彼がデートを途中で切り上げた理由２

風邪を引いて熱を出したあたし。
デートを途中で切り上げてジョウが＜ミネルバ＞に戻った。メディカルチェックを受けて、いまはベッドに横になっている。
薬が効いてうつらうつらしていると、部屋のインターフォンが鳴った。２３時。
「はい」
「俺だ。入っても？」
ジョウ。あたしは乱れた髪を軽く直す。
「どうぞ」
ドアが開いて彼が顔を覗かせる。
「大丈夫か。体調は」
声を低く落として訊いてくる。あたしのベッドサイドまで来た。
ベッドの端に軽く腰を下ろす。
「だいぶいい。薬のおかげ。それと、あなたと、ドンゴと、みんなのおかげ」
「みんな？」
「晩ご飯のしたくとか、迷惑掛けちゃった。誰か代わってくれたんでしょ」
「タロスとリッキーが、楽しみながら作ってたよ」
「美味しかった？」
「ノーコメントで」
ジョウが答える。あたしはつい笑ってしまった。悪戦苦闘しながらキッチンに立つ、あの凸凹コンビ。それと二人が作った料理を文句も言わずに食べたであろうジョウを想像して。
ジョウがあたしの顔を覗き込んで、ふっと目元を緩めた。
「ずいぶん顔色が良くなった、よかった」
その表情を見て、心配かけたんだな、心配してくれていたんだなとわかる。
「ん」
「何か食べないか。熱があるだろうけど、喉通りのいいものだったら大丈夫かと思って、いくつか見繕って持ってきたんだ」
ジョウは手にしていたものをあたしの枕元に並べた。
プリン、ヨーグルト、ババロア、アイスクリーム、タルト。
あたしの好物ばっかり。あたしは歓声を上げた。
「素敵、でもこんなに食べられないわ」
「何だったら食べられる？」
「アイス」
だって、それをいま食べなければ溶けちゃうもの。
ジョウは了解、と言ってパッケージを開けてくれる。使い捨てのスプーンも。
あたしは上体を起こしながら、「……ジョウ、もしかして」と彼の手元を見て言う。
「病気の時は遠慮するな。食べさせてやる」
うわあ。甘い声。甘い表情。
ジョウってば、あたしが弱ってるときだとこんな優しいことしてくれるんだ。
舞い上がってしまう。あたしは思わず上掛けを両手で握りしめる。
ジョウはバニラアイスをひと匙、スプーンで掬い上げてあたしの口許に持ってくる。
「ほら、口開けて」
「……」
言われたとおりにすると、そっと舌の上に冷たい感触が。
ジョウが黙ってあたしが食べるところを見つめてる。ただ、アイスを食べさせてもらってるだけなのに、なんでこんな、ーーこんな恥ずかしいの。
味がしないのは、熱のせいじゃないわきっと。
「美味いか」
あたしはこくこくと頷くしかない。目を合わせられない。心臓に悪いよ。却って熱が上がっちゃう。
「……美味しい」
ジョウはほっとしたように笑って、もうひと匙掬ってあたしの口に運んでくれる。
「ほら、あーんして」
「……」
結局あたしはジョウの手でアイスを全部食べさせてもらった。
完食。
「……ごちそうさまです」
口を押さえて殊勝に言ったあたしに、ジョウは、「こちらこそ、ごちそうさま」と言った。
「？」
「いやなんでも。……良かった、少しでも食べられて」
ゴミと他のスイーツを片付けて、ジョウが行きかける。
ありがとうと素直に言えば可愛いんだろうけど、それもなんだか癪で、
「体調が悪いと、こんなに優しいのね。知らなかった。覚えておくわ」
とあたしは言った。
「覚えなくていい。それより早くよくなってくれ」
そう言って、ジョウはあたしにかがみ込んだ。
「……」
唇が離れていってから、あたしは、
「風邪、感染っちゃうよ」
と言った。
我ながらかぼそく、情けない声だと思った。
ジョウは、「感染（うつ）したら早く治るんだろう」と、もう一度キスした。
「……もう」
今日はやられっぱなし。完全に白旗。
優しくて、甘いジョウに降参。あたしはベッドにばふんと沈み込んだ。
「アイスの後のキスは冷たいな」
またあたしの体温を引き上げた張本人のジョウは、暢気にそう言って「オヤスミ」とあたしの部屋を後にした。

ＥＮＤ

意外とジョウの方が看病するシーンというのはないので……
案外甘やかし放題だと思います。「あーんして」って、エロく描けていればいいです。
⇒pixiv安達　薫