「ちょっと、待ってくれよ」
通りすがりに、すれ違った女性にリッキーが声をかける。
「あ?」
あまり、素行が良いとは思えぬ雰囲気を漂わせ、ーーよりはっきり言うならば険のある目つきでその女性は振り返った。
30歳ぐらいだろうか、咥え煙草でベビーカーを押している。サンシェードが降りているので赤ん坊が寝ているのか起きているのかまでは分からなかった。
「何よ」
「あのさ、こういうことあまり口うるさく言いたくはないんだけどさ。煙草吸いながら歩くの、当世マナー違反だと思うよ」
あんまり堂々と注意するから、隣にいたアルフィンが驚いて目を見開く。
その女性はバツが悪そうにとっさに顔をしかめた。
「な、なに。アンタに関係ないでしょうが」
相手が自分よりはるかに年下の、クラッシュジャケットを身につけた少年だと見取って、女性は謝罪よりも反発を選んだらしい。じろっと斜に見下ろして、
「子供も育てたことないくせに、いっちょ前に大人に生意気な口きいてんじゃあないわよ」
とまくしたてる。
リッキーは平然と言い返した。
「確かに俺らは子供を持ったことも育てたこともないけどさ。ついでに言うんならタバコは10歳で卒業したけど。それでも街中を歩くとき、手に吸ってるタバコを挟みながら歩くのが、すれ違う人にとってけっこ危ないってのはちゃあんとわかってるぜ。ついでに言うんなら、ベビーカーに乗っけた赤ん坊にだって、副流煙がよくないってことは周知の事実だぜ」
ぺらぺら淀みなく言葉を紡ぐ。
指摘された女性は、首筋まで真っ赤になった。図星すぎて声も出ない。そこまで言われても煙草を離さず、道の真ん中で硬直する。
「俺ら、普段こんな風に面と向かって言う方じゃないんだけどさ。さっき、あんたのタバコ、危なかったんだよ。うちのツレに」
そう言って目でアルフィンを示す。
アルフィンは急に話を向けられてどきっとした。
「あ、あたし」
「そーだよ。さっき、手と手がぶつかりそうになったじゃないか。行き違うとき。タバコ、かすっただろう。あって言ったよね」
「う、うん」
知らず、胸の前で手を押さえる。今日も、アルフィンはチタニウムの手袋をはめていた。だから、何事もなかったのだ。
「もし、手袋してなかったらさ、火傷してたとこだよ。きょうはたまたま不幸中の幸いってね。もうしないでくれよ。ケガさせたらアンタだって都合悪いだろう?」
そうまとめたリッキーに、このまま一方的に言いくるめられるのもしゃくだと感じたか、女性が急に距離を詰め、声を張った。
「黙って聞いてりゃ偉そうに。な、何の権利があってそんな風に責めたてるのさ。アンタ、教師かよ。それとも警察? さっきから上から目線で御託垂れて偉そうにーーべつに、法律犯してるわけじゃない。今日は単に気が回らなかっただけだよ」
「だから、うちのが火傷をしそうだったんだって」
「してないじゃない、実際」
「それはチームの制服で手袋を着用していたからさ、」
問答になる。
と、そこで後ろでやりとりを聞いていたジョウとタロスがずい、と前に出た。
それまでは、なんだなんだ?と物見高い野次馬に紛れていたのだ。
二人は何も言わずにリッキーとアルフィンの真後ろに立った。上背がある二人なので、彼らが二人と同じデザインのジャケットを身につけていることにはっと気づく。
ジョウもタロスも黙ってただ女性を見返した。雄弁な沈黙だった。
「う……」
ひるんだ表情を見せて、女性は後ずさった。手にしていた煙草を地面に落とし、ヒールでぐりぐりともみ消した。憤懣やるかたないという風に。
「これでいいんでしょ。文句ない?」
そう言いおいて、その場から逃げるように離れた。雑踏に紛れる。
ベビーカーを乱暴に押していく姿を4人は見送った。
リッキーがやれやれとため息をついた。
「なんともなあ、全然よくないよなあ」
屈んで、女性が踏みにじった煙草の吸殻を摘まみ上げる。ごみ箱があるか周囲を見回したが、見当たらず、察したアルフィンがポーチからティッシュを取り出して渡してやった。
「さんきゅ」
それにくるんで、尻ポケットに入れた。アルフィンが首を横に振り、「それは、こっちのセリフよ。ありがとうリッキー」と言った。
庇ってくれて。あたしのことを気遣って注意してくれて、ありがとう。
「お前、優しいな」
ぐりぐりと手荒にリッキーの頭を掻いぐるタロス。
「んなんじゃないよ、俺ら赤ん坊がかわいそうになっちゃっただけで、」
「でも、ありがとうね。嬉しかった」
アルフィンがほほ笑む。ジョウもリッキーの背をポンとはたいた。肩に手を回し、身を引き寄せる。
「かっこよかったぜ、リッキー」
一番身近で憧れているジョウにそう言われ、さすがにリッキーの顔が嬉しそうに綻んだ。
「なんだっけ、10歳だかで喫煙を卒業したとかなんとかの部分は、不問にしてやる。成人するまでは、吸うなよ」
「ほんとほんと。ダメようリッキー」
「イキってたんだな、お前も割と」
3人が釘を刺す。
せっかくいい気分になっていた彼は、あちゃーと頭を掻いた。
「あーあ、締まんないや」
END
小原さんの追悼の気持ちで書きました。
リッキーの背の低さは、10歳で卒業の煙草のせいか?
タロスとジョウに褒められて、良かったね。
ここ1~2年、大物の声優さんが亡くなり、残念です(合掌)
人の心の機微もわかりそうだし数年後にはJ君よりモテるようになりそうだなあ、と思います。噛むほどに味が出るタイプ?お付き合いしたら楽しい彼氏かも。
新作ありがとうございます。乃梨子センセ、RIP。大好きでした。
娘さん、男性を見る目がありますね。
あと数年もしたら確かにジョウより気働きのできる男に成長しそう。優良です。
>toriatamaさん
リッキーのお声が懐かしいです。たろさんも。
久々に劇場版を見返したくなりました。
こういうテイストの話は「書くぞ」って思いこまないと書けないので、頑張ってみました。