背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

君が大事

2008年08月25日 20時06分37秒 | 【別冊図書館戦争Ⅱ】以降

手塚に救出されて寮に帰り着いた柴崎。
郁をはじめ、堂上班の手厚いいたわりを受けようやく表情も緩んできた。
すぐさま警察は事情聴取を執り行おうとしたが、手塚が噛みついた。
「シャワーを浴びる時間くらい、こいつにやってくれてもいいだろう」
柴崎が坂上に拉致されてどんな仕打ちを受けたか,詳しく聞いた者はまだ寮内にはいない。だが、厳しい手塚の顔を見るだにだいたいの想像はついた。
でもですね、と食い下がる警察と手塚との間に火花が散りそうになり、柴崎本人が、
「あたし、大丈夫よ? 話をするぐらいならこのままでも」
と取りなそうとしたが手塚は頑として譲らない。
「だめだ。お前のが大事。こっちが先だ」
できるなら聴取自体明日にしてほしいくらいだ。向こうを向いて投げるように呟く。
手ひどい目にあった自分を気遣ってくれているのが痛いほど分かるその横顔。柴崎の心は手塚の頑なさに慰撫される。
堂上の口添えもあり、警察もシャワーの時間ぐらいまでなら待てますから、ひと心地ついてからお話はゆっくり、と一応の譲歩を見せた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわね」
支度をしに部屋にいったん向かうため、柴崎は共有棟のソファから腰を浮かせた。
そこでようやく手塚と柴崎の手がふっと離れる。
そのときになるまで、繋いでいたことさえ忘れていた。
堂上や小牧といった上官の手前、今まで柴崎の手を握りっぱなしでいたことが気恥ずかしくないと言えば嘘になる。が、それよりも優先される存在が目の前にいたからいい。手塚は思った。
自室に引き取る柴崎の背中を見守る手塚に、郁が声をかける。
「……だいじょうぶだよ、もうどこにも行ったりしないって」
からかっているわけでないことは、真摯な口調から伝わった。
そうだろうか。
目を離したら、どこかにまた連れ去られてしまいそうなほど、柴崎の背中はほっそりと頼りなげだ。
柴崎が消え、心許ない表情を顔に貼り付けている手塚に堂上は言った。
「よくやったな、手塚。お手柄だ」
「手柄なんて……、そんな」
手放しの褒め方は堂上にしては珍しい。
でもその言葉は今の自分にはふさわしくないように思えた。
「手塚は手柄が欲しくてやったんじゃないよね」
小牧が手塚の気持ちを汲んで言葉をかけてくれる。
「お姫様をただ助けたかった。悪者の手から。それだけだよね」
手塚はわずかに眉をひそめた。
「……ここでさりげなく笠原を持ち出すのやめてくれませんか、小牧一正」
「えーなんであたしなのよう」
「だって、王子様お姫様発言……」
「ぎゃーっ。今それをここでぶり返すかあんた!」
「俺じゃない。小牧一正だろ。それに正しく言うんならぶり返すじゃなくて、蒸し返す」
途端にフロアが賑やかになる。普段のリラックスした雰囲気が班内に戻ってくる。
「あ、ねえねえ、手塚も怪我してるんだからさ、手当てしてあげるよあたし。柴崎が戻ってくる前に。寮監さんから救急箱借りてくるし」
うっすらと血が滲んでいる手塚の顔や首、腕の傷を指して郁は言った。
深手ではないが、血がこびりついているのは、やはり見ているほうとしては痛々しい。白のワイシャツなだけに。
手塚はこんなのかすり傷だ、と流して、
「それに、お前に任せちゃ却って傷が悪化しそうだ」
と結ぶ。郁はぶんむくれた。
「どーいう意味よ!」
「分からないとは言わせないぞ」
「それに関しては俺も手塚に一票だな」
「あ、ひっどおおい、篤さん。それって家庭内危機勃発発言よ」
じゃれているうちにようやく穏やかな顔を見せた手塚に、小牧が言った。
「多少の負傷は覚悟のうちだろ。手塚にとっちゃ痛くもないさ。
それに、とびきりのご褒美をもらったんだから、ね」
明らかにからかいの色を滲ませて絡む。
手塚は傍目で見ていてもはっきりと分かるぐらい赤くなった。郁がうわあ、と口許をつい押さえてしまうほど。
小牧一正はどこまで知ってるんだ。千里眼なのか。と内心ばくばくもんの手塚は、郁の様子にまで気が回らない。さっきの柴崎の姿が脳裏に自動プレイバックする。
自分の腕の中で堪えかねてこぼした涙、号泣したこともお見通しなのか。
大事にして、大事にして、と何度も叫んだ。駄々っ子のようにしゃくり上げながら。
自分だけが知っているはずなのに。可愛い、――可愛い柴崎。
「ご褒美って何だ?」
堂上が隣の郁に訊く。
さすがに郁も呆れた。手塚と別の意味で頬が熱くなる。
「篤さん……それって天然? 鈍すぎ」
「鈍い。なんでだ?」
「班長天然炸裂だね。さすが、堂上」
小牧が笑わせて、小牧が締めくくった。


やがて、シャワーを浴び終え、ジーンズにカットソーという格好に着替えた柴崎が公共棟に戻ってきた。
洗い髪がまだ乾ききらず濡れている。艶やかな黒髪が背中に流れる。
匂い立つような美しさだ。男を虜にするのが分かる。
手塚が席を立つ。手を差し伸べ柴崎を迎える。
「だいじょうぶか」
「うん。平気。さっぱりした。ありがと」
坂上の好きなようにされかかって、ショックを完全に払拭できたとは思えない。が、やはりシャワーを浴びた後は何か憑きものが落ちたような顔をしていた。
「……あんたはひどい顔ね」
柴崎が、手塚の頬の傷を見上げて目を細める。
「そうか? もう血は止まってるだろ」
郁が「あたしが手当てしてあげるって言ったんだけどねー」と不満そうに口を尖らす。
柴崎が戻ったのを見て、離れたところに座っていた警察が腰を上げる。
「では、そろそろお話を」
と言いかけたのを柴崎が制する。
「ちょっと待ってください」
「えっ」
「このひとの手当てをしたいの。――もうちょっと、もう少しだけ時間を下さい」
そう言って手塚のワイシャツを摘んだ。
警察は明らかに「そんなあ」という顔をして見せた。
口には出さなかったが。
「俺は平気だよ。なんともない」
少し困惑顔を見せる手塚。さすがにこれ以上彼らを待たせるのはまずいんじゃないだろうか。
でも柴崎は一向に構う様子もなく、
「だめ。こっちが大事。あんたが優先」
と寮監の部屋に手を引いて連れて行く。
「お、おい柴崎、」
「いいから、早く」


「あらら、――行っちゃったよ」
小牧が二人が完全に廊下を曲がった後、呟いた。
「どうしましょうね、班長」
「どうしましょうって、お前……そりゃあ。
残されたこの面子でできることっていったら、なあ」
堂上は左右の小牧と郁を見た。
目と目が合う。
そして3人は苦虫を噛み潰して呑み下したような顔の警察に、同じタイミングで頭を下げた。
「何と言いますか、本当に、申し訳ありません……」


――そして、手塚の傷の手当ての時間は、その場にいた皆の予想をはるかに上回るほど長いものとなった――。

fin.
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1 コメント

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別冊Ⅰで ()
2008-08-25 20:47:52
酔漢に抱きつかれた郁のスーツを引っぺがしてクリーニングに、っていう件がありましたが、

坂上はそれどころでないことを柴崎にしでかしやがったわけですから、
手塚の憤りはもっともなんですよね。
シャワーぐらい浴びさせてやれって噛み付いたのは、そんなわけです。
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