ギャラクシーカップラグビーの予選の放映がいま終わった。
アルフィンの応援していた地球代表のナショナルチームは敗退した。惜敗。悲願の決勝トーナメントには進出できなかった。
「はあ……」
熱戦の終結に脱力したアルフィンに、一緒に応援していたリッキーが言う。
「負けちゃったけど、いい試合だったね。ベストプレーだった」
「泣かせにこないで~。く、悔しい」
アルフィンは目元を押さえて喚く。
「食らいついても食らいついても突き放しにかかる。タフないいチームだった、うん」
敵ながらあっぱれとリッキーが称賛する。リッキーのひいきは今地球代表を下した相手方チームだ。
「うわ~ん、そうだけどお。やっぱし勝ってほしかった。もう試合で見られないなんて悲しい。寂しすぎるわ!」
アルフィンは顔を真っ赤にして涙をこらえている。
「ずいぶんな入れこみようだな」
ジョウが意外そうに片眉を上げる。
どこからどう見てもにわかファンだったはず。普段はラグビーなんて観戦することはないのに。
「だってかっこいいじゃない、地球代表。体格では決して勝るわけじゃないのに、鍛えて鍛えて。自分のためにプレーしてる選手なんて皆無なのよ?みんなチームのため、ファンのため、家族のため、国のためって体を張って、自分を犠牲にして……、4年間の厳しい練習を、この試合にぜんぶ賭けて。うううこうして話してるだけで泣けてくる~」
うるッと涙声になる。
「まさに男の中の男って感じ。素敵だわあ」
これは、ジェンダーに反する発言では……とその場にいるアルフィン以外の3人は思ったが口には出さなかった。
「……珍しく手放しでほめるな」
そこでジョウがソファから腰を上げてダイニングの方へ行こうとする。
飲み物がほしいのか、話を切り上げたかったのか。
いずれにせよ、気のないセリフだった。でも興奮しているアルフィンはその辺りに気が向かない。
「そりゃあね、かっこいいもん。キャプテンもハーフもみんな。体つきががっちりして男らしくて筋肉質でほんとうっとりしちゃう」
「……ほ~」
ん?
と、そこで目を見交わしたのはリッキーとタロス。ジョウの、微妙な声のトーンの変化に気付いた。
間に挟んで座るアルフィンに気取られないようにアイコンタクト。
ーーおい、これって。
ーーああ、たぶん……。
「あ、アルフィン、もうその辺にしといたほうが……」
「ん?何でよ?あ、勝手にチャンネル変えないでよタロス。これから選手のインタビューがライブで入るんだから」
「アルフィン」
ちら、ちら、と必死に目配せをする二人に、「なんなの?」と首をかしげるアルフィン。
二人の目線の先にはダイニングに消えるジョウの背中があった。
「ジョウ。あたしも何か飲んでもいい?」
アルフィンがキッチンにひょいと顔をのぞかせた。
彼の後を追ってきた形になる。
「……」
冷蔵庫からビール瓶を取り出したばかりのジョウは、ん、と場所をアルフィンに譲ろうとした。
と、その横に近寄って
「ビールかあ。あたしも飲もうかな」
目で尋ねる。
「ヤケ酒ならやめろよ。明日にひびく」
「そんな悪いお酒になんかしないわよ。戦い尽くした代表選手に失礼でしょ」
「……」
ジョウはビールの封を切って、立ったまま喉を潤した。
アルフィンはちら、と上背のあるジョウを見やる。冷蔵庫の扉に手を掛けたまま開けずに訊いた。
「ねえ、怒ってるの」
「誰が」
手の甲で口元を拭う。冷えたビールが喉を冷やして腹に落ちていく。
「ジョウが」
「怒る? 何でだ」
「~~んー……、なんとなく」
不機嫌オーラ出てるから。とは口にしない。
「気のせいだろ。もう行くぞ」
ジョウは話を切り上げてリビングに戻ろうとした。
「あたしが他の男の人、褒めたから?ミーハーな感じではしゃいだから?むっとしてるの?」
行きかけたところに直接聞いた。ジョウは憮然とした表情を彼女に向けた。
「……馬鹿言うなよ。んなことで怒るわけないだろう」
「そう言う口調がもう不機嫌なんですけど」
「……」
むっ。完璧にジョウの顔つきが剣呑なものとなる。
アルフィンは反対に吹き出すのを堪えるので必死だった。ジョウって結構分かりやすいわよね、こういうところ。
可愛い。
彼の眉間に指先を伸ばして「皺!三本も寄ってるわよ」と中指の腹で触れてみた。
「よせよ」
「ジョウってば、嫉妬したの。やだ。ただ、ラグビーの代表選手のことを素敵って褒めただけでしょ」
「ーー」
ぐっと詰まる。分かってる。アルフィンの言うとおりだ。ジョウは返す言葉もない。
応援していたチームの選手を褒めただけ。女性ファンの心理をシンプルに言い表しただけ。試合の後の高揚感に任せて。
それだけだ。とは、分かっている。ーーでも……。
しかしだな。
さっきから腹の中にもやもやわだかまっていた思いが、行き場を求めてのどのあたりにせり上がってくる。
「面白くないもんは、面白くないんだよ、やっぱり」
我慢がならず、ジョウは言ってしまった。
「俺の前で、他の男のことを格好いいとか言うな。いくら本当のことでもアルフィンの口から聞きたくない」
「ーー……はい」
アルフィンは呆気に取られた様子で、冷蔵庫の前、立ち尽くしたまま顎だけ引いた。
こくんと頷く。
その様子を見て、ジョウはあっと我に返った。
しかし、一度口にしてしまったことをもう元に戻すことはできない。
かあああっと、目で分かるほどジョウは真っ赤になった。とてもさっき口にしただけのビールのせいではありえない。
「う」
どう取り繕おうか、どうにもならない、その葛藤をジョウが襲う。その様子をまじまじとみて、アルフィンがふふと目元を緩める。
ーーほんとに、可愛い。
でもうっかり口にでも出そうものなら、本気で怒らせてしまう。それが分かっていたから、殊勝に謝った。
「ごめんね?デリカシーがなかった。もうしないわ。だから機嫌直して?」
「あーーああ、」
そんな、と素直に謝られたジョウが戸惑う。
アルフィンは言った。
「素敵な男の人は世の中にいっぱいいるけど、嫉妬されてこんなに嬉しい男のひとは世界であなただけよ、ジョウ」と笑った。
「……ばか」
よせよ照れくさい。ジョウは手にしていたビール瓶を額に押し当てた。
頭を冷やしたかったのと、アルフィンの視線から逃れたかったのと。
「たまにはあなたから妬かれるのもいいね」
「頼む。もう勘弁してくれ」
柄じゃないんだ。そう言ってジョウはその場から退散するしかなかった。
彼のトリセツ。一文追加。
ーー他の男の人のことを手放しでほめるのは注意。結構、嫉妬深いところもあるのよね。
そう言うところがとても可愛いんだけど。
END
お互い嫉妬深いのさ。