背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

としょかんせんそうりたーんず③

2008年12月25日 05時00分21秒 | お宝SS

☆2へ☆

「携帯を繋ぐのは少し待って下さい」
 盗聴器に麻子の携帯を繋げようとした警官を、麻子は制止した。
 訝しげな警官達に淡々とした口調で麻子は説明した。
「これから、別の会議室で犯人の要求通りの写真を撮影して来ます。その間に連
絡があった場合に備えて、私が持っています」
「な…っ!」
 怒号を上げそうになった夫に、麻子は睨み付けるようにして言った。
「仕方無いじゃない。水島は多分近所に潜伏して、要求が果たされるか窺ってい
るに違いないわ。タイムリミットの10時までに晃の手掛かりが掴めるとは限ら
ないから、準備はしとかないと。晃を傷付けたりしないなんていうあいつの言葉、あたしは信用出来ない。だから、要求を呑むしかないのよ…! 私は構わない
わ! 裸の写真ばら蒔かれようが、裸で町を走らされようが、何だってしてやる
! 晃の為ならなんだってやるわよ!」
 水を打ったように、会議室が静まった。子を思う母親の強さと覚悟に居並ぶ男
達が言葉を失ったのだ。
「麻子…」
 誰よりも、手塚がその思いに強く打たれた。
 知ってはいた。麻子という人間は、華奢な体に不屈の闘志を持つ女だと。今、
その闘志が誇りが愛が、全て息子を救うことに向けられている。
 だが俺だって。俺だって同じ気持ちだ。
「判った。一緒に泥水を飲もう。晃の為に」
 警官達の注視にも拘わらず、手塚は妻を力一杯抱き締めた。

「待って下さい」
 会議室を出て行こうとする二人を、和田刑事が呼び止めた。
「何もご本人の写真である必要はありませんよ。9年前の事件を逆手に取って、
合成写真を作りましょう。合成だろうと屈辱的なことには変わりないでしょうが、それでも百万分の一くらいはお気持ちが楽でしょう」
 ハッとして二人は振り返った。だが。
「あの写真はかなり上手く出来ていました。相当なスキルがある人間でないと無
理です。警察で、しかも短時間に作れるものでしょうか?」
 にやにやと、少し恥ずかしそうな顔で和田が答えた。
「Hな写真作りはともかく、最近の警察にもいわゆるオタクな奴はいるんですよ。パソコンにかけちゃ右に出る奴はいないと、業者いらずの警官もいます。おい、田子」
 はいと立ち上がったのは、朴訥で人のよさそうな顔の男だった。
「お前、出来るよな?」
「一時間ほど頂ければ、二、三種類位はいけるかと」
「一種類でいい。背景は隣りの会議室を撮影したものを使え」
「判りました。ではスミマセン、奥さんの顔だけ撮影させて貰っていいですか?


 隣りの会議室に移動し、麻子の撮影は始まった。
 表情など作れる筈もなく、憮然とした生気の無い妻を労る手塚が同席している。
「化粧直しなんかしてやらないわよ」
 ふんと鼻で笑いながら麻子は何とか泣き出しそうな自分を抑えていた。
 ふと、自分の言葉に何かが引っ掛かった。
 あれから9年。自分も年を取った。容姿が衰えたとは思わないが、朝晩の手入
れはより念入りになった。
 水島はどうなのだろう。
 幸せな人生を送っていたならば、こんなことは決してしやしない。失意の人生
を送って来たに違いない。
 その容姿は、あれから単純に9年経っただけだろうか。失意のあまり、年齢に
そぐわぬ老化をみせていやしないか。
 ハッと、閃いた。
「整形! 水島久美子は整形をして別人みたくなっている可能性がある!」

 麻子の思い付きに、捜査陣は沸き返った。
「なるほど。それならば図書館に出入りしたとしても気付かれないで済む」
「晃の情報などもそうやって集めたのかも知れないな」
 麻子は更に説明をした。
「勿論この説には全く証拠がありません。ですが、刑にまで服した人間がここま
でリスクを背負うという事は、それだけ捨て身であるという事に併せて捕まらな
いという強い自信があるように思います」
「彼女は私を評し『容姿だけが取り柄で人間的に信用出来ない女』と言ったそう
です。そこから判断するに、彼女は容姿というものに対し多大な幻想を抱いてい
るフシがあります」
「出所後、彼女がどんな人生を歩んできたかは知りません。ですが今回このよう
な事件を再び起こしたという事は、彼女の内面は全く変わっていなかったという
事だと思います」
 麻子の言葉には説得力があった。
 物証が何一つない今の時点にも拘わらず、プロたる捜査員に整形の可能性を吟
味させる力を持っていた。
 先程郁に渡した水島の写真コピーを取りだし、その上にサラサラとペンを走ら
せる。
 整形後を想定した顔を即興で描きこんでいるのだ。
「整形をするとすれば恐らく目です。彼女はぽってりとした一重瞼でしたから。
そしてここ、目の付け根。通常日本人は欧米人と違いここが丸いのです。これを
蒙古襞と言います。昨今目を整形する人間は、二重にすると同時にここを切開す
るのが当たり前になっているようです」
 麻子が描いたコピーを捜査陣に掲げた。
「別人、ですね」
 和田が感嘆した。


「水島の実家と連絡が取れましたが、出所以降何の連絡も無いそうです。いや~、参りました。凄い剣幕で母親に喚かれましたよ。あんな子はもううちの子じゃ
ない、あの子のおかげでどれだけ迷惑したことかって。また何かやらかしたんな
ら、さっさと捕まえて刑務所にぶち込んでくれって」
 げんなりした様子で部下が和田にそう報告をした。先程の麻子が見せた子供へ
の愛と真逆な感情を見せつけられ、尚更気分が滅入ったのだろう。
「連絡を取ってないということは、整形したかしないかも判らないということだ
な。つまり、整形したという可能性はまだ消えていないってことだ」
 その時点で手塚は、堂上達にも連絡を入れた。整形した可能性があり、水島の
写真は役に立たないかもと。
 速やかに了承した堂上や小牧と違い、てこずったのは郁であった。
「ええー!? ちょっ、そんなこと急に言われても困るよ~! そんなの想像出来
ないもん!」
 泣き言を訴える様子が電話機から漏れ聞こえ、麻子は夫の手から受話器を奪っ
た。
「あたしよ。よく聞いて。もし整形してるとしたら、かなり派手になっている可
能性がある。ああいうのはどんどんエスカレートするものだからね。肌の張りに
合わない若ぶった服装、特に目の厚化粧、髪も染めてるかも。ぶっちゃけ水商売
臭い、妙に頑張ってる中年女。そしてあんたの顔は向こうが絶対覚えてる筈だか
ら、あんたを見たら必ず挙動不信になる。あんたの野性の勘に引っ掛かる怪しげ
な女、それが水島よ!」
 麻子の説明を聞くと、郁は不思議な程落ち着きを取り戻した。
 そうか。あたしが捜し出すより向こうから引っ掛かる可能性が高いのだ。第一、今あたしが捜しているのは晃の方だ。優先順位を間違えちゃいけない。
 水島が引っ掛かったらラッキーというつもりでいればいい。
「OK。あたしを見たら挙動不信になる女。了解した」
 電話を買い物袋にしまうと、郁は再び自転車を漕ぎ出した。
 学校や公園で、小さな子供達を見つけては声を掛けたが晃の消息は判らなかっ
た。
 念の為、商店街へ回ろうか。そう考えた矢先、
「彩ちゃんのおばさーん!」
 元気の良い声に振り向くと、そこには彩の同級生がいた。
「唯ちゃん」
「こんにちわー」
 そういえば、この子は晃のことを知っている。一緒に何度か遊んでいた。
 自転車から降りて晃のことを尋ねようとした郁に、唯は笑いながら話し掛けて
来た。
「今日ねー。彩ちゃん笛を校庭に忘れるとこだったんだよ。あたしが教えたら、
いっけねーって、すごく早く取りに戻ったの」
 その様が余程面白かったのか、唯はくすくす笑った。微かな苛立ちを感じるこ
とを申し訳なく思いながら、郁は遮った。
「ねえ唯ちゃん。今日帰る時、手塚晃君見なかったかな?」
「晃くん? 見たよ」
「どこでッ!?」
 勢い込んで尋ねた郁に、唯はスラスラと答えた。
「彩ちゃんに声掛けた時。笛を取って来るから一緒に帰ろうって、彩ちゃん晃君
に言ってた」
 え。ドキリと心臓が跳ねた。
 嫌な予感が郁の背中を走り抜ける。
 波立つ胸を必死に抑えて、郁は唯を怯えさせないようゆったりと尋ねた。
「それは、どこでの話?」
「えっとね、校門の横。図書館へ行く道」

 唯と別れてから、郁は横山家に連絡を入れてみた。しかし、彩はまだ帰って来
ないという。自宅キッチンのボードには『遅くなるからお隣りの横山さんちに行
ってて』と書き残して来たのに。でも時間はまだ6時前。どこかで遊んでいるの
かもしれないし。
 だけど。郁の野性の勘がガンガンと警報を鳴らしていた。
(彩、あんたも晃君と一緒なの…?)


 郁の勘は、当たっていた。
 タクシーから飛び下りた彩は焦燥を募らせ、闇雲に駆け出し晃を乗せた車を捜
していた。
 神は、彩の味方をした。ある意味において。
 横道に入った小さなアパートの前に、白い軽自動車が留まっているのを発見し
たのだ。
 本当にその車なのかなど彩には判断出来なかったが何故だか強く確信を持った。
 あそこに晃がいる!

 やがて、一人の女がアパート一階端のドアから出て来た。そのまま白い軽自動
車に乗り込み、どこかへ去って行く。
 晃はどこ? 部屋の中? 今ならあのおばさんはいない。
ドンドンとドアを叩く。
「晃! あたし! 彩だよ、返事して!」
 しかし、部屋からは何も聞こえては来なかった。焦れてアパートの裏にも回っ
てみたが、窓にはカーテンがきっちりと閉められ何も見えなかった。
 もう一度ドアに戻り、ドアを叩き晃の名を連呼する。
「晃ー!」
 ぐっと、鼻と口を突然背後から伸びた手で塞がれた。ぎゅむうと、まるで握り
潰すような力が込められ、彩は強い痛みを感じたが突然のことに驚き体が動かな
かった。
「煩い子ね。そんなに会いたきゃ会わせてあげるわよ」
 押し殺した声が耳元で囁かれると同時に、彩は部屋の中に押し込まれた。
「大きな声出さないでね。騒ぐとお友達が大変な目に遭うわよ」
 ぎりっと腕を捕まれ彩は悲鳴を上げそうになった。玄関からすぐは台所で、奥
の部屋はガラス戸で閉ざされている。
 水島が彩を連れてそのガラス戸を開けると、
「晃!」
 あちこち縛られ、見るも痛々しい姿で晃は横になっていた。
「晃に何したーッ!」
 振り向いて叫ぶ彩の腕を、水島は容赦無く捩じり上げた。
「痛ッ!!」
 そのまま、どんっと床に転がされた。
 素早く起き上がり、反撃しようとする彩の前に、包丁を突き出した水島が立ち
塞がる。
「!!!」
 ぎょっとして竦んだ彩を冷ややかに見下ろし水島は低い声で言った。
「騒ぐなって言ったでしょ。今度騒いだら、どうなるか判らないわよ?」
 堂上彩は生まれて初めて、全身が底冷えするような恐怖を感じた――。


 彩が晃と一緒かも知れないということは、玄田以下、麻子を含む旧堂上班にだ
け知らされた。もう一人の子供の不明を未確認のまま告げて、捜査本部を混乱さ
せる訳には行かなかったからだ。
 買い出しから何の成果も得られぬまま戻っていた堂上達の緊張は、更に高まっ
た。
「取り敢えず、郁に戻ってくるよう伝える。学校近辺での目撃以降手掛かりがな
いなら、闇雲に探し回るより対応策を練り直した方がいい。彩の件のタイムリミ
ットは七時だと思ってくれ。その時間に所在が掴めなければ、事故か、晃と一緒
かだ。警察にはその時点で言う」
 警官達に聞かれぬよう密かに話していた堂上達の背後で、捜査員の一人が声を
上げた。
「すみませーん、こちらに堂上篤さんて方いらっしゃいますか?」
「私ですが」
 進み出た堂上に、受話器を渡しながら捜査員は告げた。
「守衛さんから電話です。料金を払って欲しいとタクシー運転手が来ているとか。何か、娘さんが乗ったとか乗らないとかで」
「!」
 堂上は素早く電話を受け取り鋭く言った。
「すぐに行きます。その人に待ってて貰って下さいッ」

 篤からの電話で、郁は自分の勘が当たっていたことを知らされた。
「彩がタクシーから降りたのは錦町二丁目の角だ。そうだ、大通りから花屋を過
ぎた角の辺り」
「友達が連れて行かれたと言っていたらしい。恐らく誘拐現場を目撃して、追い
掛けることしか頭に無かったんだろう」
 やばい。あたし泣きそう。
 不安と恐怖に押し潰され、郁は篤さんどうしようと叫び出しそうだった。
 しかし郁は堪えた。麻子の自制を思い出し口唇を噛みしめる。
「判った。ここから近いから、あたしはそっちに行く。白い軽自動車を捜すこと
に集中するから安心して」
 気をつけろよとの夫の気遣いに、その分の気持ちを彩にあげてと告げ郁は電話
を切った。


 意識が戻った時、晃が最初に目にしたのは彩の姿であった。
(彩ちゃん…)
 声をかけようとした晃は、自分の口が何かで塞がれていることに気付き愕然と
した。見れば彩もタオルで口を塞がれている。
「ん…!」
 それだけでは無かった。自分達は二人してタオルで縛られていたのだ。
 彩が、晃が目覚めたことに気付く。その目は必死に何かを晃に訴えていた。
 思い出した。
 学校からの帰り道、鈴木君のお母さんだと名乗る女の人に声を掛けられ、鼻と
口をハンカチでいきなり塞がれたのだ。それ以降の記憶は全く無い。つまり、
(…掠われたんだ、僕)
 そして。
(きっと彩ちゃんは僕を助けに来てくれたんだ。でも、捕まっちゃったんだ)
 晃の目にじわりと涙が浮かんだ。それを見て、彩が必死な面持ちでぶんぶんと
首を横に振る。そして晃の目を見据えて、何度も強く頷いた。
(泣かないで。絶対大丈夫だから。きっとパパ達が助けてくれるから!)
 彩の表情は晃にそう訴えているように見え、晃はこくんと頷き目をしばたたか
せて、涙をどうにか源に押しやることに成功した。


「ああっ! もうっ!」
 水島はイライラした気分を抑え切れずダンっとハンドルを叩いた。
 あのガキのせいで計画が目茶苦茶だ! ホントだったら今頃はゆっくり車で偵
察に行きながら進捗状況を聞く電話を入れ、怯えた柴崎の様子を笑ってやる予定
だったのに。
 とんだ飛び入りのおかげで頭が整理出来やしないったら。
 どうしよう。これは致命的なミスになるんだろうか。あの娘の親も騒ぎだし、
警察は同一犯を疑い大々的に捜査に力を入れるんだろうか。
 がしがしと爪を噛む。
(落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け)
 車もアパートも偽造免許証で借りたんだ。警察が追っているのは水島久美子。
今のあたしじゃない。
 時間はまだある。柴崎に取り返しのつかない恥をかかせ、溜飲を下げる時間は、まだ。
 仕込みに随分と手間暇かけたのだ。そう簡単に手を引く訳には行かない。それ
に、今逃げたって追われることはもう決まっている。
「…そうよ。どうせ同じなのよ」
 だったら。初志貫徹あるのみじゃない。
 水島はエンジンキーを差し込み、ギアを入れた。


(白い軽自動車!)
 自転車を走らす郁の目の前を、駐車場から出て来た黄色いナンバープレートの
白い軽が横切って行った。
 チラッと見えた運転手は女だった。ビンゴなのかっ?
 サッと見ると、そこは大きなマンションの駐車場であった。
(ここ…?)
 郁は眉を顰める。
 ここはどう見ても家族を持つ人間が住むマンションだ。家賃も結構しそうだし
、人目もあるだろう。
 誘拐目当てで借りるには、色々都合が悪いことばかりではないか?
 もしメリットがあるとすれば、
(…駐車場?)
 そうか! きっと水島はここには住んではいない。彩に誘拐を目撃され、車か
ら足が付くことを恐れて近所のマンションにこっそり車を停めたのだ。そして今、どこかへ出かけた。
 郁は電話を取り出し夫に連絡をした。
「水島らしき白い軽自動車を発見! どこかへ出かけた模様! 図書館の周りを
うろついたら片っ端から職質かけて貰って。あたしは二人を探す。多分、すぐ近
くにいる!」


 郁からの情報を伝えると共に彩が不明なことも伝えると、捜査本部は色めきた
った。
「何故もっと早く教えて下さらなかったんですか!」
 柔和な表情を一変させ和田は堂上に詰め寄った。
 堂上は深々と頭を下げながら、揺るぎない瞳で和田を見返した。
「申し訳無い。娘が晃君と一緒なのか、確信が持てない状態では混乱させるだけ
と思い伏せていた。だが、娘を乗せたという運転手の証言と七時を過ぎた現在居
所が判らない状況を鑑みて、ようやく確信に至ったのでお伝えした次第だ」
 和田は苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。
「…ったく! 平賀さんの言った通りだ。あんた達は普通の素人とは全く違う。
ちっとも我々の思惑通りになんて動いちゃくれない。大体、あなたの奥さんが偵
察に出てるなんて一言も」
「まあまあ」
 どんっとデカい手が和田の肩に置かれ、ぎょっとして振り返ると玄田がニカッ
と笑い掛けた。
「うちに文句言ってる暇があったら、所轄に連絡して応援頼んでくれ。こっから
先はローラーが効果的、つまりあんた達の腕の見せ所という訳だ。よろしく頼む
ぜ。な?」
 慌ただしくなった会議室に、小牧が入って来た。
「どこに行ってたんだ」
 郁からの電話が入ってすぐ小牧は中座していた。トイレにしては、やや長すぎ
る時間だった。
「ん、ちょっとね。ところで話はどこまで進んだ?」
「郁が車を見掛けたあたりを所轄に頼んで片っ端から調べて貰うことにした。検
問はまだ掛からないと思うが判らん。向こうの判断次第だからな」
「人命優先だからね。子供達の確保が出来てから犯人逮捕が警察のセオリーでし
ょ、普通は」
 ほいっと小牧が冷たい缶コーヒーを手提げから取り出し、堂上に渡した。
「それ飲んで。凄い顔だよ。一息ついたらどさくさに紛れて、俺達は郁ちゃんに
合流しよう」
 瞳を強く光らせて堂上は小さく頷いた。
「俺もそう思ってた。正直、辛抱溜まらん」
「自分も一緒に行きます」
 手塚が声を掛けて来た。無論、周囲を慮っての小さな声でだ。
「お前は残れ」
 言下に堂上は却下した。
「いえ。いくら三監の命令でもこればっかりは従えません。もう限界です。一刻
も早く晃を救ってやりたいんですッ」
 まなじりを吊り上げ、鬼のような形相で手塚は堂上に訴えた。
「………」
 手塚の気持ちは痛い程判っている。同じ身の上なのだ。まして自分よりも長時
間この状況に苛まれている。
 しかし。
「行って。あたしは一人で大丈夫」
 麻子は堂上達に近付きざま殆ど口を動かさずにそう言って、すぐに離れた。
 その背中が語っていた。ぴんと背筋を伸ばしたしっかりした背中が、確かに慟
哭していた。
(助けて! 晃を助けて! お願い!)
 ごく微かに溜め息を吐くと堂上は言った。
「一度に出ると目立つ。順にここを出て、小牧の車に集合。先に行け、手塚」


(どこだどこだどこだ!)
(絶対この近くに決まってる。二人は絶対近くにいる!)
 ホントに彩に発信器を付けておけば良かった。もしくは携帯を。
 今更悔やんでも仕方無いことを思いながら、郁は自転車を走らせていた。あち
らの路地こちらの路地と、必死のまなこで「それらしき」建物を探した。
(!)
 一棟のアパートが郁の目に飛び込んで来た。
 小さなアパート。単身向けの恐らく1DK。7時半を過ぎ暗くなった現在で灯
の点いている所帯は三つ。二階建て6世帯で三分の一。
 条件にぴったりだ。
 私が水島だったらきっとこんなアパートを選ぶ。郁の勘が太鼓判を押した。
 郁は自転車から降りてそっと壁に立て掛けた。

 さて、どうするか。
 郁は思案した。
 目星を付けたはいいものの、踏み込む理由が思いつかない。
 どうする? 9年前の事件で手塚が取った方法に倣うか?
 彩と晃の名を叫んで、反応を待つ。それしかないかも。
 郁は腹を決め、すうと息を吸い込んだ。途端。
ブーブーブーと、自転車篭の買い物袋内の携帯が震えた。表示は、
「篤さん! 多分二人を見つけた!」
 押し殺しながらも急き込んで告げる郁に、堂上は冷静に答えた。
「場所は」
 郁は辺りを見渡し、ポストに書かれた住所を確認した。
「錦町二の四の七。第三スカイハイツ!」
「判った。俺達が行くまで何もするなよ、いいな?」
「でもっ」
「郁、返事は?」
「…了解しました!」
 判ったから! だから早く来てよ、篤さん!

 水島から麻子の携帯に二度目の連絡が入ったのは、丁度その時刻であった。
 しんと静まった捜査本部で柴崎が電話に出た。
「準備は進んでいるかしら?」
 ねっとりとした毒々しい声の響きに、決して震えまい、負けてはなるまいと自
分を励ましながら麻子は答えた。
「ええ。聞こえる? コピー機の音。今、刷っている最中よ」
 予め会議室に移動させていたコピー機の稼働音を聞かせるよう、コードを目一
杯伸ばして麻子は電話器を近付けた。
「まだ、信用しないわよ。ブツが配付されるのを確認しない限り、子猫はそのま
まだからね」
「子猫達、じゃなくて?」
 麻子は賭に打って出た。一か八か。
 さあ、引っ掛かれ!
「…何の話? 子猫達なんて言ってないじゃない。しっかり聞いててよ。じゃあ
ねっ」
 電話は切れた。
「和田さん、今の!」
「聞いていましたよ、奥さん。水島は確かに息を呑んでいた。しかも慌てて切っ
た。あなたは正鵠を射たんでしょう。手塚晃君、堂上彩ちゃん。どうやらこの二
人は、水島久美子の手の中にあると思って間違い無さそうですね。…ところで」
 お茶を飲んでいる玄田に和田は歩み寄った。
 にっこりと、営業スマイルで微笑み掛ける。取調室で被疑者の隙を誘う時は、
きっとこんな顔をするのだろう。
「玄田さん。そろそろ全部手の内を見せて頂きますよ。お宅の部下達はどこへ行
かれたんですか?」
 ニヤリと玄田が笑った。旧友に久々逢った時のような快濶な笑顔でしれりと言
う。
「残業だよ」

4へつづく

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動ですね (たくねこ)
2008-12-25 07:03:52
動き出しましたね。
彩ちゃん、プチ郁でしたか…でも、子供が小さいと一人よりは二人ですね。(もうちょい大きくなると二人だとロクなことしませんが…)
頑張れ、お父さんたち!
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Unknown (MIO)
2008-12-25 13:56:01
〉たくねこさん
いつもコメント、有り難うございます☆
居候の分際で家主様のみならず、たくねこさん始めご来客の皆様にも心をかけて頂いて、本当に有り難いやら申し訳ないやらで…感無量です(泣)。

物語はいよいよクライマックスへと走り出しました。
どのように決着が着くか、あと暫くお付き合い下さいませm(__)m
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