今回の仕事は、いつものとは毛色が違った。
花を運ぶのだ。薔薇の花を。
そう言うとえらくロマンティックな内容と誤解されるかもしれない。
が、実際はさほど甘いものでもなかった。
「これが、【ブルーレディ】かあ」
ケースに額をくっつけるようにして、アルフィンは今まじまじと薔薇に見入っている。
【ブルーレディ】
高貴な名を持つその薔薇が、今回の仕事の主役だ。
「きれいねえ」
ミネルバに持ち込まれた専用ガラスケースに(一見ただのガラスだが、温度、湿度、空調管理から、気圧の変化にも対応し、1ナノほども狂いなく調整できるハイテク機器。しかも防弾耐熱でもある)入れられた、一輪の青い花。
真ん中は濃い群青のように深い色合いをしているのに、花弁が広がるにつれて次第に淡くなっていく。薄い、透き通るようなブルーに。そのグラデーションの美しさに、見ているだけで心が吸い込まれるようだった。
とある小国(名前は伏せる)で、クーデターが起こった。クーデター自体は大規模なものでも今回が初めてというわけでもなかった。以前より、政府と反政府が対立する構図に人民が悩まされていた国だった。国力は低下し、度重なる内紛によって人心は荒れていた。
今や夜間外出禁止令が敷かれ、解除される見通しもなく、彼らの憤懣は募るばかりだった。
今回のクーデターも軍部が手を尽くして鎮圧しようとしていたがほとんど功を奏さず、政情不安は増すばかりだった。
ひとびとは倦んでいた。
安定しない生活と先の見えない未来に。
そこで、白羽の矢が立ったのは、先代の国王の在位の際、不興を買って国外追放されたひとりの人物だった。
伝説の名宰相。公明正大で清廉潔白の人物。長いものに巻かれることなく、ただ人民と国のためにわが身を粉にして働いた人格者。
荒みきったこの国を立て直すには、あの人の存在なくしてはありえない。政治の渦の中で翻弄されつつも、その中枢で国を維持するために必死に戦う者たちが、声を上げ始めた。
あの人を、この国に呼び戻そう。もう一度私たちの指導者として招き入れようと。
いまその人は、国交のない国に亡命している。国に留まっていては命の保証はなかった。政治の舞台からは遠のき、隠遁生活を営んでいると聞き及ぶ。
その人の元までこの「ブルーレディ」を届けて欲しい。
それが今回の依頼だった。
「青い薔薇って、あたし、初めて見たわ」
アルフィンがうっとりと呟いた。
その美しさにすっかり心奪われているといった様子だ。
「ああ、なんでも[ブルーレディ]は、そこの国にしか咲かない花なんだと、移植しようとして、今までことごとく失敗してるらしい。土の中の成分のせいなのか、それとも空気とか気圧の変化に弱いのか。科学者が研究を重ねてるらしいが、未だ解明されていないって話だ」
ジョウがクライアントから聞いた話をかいつまんで説明した。
「ふうん。じゃあ、今は完全にこの専用ケースで保護されてるけど、いったんこれを開いたら.....」
「たぶん、すぐに枯れちまうんだろうな」
アルフィンは実際にそれを目にしたかのように顔を曇らせる。
「そこにしか、その国にしか咲かない花なのに、他じゃ枯れるって分かってるのに、わざわざ国外へ持ち出して、宰相だったっていう人に届けるのはなぜ?」
「それはな」
この花、「ブルーレディ」は、象徴なのです。
私たちの国、母国の魂をこの横れなき青が象徴しています。
私たちの国は決して豊かでもなく、大きくもありません。ただ、マイノリティーではありますが、民族としての歴史、高潔な魂、そして志の高さはどこの誰にも負けないという誇りがあります。
【ブルーレディ】は私たちの国にしか咲かない花。
どうか、これをあの人へ。
我々のメッセージの入ったディスクとともに届けて下さい。
この花を見れば、あの人を我々がいかに待ち望んでいるか、いえ、母国が、人民があの人を心から必要としてるのだと伝えることができるはず。きっと、この花が我々の想いを代弁してくれるはず。ある意味、ディスクのメッセージよりも強く。
お願いします。クラッシャーショウ。
どうか、この花をあの人のもとへー。
ペラサンテラ獣を輸送した実績と経歴を買われ、内々でその国の大使という人物からオファーがあったのは一週間前。
そしてついさっき、数時間前に、ブルーレディを運ぶプランを立て終わったところだった。
実際のところ、ミネルバの中には観葉植物ぐらいしかみどりは置いていない。花などをプランターで栽培しようとしても、ワープや長時間の星間移動の際、花卉に少なからずダメージを与え、しおれさせたり枯れさせたりするためだ。切花を生けてもあまり保たない。
よって、今回の仕事を受けるに当たって、ジョウはわざわざ銀河連合の関連機関である植物管理センターから、専門知識をもつ職員を一人派遣してもらった。「ブルーレディ」に与えるダメージを最小限に押さえて運ぶにはどうしたらいいか。加速は、Gの限度は、など、細やかな計画が練られた。
そしていよいよ明日、ミネルバは【ブルーレディ】を乗せて、出発する。
「この花に一国の命運が掛かってるのね。責任重大ね」
アルフィンが言った。ジョウは表情を引き締めて領く。
「そうだな。今政治不安で苦しんでいる人たちを、救う糸口になるかもしれないんだからな」
「あなたにクーデターの鎮圧じゃなくて、花とメッセージの輸送を依頼するなんて、クライアントも目が高いわね」
「自分たちの蒔いた種は、自分たちで刈り取らねばならない。そう言ってた。
どれだけ時間がかかっても、国の叛乱は自分たちの力で解決していきたいんだと。その、元率相だという人を呼び戻して。力を合わせて」
「クーデターか。……なんだか懐かしいわね」
アルフィンがぽつんと言葉を落とした。
手は、【ブルーレディ】のガラスケースに当てられたまま。
どこか遠い眼差しで、ケースの中央に収められた薔薇を見つめている。
「ビザンの叛乱で、あなたに出逢ったのは、もう何年前のことになるかしら?」
ジョウはアルフィンの背後に歩み寄った。音もなく。
アルフィンは後ろにジョウが来たことを、ケースに映った彼の姿で知る。
「さあ。もう、十年? 十一年か?」
「あたしが16であなたが18だったから……」
「十二年前だ」
「もうそんなになるの…」
青い薔薇が、自分たちの姿にかぶる。
オーバーラップする。出逢った頃の記憶が、薔薇の青とともに。
二人が初めて逢った群青の銀河の色と、交じり合う。
しばらくジョウもアルフィンも、言葉を発することができなかった。
ただ息を詰めて「ブルーレディ」を見つめた。
花を運ぶのだ。薔薇の花を。
そう言うとえらくロマンティックな内容と誤解されるかもしれない。
が、実際はさほど甘いものでもなかった。
「これが、【ブルーレディ】かあ」
ケースに額をくっつけるようにして、アルフィンは今まじまじと薔薇に見入っている。
【ブルーレディ】
高貴な名を持つその薔薇が、今回の仕事の主役だ。
「きれいねえ」
ミネルバに持ち込まれた専用ガラスケースに(一見ただのガラスだが、温度、湿度、空調管理から、気圧の変化にも対応し、1ナノほども狂いなく調整できるハイテク機器。しかも防弾耐熱でもある)入れられた、一輪の青い花。
真ん中は濃い群青のように深い色合いをしているのに、花弁が広がるにつれて次第に淡くなっていく。薄い、透き通るようなブルーに。そのグラデーションの美しさに、見ているだけで心が吸い込まれるようだった。
とある小国(名前は伏せる)で、クーデターが起こった。クーデター自体は大規模なものでも今回が初めてというわけでもなかった。以前より、政府と反政府が対立する構図に人民が悩まされていた国だった。国力は低下し、度重なる内紛によって人心は荒れていた。
今や夜間外出禁止令が敷かれ、解除される見通しもなく、彼らの憤懣は募るばかりだった。
今回のクーデターも軍部が手を尽くして鎮圧しようとしていたがほとんど功を奏さず、政情不安は増すばかりだった。
ひとびとは倦んでいた。
安定しない生活と先の見えない未来に。
そこで、白羽の矢が立ったのは、先代の国王の在位の際、不興を買って国外追放されたひとりの人物だった。
伝説の名宰相。公明正大で清廉潔白の人物。長いものに巻かれることなく、ただ人民と国のためにわが身を粉にして働いた人格者。
荒みきったこの国を立て直すには、あの人の存在なくしてはありえない。政治の渦の中で翻弄されつつも、その中枢で国を維持するために必死に戦う者たちが、声を上げ始めた。
あの人を、この国に呼び戻そう。もう一度私たちの指導者として招き入れようと。
いまその人は、国交のない国に亡命している。国に留まっていては命の保証はなかった。政治の舞台からは遠のき、隠遁生活を営んでいると聞き及ぶ。
その人の元までこの「ブルーレディ」を届けて欲しい。
それが今回の依頼だった。
「青い薔薇って、あたし、初めて見たわ」
アルフィンがうっとりと呟いた。
その美しさにすっかり心奪われているといった様子だ。
「ああ、なんでも[ブルーレディ]は、そこの国にしか咲かない花なんだと、移植しようとして、今までことごとく失敗してるらしい。土の中の成分のせいなのか、それとも空気とか気圧の変化に弱いのか。科学者が研究を重ねてるらしいが、未だ解明されていないって話だ」
ジョウがクライアントから聞いた話をかいつまんで説明した。
「ふうん。じゃあ、今は完全にこの専用ケースで保護されてるけど、いったんこれを開いたら.....」
「たぶん、すぐに枯れちまうんだろうな」
アルフィンは実際にそれを目にしたかのように顔を曇らせる。
「そこにしか、その国にしか咲かない花なのに、他じゃ枯れるって分かってるのに、わざわざ国外へ持ち出して、宰相だったっていう人に届けるのはなぜ?」
「それはな」
この花、「ブルーレディ」は、象徴なのです。
私たちの国、母国の魂をこの横れなき青が象徴しています。
私たちの国は決して豊かでもなく、大きくもありません。ただ、マイノリティーではありますが、民族としての歴史、高潔な魂、そして志の高さはどこの誰にも負けないという誇りがあります。
【ブルーレディ】は私たちの国にしか咲かない花。
どうか、これをあの人へ。
我々のメッセージの入ったディスクとともに届けて下さい。
この花を見れば、あの人を我々がいかに待ち望んでいるか、いえ、母国が、人民があの人を心から必要としてるのだと伝えることができるはず。きっと、この花が我々の想いを代弁してくれるはず。ある意味、ディスクのメッセージよりも強く。
お願いします。クラッシャーショウ。
どうか、この花をあの人のもとへー。
ペラサンテラ獣を輸送した実績と経歴を買われ、内々でその国の大使という人物からオファーがあったのは一週間前。
そしてついさっき、数時間前に、ブルーレディを運ぶプランを立て終わったところだった。
実際のところ、ミネルバの中には観葉植物ぐらいしかみどりは置いていない。花などをプランターで栽培しようとしても、ワープや長時間の星間移動の際、花卉に少なからずダメージを与え、しおれさせたり枯れさせたりするためだ。切花を生けてもあまり保たない。
よって、今回の仕事を受けるに当たって、ジョウはわざわざ銀河連合の関連機関である植物管理センターから、専門知識をもつ職員を一人派遣してもらった。「ブルーレディ」に与えるダメージを最小限に押さえて運ぶにはどうしたらいいか。加速は、Gの限度は、など、細やかな計画が練られた。
そしていよいよ明日、ミネルバは【ブルーレディ】を乗せて、出発する。
「この花に一国の命運が掛かってるのね。責任重大ね」
アルフィンが言った。ジョウは表情を引き締めて領く。
「そうだな。今政治不安で苦しんでいる人たちを、救う糸口になるかもしれないんだからな」
「あなたにクーデターの鎮圧じゃなくて、花とメッセージの輸送を依頼するなんて、クライアントも目が高いわね」
「自分たちの蒔いた種は、自分たちで刈り取らねばならない。そう言ってた。
どれだけ時間がかかっても、国の叛乱は自分たちの力で解決していきたいんだと。その、元率相だという人を呼び戻して。力を合わせて」
「クーデターか。……なんだか懐かしいわね」
アルフィンがぽつんと言葉を落とした。
手は、【ブルーレディ】のガラスケースに当てられたまま。
どこか遠い眼差しで、ケースの中央に収められた薔薇を見つめている。
「ビザンの叛乱で、あなたに出逢ったのは、もう何年前のことになるかしら?」
ジョウはアルフィンの背後に歩み寄った。音もなく。
アルフィンは後ろにジョウが来たことを、ケースに映った彼の姿で知る。
「さあ。もう、十年? 十一年か?」
「あたしが16であなたが18だったから……」
「十二年前だ」
「もうそんなになるの…」
青い薔薇が、自分たちの姿にかぶる。
オーバーラップする。出逢った頃の記憶が、薔薇の青とともに。
二人が初めて逢った群青の銀河の色と、交じり合う。
しばらくジョウもアルフィンも、言葉を発することができなかった。
ただ息を詰めて「ブルーレディ」を見つめた。
⇒pixiv安達 薫
ラストの二人は、いい雰囲気なんだけど。
出発するまで、色々ありそう。
当然、宇宙に出てからも。
楽しみにしています。
思っていたように進まないと思いますが、すみません。こういうのもたまに書きます。