、そのように結ばれた両親も、仲むつまじく過ごしている。娘の目から見ても、二人は強い絆で結ばれているとわかる。
……。
結婚かあ。アルフィンは独りごちる。
「結婚するなら、……あたしは」
あの人がいい。
黒い瞳に宇宙灼けした肌。ダークブラウンの癖の強い髪。筋肉質で、ずば抜けた運動神経をもつ。血の気が多くて、どんな困難にもくじけない。こうと決めたら絶対に退かない。精神的にも肉体的にもタフ。無骨で、デリカシーがない。でもすごく照れ屋で、優しい。
そう、とても優しいひと。
……ジョウがいいなあ。
結婚するなら、あの人がいいのに。――縁談話が舞い込むたび、アルフィンはそう思うのだった。



いきなりジョウに縁談のことを切り出されて、アルフィンは動揺した。勢いよくかぶりを振る。
「まさか。結婚なんて。まだ考えたことない」
「そうなのか? 王室の人って、結婚が早いイメージがあるけれど」
「人それぞれじゃない? あたしは、全然……」
うそだった。ちょっと後ろめたい。
結婚するなら、と考えていた人がいまモニター越しとはいえ目の前にいる。心がざわつかないはずがない。
なんだか内心を見透かされたようで落ち着かず、身の置き所に困った。
ジョウはしきりと何かを考えている様子だった。沈黙が訪れる。
なんだか気まずいわ。アルフィンは黙ってしまったジョウを窺いながら思う。
いくつか持ち込まれた縁談の相手について、母親に聞いたことがある。どんな方たちなのと。
エリアナが教えてくれた名前は、だれでも名前を知っているような高貴な人もいたし、そうじゃない人もいた。
どれも自分にはもったいない身分の方ばかりで、年もずっと上の人もいて。その中の誰かと結婚するというイメージがどうしても持てなかった。
そういうことを説明したほうがいいのだろうか。でも、……。
目の前の画面の中のジョウを見つめる。すると、何かがかちりと繋がったようにジョウがおもむろに口を開いた。
「考えてくれないか」
「えっ」
ジョウの声が低く絞られていた。
いま、なんて?とアルフィンが目顔で問う。
ジョウは繰り返した。
「考えてくれアルフィン。――結婚のこと。ちょっとでも。いや。かなり本気で」
「……どうして?」
ほのかな予感はあった。疼くような、身を焼くようなときめきが全身をうっすらと包む。
わかってるのに言わせようとしている。ジョウはアルフィンの思惑を見極めて、ここはしっかりとそれに乗る。
覚悟を決めた。
「結婚してほしいから、俺と。――ほんとは、直接会って言いたかったんだが」
モニター画面越しではなく、実際の君に。
でも縁談話が舞い込んでいるというのなら、悠長にしていられない。
どこの誰とも知らないやつにかっ攫われるのはまっぴらだ。この期に及んで。
「結婚……」
ストレートに言われ、アルフィンが呆然とした。


(4へ)

コメント (1)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« セイレーンの見せた夢(2) | トップ | セイレーンの見せた夢(4) »
最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
おはようございます (ゆうきママ)
2021-09-11 09:49:31
ブログを開くのが毎回楽しみです。
多少強引でも、アルフィンの両親が認めればOKだよね。本人同士は、問題ないんだから。
ジョウは嫌だろうが、一応クラッシャー界の御曹司で、実力・お金はある!どうせ、未来の王妃には、アルフィンは、適性がなくてなれないんだし。
航宙士の席は、あいてるし。
ただ、タイトルが気になる~
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

CJ二次創作」カテゴリの最新記事