背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

ブログ二周年記念誌より 「脱柵エレジー」清田二曹×吉川三曹立ち読み

2010年06月25日 05時56分20秒 | 雑感・雑記
 ――あれから一年経ちました。
 私のほうは未だかわりなく、清田二曹のことを心より――


吉川夕子から手紙が届いた。
シンプルな、それでいで上質だと分かる薄水色の封筒の差し出し人の名前を見たとき、清田和哉は、柄にもなくときめいた。
郡山の駐屯地で。
メールでも葉書でもなく、手紙というあたりがいかにも吉川らしい。
すぐに開ける気にならず、受け取ってしばらく自室のデスクの上に置いておいた。ささやかなときめきを持続させ、自分をじらしたかったのかもしれない。
夜になって、入浴を終え、人心地ついてから清田はそれを開いた。濡れた髪が乾くのが早くなった、初夏の季節。
中には見慣れた几帳面な文字で、時候の挨拶から綴られた便箋が収められていた。
吉川は折り目正しく自分の近況、清田が後にした飯塚の様子、共通の上官の動向などに触れ、ペン習字などの手本にしたいような流麗な文章を書き連ねた。
そして、清田の健康を願う言葉の後。最後の最後でようやく、この手紙で一番言いたかったであろう事柄に触れていた。追伸のように。
「そういえば、あれから一年経ちました。
 私のほうは未だかわりなく、清田二曹のことを心よりお慕い申し上げております。
 敬具、吉川夕子と括られた手紙を握ったまま、清田は腰掛けていたベッドに撃沈した。
 風呂上がりの、ようやく冷めかけた頭がまた湯だっていくようだ。
「……くそ。どこまでいい女なんだ、ったく」
 こんなにいい女だったか。
 いや、分かってはいたけれど、これほどとは。
 清田は髪をかきあげ、ベッドから上体を起こす。
 消灯時間をとっくに過ぎた時計を見て少し迷ったが、携帯を取り上げ、登録していたナンバーを呼び出す。
 起きていてくれ。
 どうか。
 自分でも、野暮なことだと分かっている。情趣さえ漂わせるこれほどの手紙をもらって、返礼が携帯電話とは。
 お粗末、この上ない。
 けれどもう限界だった。今宵のうちに吉川の声を聞かなければ、気が狂いそうだった。
 会いたくて。
 脱柵したくなるほど、会いたい。声が聞きたい。
清田は逸る心をもてあまし気味に、吉川と繋がる瞬間をただひたすら待ち焦がれ、携帯に耳を押し当てた。


「お久しぶりです。二曹」
 敬礼は、作る寸前でかろうじて押しとどめ、吉川は笑顔を作った。
「お元気そうで」
「うん。お前も」
 微妙にこそばゆくて清田は目を逸らす。雑然とした駅の構内だったが、吉川の周りだけ、空気が澄んで見える。
 決して惚れた欲目だけではあるまいと言い訳しても、心臓の鼓動は収まらない。
 一年ぶりに会う吉川は、また綺麗になっていた。
 背筋がまっすぐ伸びた、凛とした佇まいは以前と変わらない。しかし、薄化粧を施した横顔、うなじの辺りにははんなりと色香が漂う。
 仕事明けで駆けつけたので、見慣れた制服ではなく淡いミント色のスカートを身につけているというのも、心を騒がせる一因か。
 かたちのいいふくらはぎが裾から覗いている。
 清田が俺が飯塚に行く、吉川は私が郡山に行くと言い張り、譲らず、結局中間点というわけではなかったが、東京駅で落ち合うことにした。待ち合わせ場所は、分かりやすいほど分かりやすい、銀の鈴。
「一年ぶりか」
 分かりきったことを言う。目のやり場に困ってしまって。
 吉川はそんな清田の胸のうちなどお見通しのように微笑んでみせる。
「そうですね。結構、長かったです」
「そうか?」
「私は距離にも時間にも揺るがない自信がありましたが、二曹が慎重でしたので。歯がゆかった」
 初めて聞く、恨み節。
 でもあくまでも爽やかに。
「ごめん。へたれだな、俺」
 頭を掻く。と、吉川はその手を握った。
 控えめに。
「吉川」
「へたれでもいいです。本気で私のこと好きになってくれたら」
一年、待った甲斐がありますもん。はにかんで、そう囁いた。
清田は吉川の手を握り返す。
「好きだよ。俺も後悔してた」
 一年待ってくれだなんて。自分から口にしたこと。
 自分で自分の首を絞めたよ。そう打ち明けると、吉川はさすがに涙ぐんで、俯いた。


 清田の行きつけの小料理屋で、さしつさされつ、ゆるりと飲んで。清田はザルだが吉川も意外といける口だということに驚いて、ビールから冷酒に切り替えた。吉川は顔色を変えることはなかったが、ほんの少しガードが緩んだ感じが可愛らしい。
「美味しい。けど、あんまし飲まないようにしないと」
 くい、とお猪口代わりの小さなグラスを空けるたび、ついた口紅を指先でふき取るしぐさも女らしい。
「なんでだ。酔ったら介抱してやるぞ」
 ゲロ隊員の世話は飲み会で慣れてるからな。軽口をきくと、「……酔っ払った弾みみたいで始まるのは、嫌ですから」
 生真面目に、吉川が返した。
 アルコールのせいではなく、頬が熱い。冷酒の残りを清田は全部引き取った。
「弾みなんて、あるわけないだろうが」
 つい怒った口調になった清田に、吉川は「すみません」と詫びる。
 清田は無言で席を立ち、会計を済ませた。そして吉川を促し、予約しておいたホテルにタクシーで向かった。
 

 郡山と飯塚。
 長い距離と夜を越えて、二人が繋がる。
「清田二曹?」
 少し驚いた声。懐かしい吉川の声に、心が震えた。
 携帯を持ち直し、清田は吉川に手紙の礼を言った。返事を書くのももどかしく、深夜に電話してしまったことを詫びると、
「いいんです。電話、嬉しいです。元気そうで安心しました」
 吉川の声が耳たぶを優しくくすぐった。
 笑みが、目の前に浮かぶようで、部屋の暗さがふっと和らぐ。
「……会いたいな」
 気がつくと呟いていた。
「吉川に会いたい。お前の顔が見たい。お前に触りたい」
 電話の向こうでかすかに息を呑む気配がする。その呼吸さえも艶かしく聞こえてしまう、今宵。
「お前の淹れてくれたココアが恋しいよ、吉川」
「郡山には、傍づきでぬくいもん、淹れてくれる下士官はいないのですか」
 照れくさいのか、素っ気無い応えが返ってくる。
「いないよ。ついでに言うと、一緒に脱柵モンつかまえて説教かます相方もいない。好きな女も、やっぱりお前以外できなかった」
「……随分あっさりとおっしゃるんですね。二曹」
「ん?」
「こんな電話越しに、好きとか。なんのてらいもなく」
「直接言いたい。会わないか」
「……これからですか」
 いぶかるような、どこかしらからかいを帯びた声が闇を突く。お互いの過去の恥をネタにできる間柄だ。
 清田はかすかに微笑を浮かべた。
「そうできたらな、十年前ならやってただろうが」
 迷わず脱柵していたよ。お前に会えるなら。
 きっと、当時付き合っていた彼女よりも、今のほうが会いたくて。
 気が狂いそうだ。
 すると吉川も濃密な夜の空気をほぐすように笑った。夜の粒子に紛れ込んで、吐息が伝わってくる。
「私も、四年前ならすぐにやっていました」
 一年分カウントが増えていることで、歳月を感じた。
 あれから、一年。
 吉川の告白を受けてから。
「会いたいです。二曹。ずっと、我慢していました」
 ややあって、身につけたドレスをすとんと床に落とすように吉川が呟く。
 清田の胸を、その声は熱く灼いた。
「……うん」
 知ってる。分かっている。
 すまない。一年待てとラインを引いて。
 お前はずっとそこにいたのに。
「会おう。吉川。次の休みに」
 それまで待てるかと訊いた清田に、吉川は「一年待つのに比べたら、そんなのなんともないです」といじらしくやせがまんして見せた。


(この続きは、2010年9月発刊予定 オフセット冊子「LESSON」で。
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2 コメント

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ヽ(´▽`)ノ (たくねこ)
2010-06-26 00:01:23
二周年に本がでるのですねっ!
いやっほ~~~い!と叫んじゃいます。
(今度は申し込み一番を狙いたい私…)
待ってま~~~す!
返信する
お待たせします(><) (安達)
2010-06-26 14:27:09
たくねこさん
やっぱし記念日には何かやらないとネ。。。という感じで始動しています。去年(一周年)は「Anniversary」を出したんですっけね(遠い目)あのときはまさか自分が冊子を出すようになろうとは思ってなかったです~。
とか言ってるうちに今熱が出ていまして38度3分。。。早速計画頓挫しそうですハイ。
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