柴崎の携帯が軽やかな着信音を鳴らす。
誰からかは見ないでも分かる。
「はい」
「あ、俺」
「うん」
「何してた。寝てたか」
「まさか、まだ10時前でしょ。なあに? 用事?」
「いや、何って用事ってほどじゃ。
――そうだ。コンビニ行かないか」
「コンビニ? 今から?」
「うん。何か飲み物でも買おう」
「えー今足りてる。ストックいっぱいある」
「酒も?」
「ビールもチューハイもある」
「……そっか」
手塚の声がすとんと途切れる。でもまたすぐ、
「あ、じゃあデザートは。アイスとか買ってやるよ」
「アイス~? 今の時間に食べると脂肪に変わるだけだから遠慮しとくわ」
「おごりなのに」
「おごりでも。美貌維持のが大事」
「美貌ってな……。自分で言うか」
「ふふ。じゃあ切るわね。気をつけて買出し行ってね」
「あ、待てよ、麻子」
慌てて呼び止める。
「ん?」
「――つきあえよ。お前も。
分かってるんだろ。・・・・・・顔,見たいんだよ」
どうしても。と低声で結ぶ。
柴崎はようやく微笑んだ。
携帯の向こうの手塚に見えないのが,惜しいくらいの極上の笑み。
「最初からそう言えばいいのよ。バカね」
「たまには気がつかない振りで釣られてくれ」
「だあめ」
ちゃんと言ってよ。聞きたいの。
あんたの声で。言葉で。
「性悪」
苦り切って手塚はつい漏らす。悔しそうな顔が目に浮かぶようだ。
「ほめ言葉としてもらっとく。――あ,おごりはハーゲンダッツだからね。黒蜜のやつ」
「分かったよ」
「ロビーで待ってて。3分したら行く」
そう言って柴崎は通話を切った。
眠る前どうしても会って顔が見たいときがあるのは,柴崎も同じ。
実は今夜あたり手塚から電話があると踏んで,もうお出かけ用の準備はできていた。髪も整えてあるし,パーカも着てる。
この3分,支度する振りをして待つ時間がもどかしくてじれったい。
でもたまらなく幸せ。
こんな可愛いあたしを性悪呼ばわりするなんて,光もまだまだね。
部屋を出る前,鏡に映した自分に,柴崎はにっこり笑いかけた。
Fin.
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