「とってもお綺麗です! 夢のようにお美しい花嫁さまですよ」
ブライダルコーデイネーターがフィッテイングルームにジョウを招き入れる。幾分興奮気味の声で。
両開きの扉の向こう。部屋の中、姿見の前のスツールに腰を下ろしているアルフィンが見えた。
鏡を向いているので、後ろ姿だ。鏡越しに、目が合う。
ジョウは思わず足を止めた。
息を呑んで立ち尽くす。
「ジョウ」
アルフィンが鏡の中、微笑んで彼を見た。そして裾を気にしながら座ったままゆっくりと振り返る。
ヴェールは着けていない。金髪を結い上げたため、細いうなじが際立つ。
わずかに頬を染めて、ジョウの反応を見守る。
「どう?」
「……」
言葉が出ない。棒立ちだ。
ジョウにしては非常に珍しい。普段はほとんど、というより全く見せることのない無防備な状態。
瞬きも忘れてアルフィンに見入る。
「うひょ~、きっれー! 嘘みたいにきれいだ! アルフィン」
ジョウの後から部屋に入ってきたリッキーが歓声を上げた。続く、タロスも「おお!」と感嘆の声を漏らす。
「こりゃあめちゃくちゃ美人な花嫁さんだなあ、たまげたぜ、アルフィン」
タロスが手放しで褒めるのは珍しい。めろめろに相好が崩れてしまっている。
リッキーがジョウを追い越して小走りにアルフィンのもとへ駆け寄った。
でも、ドレスの裾を気にしてか、数歩のところで踏みとどまる。踏んじゃいけない、触れちゃいけないと無意識にセーブして、遠巻きにしてしげしげと眺めて。
「似合う、とっても似合うよそのドレス」
うんうんと何度も大きく顎を引いた。
「なあ兄貴、すっげえ似合ってるよね、アルフィン」
ジョウに首を巡らす。
「あ、ああ……」
そこでようやくジョウが我に返った。言葉とも溜息ともつかぬものが唇からこぼれる。
肩のラインが弛緩した。
「花婿さまはあんまり花嫁さまがお美しいので、声も出ないようですね」
くすり。ブライダルコーデイネーターが控えめにジョウの気持ちを代弁した。
ジョウは赤くなった。
今日は、アルフィンのウエディングドレスが仕上がったというので、店にフィッテイングに来ていた。
ふたりの結婚式を来月に控え、準備は着々と進んでいる。といっても、ジョウはアルフィンの計画に諾諾と従うのみ。結婚式の主役はあくまでも花嫁。アルフィンのしたいように進めるのが一番と、よっぽどのことがない限り(素っ頓狂な企画を持ち出さない限り)ジョウは口を挟まないできた。
それが、結婚を控えたいま、波風を立てない最善の策だということは、長い付き合い、ジョウは熟知している。
「かんぺき尻に敷かれそうですなあ」
他人事のようにタロスは言う。まあ、それでもかまわない。
結婚式に関してあれこれジョウに相談してきたアルフィンだが、ウエディングドレスに関してははじめから秘密を貫いた。
どんなデザインなのか、どのデザイナーに発注するのか、仕上がるまでないしょとウインクして。
「本当はお式当日まで秘密にしたかったんだけどね。まさか今日ジョウだけじゃなくて、あんたたちまで見に来るとは思わなかったわ」
苦笑するその笑みさえも、ドレスを身に着けていると神々しく見える。
ジョウは改めてアルフィンを見た。
なんとなく、アルフィンが選ぶドレスは、プリンセスラインで純白のふわっとしたものだろうと思っていた。
そういう華やかなものが似合うし、好みだろうと。
でも、実際に彼女がオーダーしたのは甘い感じではなく、シックな、大人の芯の強い女性をイメージさせるものだった。
スレンダーラインで、やわらかそうな彼女の身体の曲線とくびれた細い腰がまず目に飛び込んでくる。そしてホルターネックで胸元にはゆったりと凝ったドレープがあしらわれている。反対に肩と背中は剥き出しで、アルフィンの抜けるように白い背中からうなじ、ほっそりした腕周りをこの上なく美しく見せている。ドレスの生地も純白というより肌になじむ乳白で、高価なシフォンジョーゼットをふんだんに使ってある。床に広がる裾には、ジョウは知らなかったがスワロフスキービーズが何百と手縫いで縫い込まれている。
とてもエレガントで、凛としたイメージのドレスだった。
ジョウはアルフィンから目が離せない。吸い込まれるようだ。
「だって、アルフィンのドレスが仕上がったって聞いたら、そりゃあ見たいじゃん。どう転んだって綺麗だってわかってるんだからさ!」
「違いねえ」
にこにこと笑顔が絶えない二人。
「本当に、こんなにお美しい花嫁様は見たことがないくらいです。まだ試着の段階ですもの。これで、当日きちんとメイクしてヴェールを被ってブライダルブーケをもって、トレーンをゆるく流してお歩きになったら……。もう、溜息しか漏れないと思いますわ。会場に」
ベテランの年代のブライダルコーデイネーターが、口早にまくし立てる。熱のこもった口調から、案外お世辞でもないらしい。
それほど、ドレスを纏ったアルフィンは輝くばかりの美しさだった。そこにいるだけで、まるで、部屋の中が明るいライトで照らし出されているかのように清浄な空気を生み出していた。
「ですってよ、ジョウ」
アルフィンが、いっかな口を開こうとしない花婿に笑いかけた。
開こうとしても開けないのだ、それぐらい見惚れているのだとはお見通しのうえで。
「あ、ああ……」
「兄貴ってばそればっかじゃん、さっきから」
さすがにリッキーも呆れ顔。タロスがこっそりジョウの腕をつつく。
「ジョウ、なんか言ってやったらどうです。アルフィンに。一言でも」
「あ、うん」
きれいだ。
こんなに美しい君は見たことがない。
夢を見ているみたいだ、まるで。
あれこれ、言葉が脳裏に浮かぶ。
けれども、どれもジョウの今の気持ちを表すのには足りない。
気持ちを形にできる言葉を探り当てられない。――もどかしい。
だからジョウは困惑した顔のまま立ち尽くすしかできずにいた。
「……ごめんなさい。ちょっと、外してくれる?」
アルフィンがそっと目配せした。ジョウ以外の人たちに。
タロスが真っ先にアルフィンの意図を汲んだ。次にリッキーが。ふたりはブライダルコーディネーターに向かって、
「ちょっと、出ますか。ね」
「そだね。二人きりにさせてあげよう、うん。それがいい」
と言って、ドアの外に促した。
ぱたんとジョウの背後でドアが閉じる。フィッテイングルームは二人きりになった。
アルフィンはスツールに腰掛けたまま、ジョウに向き直った。
「ね、ここへ来て。ジョウ」
「え」
「こっちに来て」
小さい子供に話しかけるような口調で優しく言う。
ジョウは、言われるままにアルフィンのもとへ近寄った。
さっきリッキーがこわごわと近寄れなかった、床に広がるドレスの裾を気にする。と、
「あたしの隣に座って。そう、こっちから」
彼が踏まないように、裾を捌いて場所を空ける。掛けている大きめのスツールを目で示した。
ジョウはアルフィンの隣にそっと腰を下ろした。
間近で、目線の高さを合わせて彼女を見る。すると、二つの澄んだ碧い目が彼を捕らえた。
心臓が鳴る。
「……いつもみたいにして」
密やかな声が紡ぎ出される。
「ん?」
「あたしが鏡の前にいるとき、あなたいつもするでしょう。後ろからぎゅって。ああして」
ねだる。
ジョウは一瞬ためらったが、言われたとおりにアルフィンの身体にそうっと腕を回した。
後ろから抱きしめる。ドレスが気になって力を入れられない。まるでまっさらな羽毛を掻き抱いているみたいだった。
剥き出しになった肩と背中から、アルフィンのぬくもりが伝わる。
「キスして、ジョウ。いつもみたいに」
鏡の中でアルフィンが囁く。
ジョウは彼女の言葉通りに動くしかできない。魔法をかけられた童話の中の王子のように。
「……」
結い上げたおくれ毛がほのかな色気を放つ、そのうなじにジョウは口づけを落とす。
そして、肩から肩甲骨へと唇を滑らせた。キスを練り込んだ。
こみあげる吐息が、アルフィンの喉を震わせる。
「……」
は……、とか細い声が漏れたところで、ジョウは後ろから抱いたまま、アルフィンの肩越しにキスを奪う。
鏡の中の男女が長い口づけを交わす。二人の頭から、いま自分たちがどこにいるだとか、ドアの向こうで人を待たせているだとか、雑念が消え去る。
互いの存在を、唇を通して確かめ合う。
ジョウがようやく長いキスを終えて、アルフィンを自由にした。
ふぅ……、と息をついたのはジョウのほうだった。
「……ありがと」
アルフィンが恥じらいながらそおっと礼を言う。
「なにが?」
ジョウが訊くと、
「今のキスでじゅうぶん。……そのドレスとっても綺麗だ。俺は君と一緒になれて幸せだ。言葉にならないくらいだ、って伝わったから」
このドレスにしてよかった、と清らかな笑みを浮かべる。
ジョウは思わずアルフィンの肩に額を押し当てた。へこむ。
「ジョウ?」
全部見透かされている。この部屋に入ってアルフィンを見た瞬間から言いたかったこと、でも口にできずにいたこと。全部掬い上げられて、まるごと受け取ってくれている。口にしていないのに、ありがとうと言う。
ふがいない。もうかんぺき尻に敷かれている。タロスの言うとおりだ。
ジョウはアルフィンの肩から顔を上げて、しっかりと目を覗き込んだ。怖いくらい真剣な表情で詰め寄る。
そして口を開く。遅れたけれど、ちゃんと口にしなくては男が廃る。
「アルフィン、ドレスとてもよく似合ってる。見惚れて言葉も出ないくらいだ。めちゃくちゃ綺麗だ。
俺、今ほんとうに幸せで、どうにかなってしまいそうだよ……」
アルフィンは目を丸くした。
一瞬ぽかんと動きを忘れたけれど、すぐに見たこともないほど優しげな笑みを口許に浮かべる。
それは慈愛と呼ぶにふさわしいような。すべての者に祝福のあかりを灯すような、微笑みだった。
「ありがとう」
自然と、目に見えない力で惹かれ合うようにふたたびキスを交わす二人。
美しい花嫁を腕に抱いて、ジョウのキスはなかなか止まらない。
「もしもーし? お二人さん、そろそろいいかい?」
ややあって遠慮がちにリッキーの声とノックする音がした。ドア向こうで。
けれどもジョウが、口づけの合間を縫って、
「悪い。もう少し待ってくれ」
ときっぱりと返した。
END
結婚式はミネルバの中ででも、アラミスの教会からライブで全宇宙中継でも、ピザンに帰って国を挙げての華燭の典でも、いかにもイメージできるように書きました。この続きは、みなさまのご想像に委ねます。笑
⇒pixiv安達 薫
ブライダルコーデイネーターがフィッテイングルームにジョウを招き入れる。幾分興奮気味の声で。
両開きの扉の向こう。部屋の中、姿見の前のスツールに腰を下ろしているアルフィンが見えた。
鏡を向いているので、後ろ姿だ。鏡越しに、目が合う。
ジョウは思わず足を止めた。
息を呑んで立ち尽くす。
「ジョウ」
アルフィンが鏡の中、微笑んで彼を見た。そして裾を気にしながら座ったままゆっくりと振り返る。
ヴェールは着けていない。金髪を結い上げたため、細いうなじが際立つ。
わずかに頬を染めて、ジョウの反応を見守る。
「どう?」
「……」
言葉が出ない。棒立ちだ。
ジョウにしては非常に珍しい。普段はほとんど、というより全く見せることのない無防備な状態。
瞬きも忘れてアルフィンに見入る。
「うひょ~、きっれー! 嘘みたいにきれいだ! アルフィン」
ジョウの後から部屋に入ってきたリッキーが歓声を上げた。続く、タロスも「おお!」と感嘆の声を漏らす。
「こりゃあめちゃくちゃ美人な花嫁さんだなあ、たまげたぜ、アルフィン」
タロスが手放しで褒めるのは珍しい。めろめろに相好が崩れてしまっている。
リッキーがジョウを追い越して小走りにアルフィンのもとへ駆け寄った。
でも、ドレスの裾を気にしてか、数歩のところで踏みとどまる。踏んじゃいけない、触れちゃいけないと無意識にセーブして、遠巻きにしてしげしげと眺めて。
「似合う、とっても似合うよそのドレス」
うんうんと何度も大きく顎を引いた。
「なあ兄貴、すっげえ似合ってるよね、アルフィン」
ジョウに首を巡らす。
「あ、ああ……」
そこでようやくジョウが我に返った。言葉とも溜息ともつかぬものが唇からこぼれる。
肩のラインが弛緩した。
「花婿さまはあんまり花嫁さまがお美しいので、声も出ないようですね」
くすり。ブライダルコーデイネーターが控えめにジョウの気持ちを代弁した。
ジョウは赤くなった。
今日は、アルフィンのウエディングドレスが仕上がったというので、店にフィッテイングに来ていた。
ふたりの結婚式を来月に控え、準備は着々と進んでいる。といっても、ジョウはアルフィンの計画に諾諾と従うのみ。結婚式の主役はあくまでも花嫁。アルフィンのしたいように進めるのが一番と、よっぽどのことがない限り(素っ頓狂な企画を持ち出さない限り)ジョウは口を挟まないできた。
それが、結婚を控えたいま、波風を立てない最善の策だということは、長い付き合い、ジョウは熟知している。
「かんぺき尻に敷かれそうですなあ」
他人事のようにタロスは言う。まあ、それでもかまわない。
結婚式に関してあれこれジョウに相談してきたアルフィンだが、ウエディングドレスに関してははじめから秘密を貫いた。
どんなデザインなのか、どのデザイナーに発注するのか、仕上がるまでないしょとウインクして。
「本当はお式当日まで秘密にしたかったんだけどね。まさか今日ジョウだけじゃなくて、あんたたちまで見に来るとは思わなかったわ」
苦笑するその笑みさえも、ドレスを身に着けていると神々しく見える。
ジョウは改めてアルフィンを見た。
なんとなく、アルフィンが選ぶドレスは、プリンセスラインで純白のふわっとしたものだろうと思っていた。
そういう華やかなものが似合うし、好みだろうと。
でも、実際に彼女がオーダーしたのは甘い感じではなく、シックな、大人の芯の強い女性をイメージさせるものだった。
スレンダーラインで、やわらかそうな彼女の身体の曲線とくびれた細い腰がまず目に飛び込んでくる。そしてホルターネックで胸元にはゆったりと凝ったドレープがあしらわれている。反対に肩と背中は剥き出しで、アルフィンの抜けるように白い背中からうなじ、ほっそりした腕周りをこの上なく美しく見せている。ドレスの生地も純白というより肌になじむ乳白で、高価なシフォンジョーゼットをふんだんに使ってある。床に広がる裾には、ジョウは知らなかったがスワロフスキービーズが何百と手縫いで縫い込まれている。
とてもエレガントで、凛としたイメージのドレスだった。
ジョウはアルフィンから目が離せない。吸い込まれるようだ。
「だって、アルフィンのドレスが仕上がったって聞いたら、そりゃあ見たいじゃん。どう転んだって綺麗だってわかってるんだからさ!」
「違いねえ」
にこにこと笑顔が絶えない二人。
「本当に、こんなにお美しい花嫁様は見たことがないくらいです。まだ試着の段階ですもの。これで、当日きちんとメイクしてヴェールを被ってブライダルブーケをもって、トレーンをゆるく流してお歩きになったら……。もう、溜息しか漏れないと思いますわ。会場に」
ベテランの年代のブライダルコーデイネーターが、口早にまくし立てる。熱のこもった口調から、案外お世辞でもないらしい。
それほど、ドレスを纏ったアルフィンは輝くばかりの美しさだった。そこにいるだけで、まるで、部屋の中が明るいライトで照らし出されているかのように清浄な空気を生み出していた。
「ですってよ、ジョウ」
アルフィンが、いっかな口を開こうとしない花婿に笑いかけた。
開こうとしても開けないのだ、それぐらい見惚れているのだとはお見通しのうえで。
「あ、ああ……」
「兄貴ってばそればっかじゃん、さっきから」
さすがにリッキーも呆れ顔。タロスがこっそりジョウの腕をつつく。
「ジョウ、なんか言ってやったらどうです。アルフィンに。一言でも」
「あ、うん」
きれいだ。
こんなに美しい君は見たことがない。
夢を見ているみたいだ、まるで。
あれこれ、言葉が脳裏に浮かぶ。
けれども、どれもジョウの今の気持ちを表すのには足りない。
気持ちを形にできる言葉を探り当てられない。――もどかしい。
だからジョウは困惑した顔のまま立ち尽くすしかできずにいた。
「……ごめんなさい。ちょっと、外してくれる?」
アルフィンがそっと目配せした。ジョウ以外の人たちに。
タロスが真っ先にアルフィンの意図を汲んだ。次にリッキーが。ふたりはブライダルコーディネーターに向かって、
「ちょっと、出ますか。ね」
「そだね。二人きりにさせてあげよう、うん。それがいい」
と言って、ドアの外に促した。
ぱたんとジョウの背後でドアが閉じる。フィッテイングルームは二人きりになった。
アルフィンはスツールに腰掛けたまま、ジョウに向き直った。
「ね、ここへ来て。ジョウ」
「え」
「こっちに来て」
小さい子供に話しかけるような口調で優しく言う。
ジョウは、言われるままにアルフィンのもとへ近寄った。
さっきリッキーがこわごわと近寄れなかった、床に広がるドレスの裾を気にする。と、
「あたしの隣に座って。そう、こっちから」
彼が踏まないように、裾を捌いて場所を空ける。掛けている大きめのスツールを目で示した。
ジョウはアルフィンの隣にそっと腰を下ろした。
間近で、目線の高さを合わせて彼女を見る。すると、二つの澄んだ碧い目が彼を捕らえた。
心臓が鳴る。
「……いつもみたいにして」
密やかな声が紡ぎ出される。
「ん?」
「あたしが鏡の前にいるとき、あなたいつもするでしょう。後ろからぎゅって。ああして」
ねだる。
ジョウは一瞬ためらったが、言われたとおりにアルフィンの身体にそうっと腕を回した。
後ろから抱きしめる。ドレスが気になって力を入れられない。まるでまっさらな羽毛を掻き抱いているみたいだった。
剥き出しになった肩と背中から、アルフィンのぬくもりが伝わる。
「キスして、ジョウ。いつもみたいに」
鏡の中でアルフィンが囁く。
ジョウは彼女の言葉通りに動くしかできない。魔法をかけられた童話の中の王子のように。
「……」
結い上げたおくれ毛がほのかな色気を放つ、そのうなじにジョウは口づけを落とす。
そして、肩から肩甲骨へと唇を滑らせた。キスを練り込んだ。
こみあげる吐息が、アルフィンの喉を震わせる。
「……」
は……、とか細い声が漏れたところで、ジョウは後ろから抱いたまま、アルフィンの肩越しにキスを奪う。
鏡の中の男女が長い口づけを交わす。二人の頭から、いま自分たちがどこにいるだとか、ドアの向こうで人を待たせているだとか、雑念が消え去る。
互いの存在を、唇を通して確かめ合う。
ジョウがようやく長いキスを終えて、アルフィンを自由にした。
ふぅ……、と息をついたのはジョウのほうだった。
「……ありがと」
アルフィンが恥じらいながらそおっと礼を言う。
「なにが?」
ジョウが訊くと、
「今のキスでじゅうぶん。……そのドレスとっても綺麗だ。俺は君と一緒になれて幸せだ。言葉にならないくらいだ、って伝わったから」
このドレスにしてよかった、と清らかな笑みを浮かべる。
ジョウは思わずアルフィンの肩に額を押し当てた。へこむ。
「ジョウ?」
全部見透かされている。この部屋に入ってアルフィンを見た瞬間から言いたかったこと、でも口にできずにいたこと。全部掬い上げられて、まるごと受け取ってくれている。口にしていないのに、ありがとうと言う。
ふがいない。もうかんぺき尻に敷かれている。タロスの言うとおりだ。
ジョウはアルフィンの肩から顔を上げて、しっかりと目を覗き込んだ。怖いくらい真剣な表情で詰め寄る。
そして口を開く。遅れたけれど、ちゃんと口にしなくては男が廃る。
「アルフィン、ドレスとてもよく似合ってる。見惚れて言葉も出ないくらいだ。めちゃくちゃ綺麗だ。
俺、今ほんとうに幸せで、どうにかなってしまいそうだよ……」
アルフィンは目を丸くした。
一瞬ぽかんと動きを忘れたけれど、すぐに見たこともないほど優しげな笑みを口許に浮かべる。
それは慈愛と呼ぶにふさわしいような。すべての者に祝福のあかりを灯すような、微笑みだった。
「ありがとう」
自然と、目に見えない力で惹かれ合うようにふたたびキスを交わす二人。
美しい花嫁を腕に抱いて、ジョウのキスはなかなか止まらない。
「もしもーし? お二人さん、そろそろいいかい?」
ややあって遠慮がちにリッキーの声とノックする音がした。ドア向こうで。
けれどもジョウが、口づけの合間を縫って、
「悪い。もう少し待ってくれ」
ときっぱりと返した。
END
結婚式はミネルバの中ででも、アラミスの教会からライブで全宇宙中継でも、ピザンに帰って国を挙げての華燭の典でも、いかにもイメージできるように書きました。この続きは、みなさまのご想像に委ねます。笑
⇒pixiv安達 薫
前作のコメントで、あだち様曰く、アルフィンがドレスでジョウがクラッシュジャケット。挙式はミネルバ内。そしてピザンに同時中継!それ!私、どストライクのシチュでございます😍
ピザンの同時中継視聴率は100%に違いありません(笑)
写真なり映像を見て、悔しがるルー。
複雑な思いは、エギルって、とこでしょうか。
ジョウはタキシードを選ばないと思うんですよねえ。
仕事へのプライドをかけてクラジャケかなと
ふたりの結婚式のイメージはたくさんあったほうが楽しいですよね>ゆうきママさん 限定せずに想像を楽しみましょう。アラミスの仲間の反応とともに… おやっさんも。