「ジョウ、ココア持ってきたけど、要る?」
風呂上りのドライヤーを終えて、アルフィンがリビングにやってくる。
マグカップを二つ持って。ソファに座るジョウの隣にちょこんと腰を下ろした。
「ココア?」
「甘くないやつよ。眠る前はノン・カフェインがいいかと思って」
はい、とジョウ愛用のカップを手渡した。
「サンキュー。そっちは?」
「あたしはルイボスティー。美容にもいいの」
「ふうん」
本音を言えばコーヒーのほうが良かったのだが、それでもジョウはカップに口を付けた。
それからまじまじと隣を見る。白い手でカップを包み込むようにして持ち、ゆっくりと味わってお茶を飲んでいる横顔。シャンプーしたてのアルフィンの金髪は、いつにもましてつやつやに輝いて夜を彩る。
ココアの温かさに身をゆだねながらジョウは独り言ちた。
……俺はさ。
世の中にノンカフェインのルイボスティーなんて飲み物があるなんて、今まで知らなかったし、女の子の洗い立ての髪がこんなにきれいな艶を纏うなんて、アルフィンがこの船に来るまで知らなかった。
もっと遡れば、異性の身体がこんなに華奢で、頼りなげで、手首なんか折れそうに細いことも、それでいて柔らかみがあってふっくらしていることも、知らなかった。
そっと抱きしめると、どきどきと胸を心臓が内側から打ち付けることも、アルフィンと出会ってから初めて知った。
声が聴けると嬉しいってことも。内容はあんまり関係なくて、ただそれが聴けるだけでいいんだって、心地よいんだってことも。
笑顔が、最高に可愛いってことも。泣き顔も、怒り顔ももちろんいいけど、ーーいや怒った顔は滅茶苦茶怖い、あんまり怒らせたくないのが本当のところだがーーそれでも表情が豊かだと側で見ているだけでこんなに癒されるんだってことを教わった。そして、やっぱり彼女の笑った顔が一番ぐっと胸にクるんだってことも。
初めて知ることばかり。
たぶんきっと、これからも数えきれないほどたくさんの無数の宝物みたいな瞬間を、俺は彼女から教わるんだろう。
ジョウがじっと見ていると、視線を感じたのかアルフィンが小首をかしげて彼を見上げた。
「どうかした? ジョウ」
「……いや」
彼はかすかな笑みを口元に蓄える。
俺は、自分の名前がーーありきたりの名が、こんなにも優しい響きを持っているなんて、君に呼ばれなかったらずっと知らないままだったよ。きっと。
そんなことを思ったけれど、彼は口には出さず
「何でもない。ちょっとココアが熱かったから飲まずにいただけだ」
と誤魔化した。
「あなた、猫舌だったっけ?」
怪訝そうにアルフィンが言うから、
「たまにな」
そう答えてジョウはふーっと息を吹きかけてココアを冷ましたふりをして、ようやくマグに口をつけた。
END
ホワイトデーの二次は、このような作品になりました。