「あれ、柴崎、爪短くしたの?」
久しぶりに二人で外ランチに出た。美味いと評判の新しいカフェ。
料理待ちの間、郁にしては目ざとく見つけて声に出す。
柴崎はテーブルに置いていた右手をさらりとかざして、
「ああ、これ。うん、最近ね」
と交わす。
もともと、長く伸ばすほうではない。柴崎に限らず、図書館の受付に入る以上、業務部の女子はみな爪は短めだ。マニキュアだって色のついたのは無論だめで、透明までのがギリセーフ。
でも。
「今の時期は、少し伸ばすと思ってた」
郁は日取りを頭の中で計算しながら言った。
「うーん。あたしもそうしようと思ってたんだけどね」
柴崎は頬杖をついて小首を傾げる。
「なんか、伸ばしていると痛いって言うからさ、背中が」
「……ふうん」
と相槌を打っておいて、
郁は、――へ? とどんぐりまなこ。
目が点になる。
柴崎は美しい微笑を湛えたまま、テーブル越しに親友を見つめている。
「ちゃんと加減して、傷はつけてないつもりなんだけどね」
……ええと。
郁は必死に柴崎の言葉を反芻する。
伸ばしていると、背中が痛いって言うから。
傷はつけてないつもり、なんだけど、って……ことは、つまり、つまり。
そういう意味?
見てはいけない。想像してしまう! と思っても、いや、思うほど目がいってしまうのが人情と言うもの。
柴崎の甘い爪を、爪の先が引っ掻くものを、いやでも想像してしまう!
郁はどんな反応を示したらいいか、瞬時迷って、結局、
「は、はははは」
と硬い笑いで返すしかなかった。
一方柴崎は余裕の笑み。どちらが既婚者かわからないような口ぶりで郁をからかう。
「ふふ。あんたってば相変わらず純粋培養乙女ね。
堂上教官にキスマークのひとつやふたつ、毎回ってほどつけてるでしょうに。もちろん上手に、服に隠れる場所にね」
「まいか……っ! んなことないわよっ」
と言いかけて、店中の視線を集めるほどの声量だったことに気づき、郁は慌てて自分の口に両手ではっしと蓋をする。
周囲を気にしながら、声の大きさを柴崎に聞こえるぐらいぎりぎりまで落として、囁く。
「……毎回なんてことないよ。5回にいっぺんくらいだよ」
とうとう柴崎は笑い声を店内に響かせた。
その左手の薬指には、婚約指輪がきらりと光る。
これから花嫁になろうとしている親友は、最高に最高に幸せそうだった。
柴崎と手塚の結婚式まで、残すところ、あとわずか。
(fin.)
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