背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

愛しい枷(3)

2021年10月13日 05時08分21秒 | CJ二次創作
俺はきっと、一生独身だった。
アルフィンにとって嬉しいはずのその台詞を聞いても、彼女はうっすら微笑を浮かべただけだった。
「そう?」
「何人かの女性と付き合うことはあったかもしれない。でも、誰かと結ばれるなんてことはなかったと思う」
ジョウの口調はアルフィンのものと違い、決して滑らかではない。ただ、ひとことひとこと誠実に言葉を選び取っているということがわかった。
決してその場限りで喋っている訳でも、アルフィンを単純に喜ばせようとして差し出した台詞でもない。
それが却ってアルフィンの心を苦しめる。
ジョウはそんな彼女の胸の内など知るはずもなく、
「クラッシャーなんて仕事をしてる男を、まるごと受け入れることができる女ってのは、そう多くはない。ましてや、同じ船に乗り込んでまでついて来てくれるのは、こんなだだっ広い宇宙の中でも、アルフィン、君ぐらいのものだ」
穏やかな表情でそう言った。
「.....…」
「君だから、こうやってずっと一緒にいられるんだ。感謝している」
それを聞くなり、アルフィンの瞳がぐらりと揺らぐ。はっと身を固くするジョウ。
【ブルーレディ】が二人の前、哀しげに頭を垂れている。
泣き出すかと思った。でもアルフィンは歪みかけた面をすんでのとろで凍らせて、ガラスケース越しジョウの目をじっと見つめた。ジョウは自分が何か失言をしたかと思い、今口にした言葉を脳裏で反芻した。でも、何がアルフィンを動揺させたのか分からなかった。
ややあって、アルフィンの唇が上下に割れ、そこから乾いた声が漏れた。
「……後悔してない?」
後悔?  思いもよらぬ言葉に、ジョウの目が見開かれる。
「何を?」
「あたしと一緒になったこと。ううん、あたしと出逢ったこと。
あのとき、あたしと逢わなかったら、もっと違う、別の出逢いや別の人生が待っていたかもしれないって、思ったことはない?  ジョウ」
うつろな瞳。
そこに自分が確かに映っているのに、何も見ていないような空疎な目。感情が見えない。それがジョウの胸を掻き乱す。
ジョウはかぶりを振った。
彼はアルフィンの肩を掴み、ぐいと自分のほうを振り向かせる。
ガラスを通してではなく、直接アルフィンの目を目で捕らえてジョウは言った。
「ない。あるもんか」
自分の想いに揺るぎはない。確信をもっている。
「俺には君しかいない。アルフィン、それはもう俺にも、誰にもどうにもできないことだ。分かってるだろう」
手に込めた強い力と、まっすぐな言葉でアルフィンを射抜く。
アルフィンは気圧されたようにジョウを見つめ返していたが、やがて、ひどくくたびれた様子で彼からゆっくり視線を離した。
さらに彼の視線が追いすがろうとするのを嫌って、顔を背けた。
「やめて。お願い。見ないで」
ジョウの腕の中、顔を両手で覆おうとする。
「そんな目で見ないで、ジョウ」
「アルフィン」
「あたしは、こんな身体よ。今もこれから先も、あなたの子供を産むことはできない。あたしといる限り、あなたは自分の血を分けた赤ちゃんを手に抱くことは望めないのよ。それでも.…?」
それでもあなたは今と同じ言葉を唇に載せるの?  後悔しないって言うの?
アルフィンは涙ぐんでいた。自分の肩を押さえるジョウの姿が二重にぶれる。
アルフィンは、自分の乗る車椅子のアームをぎゅっと握る。冷たい。
いつ触れても慣れることのできない感触だ。手が、血の気を失い真っ白になるほど。
もう何百回も何千回も繰り返し自問した言葉だった。
二年前、仕事中事故に遭ってから。
脊物を激しく損傷し、下半身不随の生活を余儀なくさせられてから。


緊急搬送された病院。医師団によるオペの後、目覚めたアルフィンの目に真っ先に飛び込んできたのはジョウの姿だった。
ひどく切迫した青い顔をして、ストレッチャーに横たわる自分を覗き込んでいた。
麻酔のせいか、アルフィンは事故のことも、自分の身体のことも自覚できていなかった。というよりも、そこだけ、事故の前後だけすっぽりと抜け落ちていた。
アルフィンはジョウに向かって手を伸ばそうとした。
でも、その動作はかなわなかった。
自分の身体なのに、手がどうしてもいうことを利かないのだ。
仕方がなくアルフィンは首をわずかに彼に向け、囁いた。
「...…だいじょうぶよ」
声も、自分のものじゃないようだった。まるで老女の中のようにしわがれていた。でも伝えなきゃ。それだけが頭にあった。
「あたしはだいじょうぶ。ジョウ」
だから心配しないで。そんな、哀しそうな顔をするのはやめて。
まるで親にどこかに置き去りにされた、捨て子のようじゃないの。
だいじょうぶだからね……。
ふわふわと、麻酔による眠気がまた自分を絡めとろうとしているのがアルフィンには分かった。すうっとまぶたが勝手に閉じようとする。
「アルフィン」
ジョウが両手で自分の手をぎゅっと握り締めた。
すごい力だった。
痛いわ。そう言おうとしたけど、その前にふっつり目の前が暗くなった。
意識を失う瞬間、アルフィンはジョウの慟哭を聞いた。
出逢って初めて、彼の泣き声を聞いた気がした。



血を吐くほどリハビリを重ね、ようやく車椅子に乗り移り、身の回りのことができるようになるまで、半年の歳月を費した。
その間、ジョウは仕事を完全に休業し、アルフィンにつきっ切りでサポートした。献身的に。
そして、ある秋の日の午後、アルフィンは担当の医師に呼ばれ、宣告を受けた。ジョウとともに。
よくリハビリをここまで頑張りましたね。
しかし、と言葉を飲み込んだ。
アルフィンには次にくる言葉がわかっていた。その通り、医師はなぞった。
あなたの脊髄は残念ながらこれ以上の回復は見込めないようです。この先、下半身は動くことはないと思われます。
医師はそう言ってから、幾分ぎこちないしぐさで窓の外に目をやった。そこには、殺風景なグレイの病室とは正反対の、見目鮮やかな紅葉が秋晴れの空の下広がっていた。
赤や黄色や朱色が、泣けるくらいに美しく際立って見えた。
一瞬だけ時間が遠ざかり、アルフィンは今自分がいる場所を見失いそうになった。
反対に聴覚が研ぎ澄まされていくようで、枯れ葉が風に舞い身を翻す乾いた音までも、くっきりと聞こえる気がした。
彼女が取り乱す様子を見せないので、わずかばかり声に安堵を覗かせながら医師は続けた。
「歩く、動くということだけではなく、痛みや熱や、誰かに触れられたことなどを感知する機能も、回復することは見込めないでしょう。
今の医学でも手の施しようのないダメージをあなたの脊能は負ってしまったのです。
非常に残念ですが、私にできることはここまでです」
医師はそう言って、再び窓の外の一枚の絵葉書のような完璧な秋景色に目をやった。
ショックを全く受けなかったといえば嘘になる。が、不思議なくらいそのときは落ち着いていた。
うすうす察していた。自分の身体が、腰から下の機能が、もう元には戻らないのではないかと。元通りこの脚で立って歩くことなど、できないのではないかと。
半年の間のリハビリで、アルフィンには分かっていたのだ。そしておそらく、ジョウも。
口には出さなかったけれども。
だから彼も取り乱さなかった。いや、動揺していたのかもしれないが、アルフィンの前では眉一つ動かさずに医師の話を聞いていた。
セカンドオピニオンを望みますか? 医師はそう尋ねた。
アルフィンは首を横に振った。
「いいえ。先生、今まで有難うございました」
平坦な声でそう言って、深く頭を下げた。
そして顔を上げ、自分で車椅子を操作し、カンファレンスルームを出た。
無言だった。何も言わず、自分の病室に戻ろうと、さっき来た廊下を引き返そうとした。
ジョウは、廊下を一人で行くアルフィンの背中に向かって言った。
「俺と結婚してくれ。アルフィン」

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1 コメント

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ジョウ遅いよ (ゆうきママ)
2021-10-13 21:06:41
2年前の事故で、こうなって、結婚?
とっくに結婚してたと思ってた。
何してたんだか。
アルフィンとジョウに幸あれ。
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